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006 兄貴の煮込みハンバーグ食べてってよ

西宮陽にしみや よう視点>


 僕、西宮陽にしみや ようの脳は佐々木瑞菜ささき みずなの美しさにフリーズしてしまった。宝石のように輝く澄んだ瞳はギリシャ神話に登場するメドゥーサをしのいでいる。僕の魂を奪い取って、体を生きたまま石化する。彼女の体はテレビ越しでは見えない気品と言う名のオーラをまとっている。正に女神としか表現できない。


 こんな美しいものがあったとは。どんな芸術品も美術品も音楽も彼女の前では色あせてしまうだろう。衝撃が僕の脳裏に深く刻まれる。この時間が永遠なら、僕は望んで石化を受け入れる。悪魔にだって喜んで魂をささげるだろう。


「あの、上がってもよろしいですか?」


 彼女の言葉が遠くで響いている。背中をなにかがつつく。妹の西宮月にしみや つきのことをすっかり忘れていた。言葉が出てこない。


「はっ、はい」


やっとの思いでひねり出した言葉は緊張で上ずっていた。なさけない。


「おいしそうな匂い」


 彼女の顔がタイヤモンドのような凛としたものから、花のような柔らかな笑顔に変わった。僕の五感は春が来て魔法をかれた蝶のように活動を再開する。心臓が高鳴る。忘れていたデミグラスソースの香りが鼻孔をくすぐり、腸が活動する。


グー。


グー。


 僕と彼女のお腹が同時になった。


 佐々木瑞菜のシルクを思わせるなめらかな白い肌がみるみるうちに赤みを帯びていく。彼女はうつ向いて、きれいなお腹を見つめながらモジモジし出した。白いワンピースが彼女の完璧なボディラインにそっている。


「ごめんなさい」


と彼女が言った。


「僕こそ、ごめんさなさい」


と僕が答えた。


 僕は自分のお腹に感謝した。よかった。彼女一人を辱めずに済んだ。恥ずかしさのあまり彼女が顔を上げるタイミングを失っている。沈黙がこわい。


「あのう、妹の西宮月と申します」


 僕のかげから、妹がうさぎのようにぴょこんと飛び出した。


「あらま、かわいいお嬢さん」


 佐々木瑞菜は顔を上げてにっこりとほほ笑んだ。


「おおーっと。なにやらいい感じのご対面となりました。かわいらしい子うさぎちゃんまで登場です」


 JNH放送の吾妻あずまアナウンサーが横やりを入れる。


「モグ、モグ、モグ。ってか、子うさぎじゃないし」


 妹はうさぎがものを食べる真似をしてボケてから、自分でツッコミを入れる。関西人か、おまえは。妹の天然ボケ炸裂でその場がなごんだ。妹はさらにほほを膨らませてすねて見せる。明らかにカメラ目線。妹は自分の変顔がかわいいと信じ込んでいる。妹の動作で生中継されていることを思い出した。


「兄貴の煮込みハンバーグ、食べてってよ。ソースから全部、兄貴の手づくり。もう絶品だから!」


「西宮家からの夕食のお誘い!国民的無敵美少女、佐々木瑞菜さん。どうしますか?」


 吾妻あずまアナウンサーが彼女にマイクを向けた。


「はい。ご迷惑でなければ!」


 彼女が顔を崩して喜ぶ。その表情も可憐だ。なんだかこっちが気恥ずかしい。


「すっごい!兄貴、信じられる!生、瑞菜様が兄貴のハンバーグを食べるって」


 妹はまるで小学生のようにはじゃいでいる。


「さあ、上がって、上がって!」


 妹の動きがいつもと違ってまめまめしい。ちょこまかと動いてダイニングテーブルに食器を追加し出した。


「お手伝いします!」


 国民的無敵美少女が妹と二人、僕の家で食器を並べている。あまりにも非現実的な光景が目の前で繰り広げられている。夢じゃないだろうか。ほほをつねってみると、当たり前だが痛かった。

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