062 どうかした!行くわよ。少年たち
<西宮陽視点>
晴れ渡った青い空に白い入道雲。その横にできた一筋のヒコーキ雲。日の光を受けて輝く海から、風が打ち寄せる波の音と潮の香りを運んでくる。のんびりとした午後の時間だ。
季節はほんの少しだけ進み、僕たちは夏休みを迎えていた。と言っても、僕こと西宮陽は森崎弥生さんと同時に私立修学館高校を自主退学。佐々木瑞菜さんは事務所が用意した高校を、これまた自主退学。世間一般の同世代から見たら大ごとだが、当の本人たちは至って気楽なものだ。
僕たちは、妹の西宮月が夏休みを迎えるのを待って瑞菜さんの田舎、新潟旅行に来ていた。海辺の小さな温泉宿にチェックインしてくつろいでいる。慌ただしい東京と違って、のんびりとした時間が流れている。
八重橋元気先輩と対戦した次の日は大変だった。記者会見で婚約宣言。世間は沸き立ち、ネットはパンクした。国民的無敵美少女、佐々木瑞菜さんの影響力の絶大さを思い知らされた。僕はこの機会を使って自分の考えを訴えた。ちゃっかりと妹の月まで元気先輩との交際宣言をしてしまった。と言うことで明日、瑞菜さんのご両親にご挨拶することになっている。
「妹の彼氏である元気さんは別として、宮本京社長!何で社長までついてくるのですか」
瑞菜さんと弥生さん、妹の月の三人は女子部屋、僕と元気先輩、そしてベースが男の子だと言うことで宮本社長が男子部屋に押し込められた。
「私はキミ達の監視役よ!子供だけなんて危なっかしい真似はさせられないわ。しっかりとした大人が必要よ」
「・・・社長。その格好で言うことですか!」
宮本社長は、あの日以来『Be Mine』のコスプレが気に入ったのか、中高生ファッションにご満悦だ。似合ってしまうところが恐ろしいが、社長の言う『しっかりとした大人』とは到底言えない。その格好のまま、瑞菜さんのご両親に会うと言い出すのではないかと思うと気がきでない。
「ふふふ。西宮陽くん。キミ、私が瑞菜さんのご両親にこの格好で会うのを心配しているわね」
まずい!心を読まれている。夏だと言うのに僕の背中を冷たい汗が流れ落ちる。元気先輩は吹き出しそうな顔をしている。先輩!人ごとだと思って楽しんでませんか。
「元気先輩。何か言ってやってくださいよ」
「キミが僕の立場だったらきっとこう言うだろう。『個人の趣味嗜好をとやかく言うのは大人の悪い癖です』って」
元気先輩。まったく当てにならない。僕は一人、オロオロするだけだ。
「本当にからかいがいがあるわね。まあいいわ。ゆるしてあげる。せっかく温泉に来たのだからひと風呂いただくわよ。ついてきなさい」
これには僕だけでなく元気先輩もぶっ飛んだ。この人の頭の中はどうなっているのだ。こんな人が芸能事務所の社長を務めているだなんて。それともこんな人でないと芸能界では社長をやっていけないのか。僕の頭の中は大混乱するばかりだ。
「ふふっ。ウブなキミたちってかわいいわ。しょうがないでしょ。私はこれでも、オ、ト、コ、ノ、コ、なんだから。それとも女風呂に行かせるつもり」
宮本社長と一緒にお風呂に入るなんて想像できない。元気先輩!説得をよろしく。僕は元気先輩の顔を伺う。
「神童、西宮陽にも弱点があったか。良いんじゃないですか。お供しますよ。宮本社長!脱衣場が大パニックになっても知りませんよ」
元気先輩は涼しい顔に戻って笑っている。
「げ、元気先輩!何を言っているのですか。先輩らしくないですよ。どうしちゃったんですか」
「陽くんこそ、らしくない。これから陽くんのもとには色々な人種が集まってくる。これくらいで驚いていたら、これからやってけないぞ」
ボクシングで培った順応力なのか、それとも妹の月と付き合いだしたせいなのか。元気先輩の精神力の進化は称えるべきものがある。こうして僕たちは見た目、女子高生の後に続いて男風呂の暖簾をくぐった。制服のスカートから伸びた生足にめまいがしてくる。
「んぐ」
「うほっ」
「ぎょ」
「あぐ」
温泉旅館のおばさんならいざ知らず、突然、女子高生ファッションの美女が迷い込んだものだから脱衣場は大混乱。お風呂に逃げ帰るもの。慌ててバスタオルを引き出すもの。男は意外にナイーブなんですよ、社長!銭湯の番台が女子高生だったら普通は入れないでしょ。
周囲の混乱をものともせず、さも当たり前のように振る舞う宮本社長。髪をくるりと束ねて堂々と制服とスカートを脱ぎ捨てていく。大胆過ぎて言葉も出ない。勇ましいと言うか、何と言うか。タオルで隠すこともしない。
気が付けば少女漫画に登場するような長髪、色白のイケメン青年がそこに立っていた。細身だがしっかりと発達した筋肉。宮本社長の変身ぶりに誰もが声を詰まらせる。社長!あなたは本当に人間なのですか?
「どうかした!行くわよ。少年たち」




