052 状況はわかりましたか?
<森崎弥生視点>
国民的無敵美少女アイドルこと佐々木瑞菜さんの暴走ぶりにはつくづく呆れちゃう。大胆と言うか、一途と言うか。本当に驚かされた。あそこで『眠れる森の美女』ならぬ『眠れるリングの陽くん』をやるとは。でも、ちょっと羨ましい。
私は先回りして体育館の裏手に回ってタクシーを止めた。西宮陽くんが走り出す前に目で合図してくれた。それだけで陽くんの考えが分かった。ヘタレな西宮陽くんとの付き合いは長い。一方的だけど。保育園からの幼なじみだから。困った時に陽くんは必ず逃げ出す。確信できた。
「おぉ。こりゃまた美人さんだ。お嬢さんどこまで・・・」
タクシーの運転手が私の顔を見てのんびりと質問してくる。車内のテレビに八重橋元気と西宮陽の民放特番が映っていた。二人が美少女を抱えて逃げ出す様子が何度も繰り返し報じられている。
『吾妻アナ、佐々木瑞菜さんが現れたのは驚きましたけど、チャンピオンが抱きかかえて行った、もう一人の美少女は誰なんでしょう』
スタジオのコメンテーターの女の子が尋ねる。
『あれは、今回の対戦相手の西宮陽くんの妹の西宮月ちゃんで・・・』
JNH放送の吾妻アナウンサーが中継で答えている。
『お知り合いなのですか?』
『えぇ。まあ』
テレビになんてかまってられない。私は運転手に叫んだ。
「運転手さん。もう一台タクシーを呼んでください」
「あっ。はい」
運転手はタクシー無線で追加のタクシーを手配した。
「近くを走っていた仲間がいるので一、二分で来ますよ」
彼が答えた時に上半身裸、下はボクサートランクスの二人組が美少女を抱きかかえて走ってきた。後ろからハンドカメラを持ったカメラマンとテレビ局のクルー、ギャラリーに集まった生徒たちが追っかけて来ている。運転手はタクシーの中のテレビと走ってくる二人組を交互に見ながら叫んだ。
「えっ、えぇー!」
「状況はわかりましたか?」
キイーィ。
呼び出されたもう一台のタクシーが止まる。西宮陽くんと佐々木瑞菜さんを一台目のタクシーに乗せて、私と八重橋元気先輩、西宮月ちゃんの三人は二台目のタクシーに乗った。
「うおっ。八重橋元気!」
二台目のタクシーの運転手がうなる。車載テレビが同じ番組を映していた。
「前のタクシーに続いて」
「了解しました」
二台目のタクシー運転手も状況を直ぐに理解してくれたようだ。私たちは追いかけてくるテレビ局のスタッフや生徒たちを残して、現場から走り去った。運転手がバックミラーをチラチラと見ながら直ぐに話しかけてくる。
「見てましたよ。チャンピオン!あの西宮陽くんて男の子は何者なんですか。チャンピオンと互角に戦うなんて。佐々木瑞菜の彼氏なんですか」
運転手は興奮して話が長い。その間もテレビの報道は続いている。
『仲間がいたようです。おーっと、これまた西洋風の美少女です。あっ、タクシーに分乗して逃げました』
やだ、私の顔までテレビに映っている。ポケットからスマートフォンを取り出す。スマホニュースは私たち五人の話題で埋め尽くされている。んっ。なんで私まで。
タクシーは私立修学館高校の側、渋谷駅前のスクランブル交差点で停止した。前のタクシーの周りに人垣ができる。佐々木瑞菜さんの知名度は絶大だ。駅前の大型スクリーンに私たちの顔が映し出されている。
なんでょー。これだから民放のお下劣番組なんて大嫌いだ!
「早く行って!野次馬なんて蹴散らしておしまい」
「わかりました。お嬢様!」
信号が変わると、興奮した運転手はクラクションをかき鳴らしながら、集まった人混みの中を進んだ。
んっ!何か勘違いしていない、この運転手。私、ツンデレキャラのお嬢様じないんだけど。




