207 『執事』は裏の支配者なのだ。
<矢内真司視点>
俺は小学校の卒業文集『将来の夢』に、憧れの職業である『執事』なる夢について熱心に語った。しかし、周りの反応は俺の意に反するものだった。
有能な主に従い、主の為に人生を捧げる。時には命を賭して主を守り、時には主の為に裏で画策する。カッコイイぜ『執事』。最高の職業だ。
それなのに何故だ!何故、みんなそのことが理解できないのだ。スポーツ選手だと?そんなもの一生続けられるものじゃない。医者に弁護士だと?いずれコンピューターに取って代わられる。公務員?ネット社会の餌食になるに決まっている。俺に言わせれば、もっと夢が無い。
結局、みんな気か付けばサラリーマン。気に入らない無能な上司にこき使われるのがせいぜいだ。それに比べて『執事』は違う。主を自分の意志で選べるのだ。世の中には神の祝福を受けて、社会を変革する使命を持って生まれた偉人がいる。偉人を手助けするのが『執事』なのだ。
俺は何時か現れるその人の為に修行をしているのだ。父の転勤でイギリスに住むことになった俺は、学校に通いながらイギリスの名門リトル家で『執事』見習いとして修業した。姫様に使えて半年、遂にこの時がやってきたのだ。
見習いを返上して晴れて姫様の『執事』となった。姫様の日本滞在での活躍は、俺の手腕にかかっていると言っても過言ではない。くうーっ。大事の前のこの緊張感がたまらない。が、目の前に展開される光景には緊張感の欠片もない。
「しかし、このいちご大福は美味しいのう。月とやら、わらわの『召使い』にあげても良いか?」
「姫様、『召使い』いじゃなくて『執事』にございます。それと『執事』が主と食事を共にするなんて、めっそうもございません」
「ヤナイ!わらわは月とやらに問うておるのじゃ!」
「はっ。失礼しました」
しまった。せっかくの姫様のご好意を!俺としたことが。一から修行のやり直しだ。
「ぶふふ。いくらなんでも多すぎたか!もうこれ以上は食いきれない。死ぬっ・・・」
なっ。何してんのこの子?可愛い顔をしてネジがぶっ飛んでる!
「月様!大福三個を同時に頬張るのは無理があるかと」
「まっ、負けた。大好きないちご大福にまげたのね。ぐやじい」
鼻水まじりの涙目、もとい、うるうるの瞳で見つめられても・・・。くそっ。分かりましたよ。はい。
「月様!助太刀いたします」
「良く言った!さすがは我が『しもべ』この、いちご大福を食べきって見せよ」
へっ!姫様。いや、ちょっと無理でしょ。日本のフードファイターが束になっても無理。絶対に無理。トラック一台分あるんですよ。ご近所に配って回るのが妥当でしょ・・・。
えっ!二人とも何ですかその目は。俺に期待しているのですか?この量のいちご大福を!
「分かりました。食べればいいんですね。食べれば・・・」
くーうっ。泣きたくなってくる!こんなことなら意地を張ってトラック一台分何て手配しなきゃよかった。調子に乗り過ぎたぜ。とりあえず、やれるだけやるしかない。俺は丸くて白い物体を手に取って口に放り込んだ。
「うっ。うまい!いや失礼。美味でございます」
感動ものの洗練された味。本来ならゆっくりと賞味したいものだが目の前にいる二人の瞳が許してくれそうにない!行くしかない。矢内真司、15歳。男を見せる時なのだ。
俺はいちご大福を矢継ぎ早にとっては口に放り込んだ。これは戦いなのだ。斬っては捨て、斬っては捨て。じゃない!取っては食い、取っては食い。
「すごい!頑張れー、ヤナイ。その調子だ」
「うほー。いちご大福処理マシーン!」
こっ、これで三十個目。全然、減っている気がしない。しかし、刻々と俺のお腹の限界は近づいている。三十一個目、三十二個目。ヴェッ。のどにつっかえた。息ができない。
「ぐっ、ぐるしい。しっ、死ぬっ」
「ヤナイ!大丈夫か?骨は拾ってやるぞ」
「不思議ちゃん!彼、顔が真っ青だしゅ。月、救急車を呼ぶね」
ピーンポーン。
「ただいま。月!いるのか?戻ったぞ」
「月ちゃん。帰りましたよ!」
息ができない。誰でもいいから、助けてくれー。
「なっ、何やってんだ!窒息しかかっているぞ」
男が俺の口に手を突っ込んで、のどにつまったいちご大福をかきだしてくれた。ふうっー!死ぬかと思った。
「はい。お水をどうぞ」
女に渡されたコップを受け取り一気に飲み干す。救われたぜ、ほんと。
「ありが・・・」
ってか、西宮陽と国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜じゃないか!気まずい。カッコ悪い。最悪だ。
「矢内真司くんだよね。はい、もう一杯」
「はい」
すかさずお水のお代わりを用意してくれる佐々木瑞菜の優しさが心にしみる。国民的無敵美少女アイドルは心使いも抜かりが無い。神のごときオーラが見える。やばい。違うんだ。俺には姫様がいる。
「あれ、ヘレンちゃん。何でヘレンちゃんが僕の家にいるの?」
西宮陽。我が主、姫様に直接聞くんじゃない。恐れ多いだろ。俺が代わりに答える。
「申し遅れました。我が主、ヘレン・M・リトル様は、本日より西宮家のお向かいに引っ越してまいりました。お引越しのご挨拶にうかがった次第です」
「引っ越しって。お向かいの山本さんは?」
「退去していただきました」
「退去って、去年、新築に建て替えたばかりなのに」
「主の命により、土地と家屋の資産価値の三倍の金額を、現金にて山本家にお支払いしました。したがって、お向かいは、本日よりヘレン家、東京別邸となりました」
くうっ。気持ちいい!この絶対感がやりたかったんだよね。主の力が強大なら『執事』は裏の支配者なのだ。




