063 ドジョウはコイに変わらない。
<西宮陽視点>
宮本京社長は置いておいて、青空のもとで潮騒を聞きながらの露天風呂は開放感があって癒やされる。僕はゆったりと足を伸ばしながら、これからのことを考えていた。記者会見の日以来、メールでの問い合わせが殺到している。東京に戻ったらまた慌ただしい毎日が続く。
東京には思いのほか小さな町工場が沢山ある。小さいと言いながらも、歴史と伝統に培われた技術を持った職人や真面目にコツコツと丁寧な仕事をする工員など、世界に誇れるものが沢山ある。そのほとんどが近代化の波に翻弄されながらも頑なに生き残ってきたものだった。
しかし、その灯火は今、消え去ろうとしている。どんなに優れた技術でも後継者が見つからなければ途絶えてしまう。若者に見放されたらおしまいなのだ。良い中学に入って、良い高校、大学へと進学していく同世代の若者の中には、敷かれたレールの先に疑問を抱き始めているものも少なくない。僕はこうした若者と町工場をつなぐのだ。
インターネットはマーケットを世界に開いた。日本の伝統的な技術で作り出された製品は、日本国内よりも世界にうけた。そこに僕らの世代の感性を加えてチームを作る。わずか数週間で二つほどチームを作った。アイデアは泉のように湧き出し、大企業を辞める覚悟で、仲間に加わりたいと申し出る者まででてきた。
僕らのチームに加わる者は大人も高校生も対等に意見を言い合う。ネットワークゲームの共同作業と同じだ。お互いが得意とする力を出し合って一つのものごとを作り上げていく。参加する全員が社長になっるようなものだ。誰が偉いとか、上役だとか言うことがない。大切なのは相手の能力を尊重し合い、お互いを高めていく気持ちだ。
森崎弥生ちゃんの作った会社『Be Mine』は、大手の繊維メーカーやネット通販会社なんかとも取引を始めようとしている。弱小企業が大企業と対等に付き合うことだってできる。最近では海外からインターネットを使っての問い合わせも多い。ネットワークはあっという間に広がり、そのスピードには驚くばかりだ。色々な人を巻き込んで夢は世界へと果てしなく広がっていく。この抜けるような青空のように。
僕が空を見上げながら物思いにふけっていると、八重橋元気先輩が声をかけてきた。
「陽くん。キミ、森崎弥生ちゃんのことはどうするつもりなんだ。キミだって弥生ちゃんの気持ちは気付いているんだろ」
「元気先輩にはかないませんね。僕は弥生ちゃんの気持ちには答えられません」
「そうだな。それでもずっと今のままの関係と言うわけにはいなかいだろ」
「はい。そう思います」
「ふふふ。少年たち、何やら青春チックな会話をしているじゃないの。羨ましいわね」
温泉の白濁したお湯の中から宮本社長の顔が飛び出してきた。僕たち二人は驚いて左右に散った。子供かい、この人は!調子が狂う。
「何してるんですが。宮本社長!心臓が止まるかと思いましたよ」
「キミ達って面白いわ。愛だ、恋だなんて熱病みたいなものよ。大人になったら分かるわ。最初は盛り上がった感情に浮かれるけど、結婚となったら打算よ。人間なんて最後は一人、自分がかわいいものよ」
「社長みたいな大人にはなりたくないものです。僕は一生、西宮月ちゃんを守り続けますよ」
元気先輩が切り返した。先輩は本当に真っすぐな人だ。ひねくれの権化、宮本社長の天敵になれる才能を持っている。
「言ってくれるわね、チャンピオン。冷めない恋があるなら見てみたいものだわ。・・・。でも、あったらいいわね」
あれ、宮本社長の顔が赤い。温泉に潜っていたせいだけじゃない。なんか社長らしくない。しおらしい。ってか顔だけ出さないでください。混浴に見えるじゃないですか。
「西宮陽くん。キミも元気くんみたいに佐々木瑞菜さんだけを見ていたらいいのよ。ドジョウはコイに変わらない。同情するのが一番彼女を傷つけるのよ。それに森崎弥生、あの娘はいずれキミの器には収まらない大物になるわ」
「宮本社長の言う大物の意味がわかりませんが、弥生ちゃんとは、きちんと話をすることにします」
そう、僕たちはチームなのだから。大切なことをあやふやにしたままでは良くない。
「そうだな。それがいい。いい仲間が集まってくる陽くんは幸せ者だな」
「元気先輩。ありかとうございます」
「んじゃあ、あがるとするか。のぼせちまいそうだ」
「そうですね!」




