049 バシッ、ドスッ。ビシッ、バスッ。ビュン、ピシッ!
<西宮陽視点>
カーン
第2ラウンド開始のゴングと共に、何もかもが意識の中から消えていく。テレビ局のカメラも、ギャラリーも。実況中継の音声さえも聞こえてこない。あるのは、ただ目の前の男、八重橋元気のみ。彼の鼓動や息遣いまでも感じ取れる。
飛んでくる八重橋元気のパンチをグローブで弾き、自分のパンチを繰り出してこたえる。
バシッ、ドスッ。ビシッ、バスッ。ビュン、ピシッ!
互いのパンチの応酬が続く。まるでミュージシャンのジャム・セッションのようだ。準備も打ち合わせもない即興的な演奏。パンチが作り出す音だけに身を任す。
バシッ、ドスッ。ビシッ、バスッ。ビュン、ピシッ!
懐かしい感覚。自分が自分で無くなったような。感情も思考も消え失せて体が無意識に反応する。骨がきしみ、筋肉が躍動する。グローブの重さも、全身の疲れも感じなくなる。
バシッ、ドスッ。ビシッ、バスッ。ビュン、ピシッ!
『こっ、これは何と言うことでしょう。信じられません。激しいパンチの応酬。思わず見惚れてしまう光景。ボクシングバンタム級世界チャンピオン、八重橋元気。対する私立修学館高校2年、西宮陽。二人の無駄のない動きは野生の本能そのものです』
JNH放送の吾妻アナウンサーがマイクに向かって叫んだ。番組プロデューサーの髭の紳士、三浦は息を飲む。
バシッ、ドスッ。ビシッ、バスッ。ビュン、ピシッ!
キュッキュッと足を鳴らし、ステップを刻みながら八重橋元気がほえる。
「おりゃー!」
蒸発する汗が彼の体をオーラのように包み込んでいる。
「うりゃー!」
言葉にならない呻きが口をついた。
バシッ、ドスッ。ビシッ、バスッ。ビュン、ピシッ!
テクニックやスキルを超えたパッションの世界に僕たちはいた。時間の経過も忘れてしまう。
カン、カン、カン、カン。
ゴングが鳴る。
「ストップ、ストップ、ストップ。二人とも!」
レフェリーが体をはって止めにかかる。ようやく意識が自分の体に戻ってきた。静まり返った会場にどよめきが戻る。
「すげえ!」
「みたかよ」
「なんか体が熱い」
「くーっ」
「やばい。やばいよ、これ」
観客から僕たちに声が飛ぶ。僕のコーナーでロープにつかまって興奮している、妹の西宮月の目がキラキラしている。
「兄貴、すげえー。元気先輩もありがとう。月、興奮が止まらない!」
幼なじみの森崎弥生さんはスケッチブックになにやら書き込んでいる。
「きたわ、インスピレーション。秋のファッションショーのテーマはこれで決まりね」
『第2ラウンド終了です!次はいよいよ最終ラウンド。どんな戦いが見られるか。チャンネルはそのままで』
吾妻アナウンサーの声が、体育館の特設リングを取り囲む会場に響きわたった。
「おいっ!視聴率はどうだ」
番組プロデューサーの三浦は体育館の外にとめてある中継車に向かって走った。




