047 勝手にタオルを投げ込むなよ
<西宮月視点>
私立修学館高校、高等部の体育館に作られた特設リングに月の兄貴、西宮陽が立っていた。対戦相手はボクシングバンタム級世界チャンピオン、八重橋元気。在り得ない組み合わせだ。唯一の家族である月はセコンドして兄貴のコーナーの横に控えていた。
国民的無敵美少女アイドルこと佐々木瑞菜様は、本日、ドラマの収録。幼なじみの森崎弥生ちゃんは新会社『Be Mine』の打ち合わせ。ここにいるのは月だけだ。
リングに立ってライトを浴びる上半身裸の男が二人。うっしっしー。肉体美に目が眩む!想定通りだ。女の子も悪くないが、野生をむき出しにした男の子の体も魅力的だ。八重橋元気、いい体しとる。兄貴に負けてないぞ。さすが、ボクシングバンタム級世界チャンピオン、バッキバキの腹筋。絶景だー。
てか、チャンピオンの腹筋ばかりに目を奪われていたが、よく見ると角刈りの爽やかイケメンくんなのね。兄貴にくらったあごの傷がチャームポイント。ヘタレの兄貴とは真逆のスポーツ青年の魅力が・・・。やばい、また、よだれが。月は思わず、手に持ったタオルで口をふいた。
しまったー。兄貴が危険と感じたら、投げ込むように言われて渡されたタオルだった。大丈夫、だれも見ていない。これは兄貴の汗だ。ちよっとヌメッてしているけど、ヘタレ兄貴のことだ。気づくはずがない。
リングの周りにはJNH放送のテレビカメラが幾つも設置されている。しかも、今回は前回と違ってモザイク無し。兄貴の顔と名前がハッキリと表示されることになっている。スタッフが慌ただしく走り回り、実戦形式の練習の準備が進められていく。
兄貴は本当に大丈夫なんだろうか。ヘタレ兄貴には似つかわしくない晴れ舞台だ。うぉっ。やっぱり石化している。全く動く気配なし。ヘッドギア越しの兄貴の目はずっと閉じられたままだ。戦う前から気持ちがノックアウトってか。まあ、相手は現役、世界チャンピオンだもんね。普通そうでしょ。
どうして、こんなことになったのかって。テレビ局の底力は偉大だ。スポーツ界はスポンサーで成り立っている。特にボクシング協会はエンターティメントとしての放映収入なしでは成り立たない。つまり、スポンサーには逆らえないのだ。問題はむしろテレビ局からの出演を二つ返事で受けた兄貴にある。どったの兄貴。らしくない。
『えー、これより世界バンタム級チャンピオン、八重橋元気の公開練習を開始します。タイトル戦ではありませんが、異例のテレビ報道となります。八重橋元気さんが出身校で、後輩を指導する形でボクシング協会より許可を得ております。けがの無いように練習用のヘッドギアと大きめのグローブを着用しておりますが、危険な状況になった場合は即刻、練習を中止いたします』
協会から派遣されたレフェリーがリングの上でマイクを持って叫ぶ。集まった校長先生やデビ局の関係者に説明を始めた。休日だけど噂を聞き付けた生徒たちで体育館は満杯状態だ。月は体育館の時計を見た。番組の放送開始時間が刻々とせまっている。うぅー、緊張する。月は兄貴の後姿に向かって声をかけた。
「兄貴、大丈夫か。やれるのか?タオルはちゃんと月が持っているからね!」
兄貴がゆっくりとふり向いて目を開けた。うぉ!兄貴の目がキラキラしている。ヘタレ兄貴じゃない。あの目は小学生の時に『神童』と呼ばれていたワクワク兄貴の目じゃないか。
「大丈夫だ。決着をつける。勝手にタオルを投げ込むなよ」




