051 面白いね。キミの青春にのった
<西宮陽視点>
実戦練習は引き分けで終わった。もっとも、公式記録にもなんにも載らない練習なのだから、結果も何もないのだが。プロの、しかも世界チャンピオンに、本気を出してドローなのだから満足以上だ。それより問題はその後だった。世間はもはや、実戦練習どころでは無くなっていた。
私立修学館中学校の体育館に設置された特別リングの上で、僕は目覚めた。パンチの後遺症か、頭がぼんやりしている。ヘッドギアと練習用のグローブがなければ、ただでは済まない強烈なパンチだった。
頭の下になにか柔らかいものを感じる。目の前のものにピントが合わない。ピンボケの映像がゆっくりと鮮明になっていく。
「ん?瑞菜さん?」
佐々木瑞菜さんの頭の後ろに体育館の天井が見える。テレビ撮影用の照明がまぶしい。どうやら介護室や病院に運ばれたのではないようだ。体の感覚が戻り切っていないのがもどかしい。周りがかなり騒々しい。
「良かった。目覚めたんですね。陽くん」
瑞菜さんの透き通るような瞳がドアップだ。彼女の顔が近づいてくる。鼻と鼻がぶつかる感覚。唇に何とも言えない柔らかなものが触れた。
チュ!
瑞菜さんの顔が直ぐに離れる。彼女は、僕の頭を抱えて瞳を覗き込んでいる。
「陽くん、気づいてなかったから。私のセカンドキスです」
真面目な顔でそう告げられた。えっ!セカンドキス?って、全国放送されている生番組中に。体育館に集まった生徒たちはヤジを囃し立て、テレビ局のスタッフは呆然とするもの、大急ぎでどこかに電話するもの。体育館の中は騒然としていた。テレビカメラの上に設置された赤いランプが作動中を告げている。
「陽くん!立てます?」
「うん。問題ありません」
僕は彼女に手を引かれるように立ち上がった。僕の横ではボクシングバンタム級世界チャンピオン、八重橋元気が妹の西宮月に手を引かれて立ち上がったところだった。僕たちはリングの中央で向かい合う。僕のグローブを瑞菜さんが外し、チャンピオンのグローブを妹が外した。二人の美少女に促されるように、僕と先輩はがっちりと握手をした。
「国民的無敵美少女アイドルが彼女なんてとんでもないやつだな。キミ!」
「すみません。大事な練習を・・・」
「いや。気にしなくていい。十分に楽しませてもらったよ。キミのおかげで、まだまだ強くなれる気がしてきたよ」
「もう十分に強いですけど」
「まだ決着はついていない」
「ですね」
「これからどうするんだ。俺と同じボクシングの世界にこないか」
僕は瑞菜さんの顔をチラリと見た。彼女はニコリと笑顔をつくった。
「やめときます。これ以上、強くなった先輩に勝てる気がしません」
「言ってくれるな。そうか、残念だな。まあ、キミがボクシングの世界にくると俺もうかうかしていられないけど」
「すみません」
「それはそれとして、この後どうするつもりだ。カメラの前で、国民的無敵美少女アイドルの唇を二度も奪って。世間は大変な騒ぎになっているぞ」
僕は先輩の側によって耳打ちした。
「逃げますか」
「・・・。面白いね。キミの青春にのった」
先輩は小声で返してくる。
「妹をお願いします」
僕は佐々木瑞菜を抱きかかえ、八重橋元気先輩は妹の西宮月を抱きかかえて、リングのロープを飛び越えて走った。
背後にテレビ局の関係者や学校の関係者がなにやら騒いでいる。
『あっ。逃げました。西宮陽と八重橋元気が互いに美少女を抱えて逃げていきます。何でしょう、この展開は・・・』
JNH放送の吾妻アナウンサーの声が体育館にこだましていた。




