045 大変なことになっているぞ!
<西宮月視点>
月は森崎弥生ちゃんの家で、夕ご飯をご馳走になっている。決して広いダイニングではないが、きれいに整理整頓されていて弥生さんの両親らしい。
弥生ちゃんのお父さんは一見、頑固そうに見えて怖いけど実はとても優しい。弥生ちゃんのお母さんは元気はつらつと言った感じかな。兄貴の料理は別格として、弥生ちゃんのお母さんの料理は素朴でおふくろの味がする。
「いつも弥生のお手伝いにきてくれてありがとう。この子ったら張り切り過ぎて、ここ数日はあまり寝ていないみたいなのよ」
「ちょっと、お母さん。恥ずかしいからあんまり言わないでよ」
弥生ちゃんは口を尖らせる。その姿にキュンとなったではないか。ブルーアイの西洋ドール、森崎弥生。可愛さに磨きがかかって、着実に進化を遂げている。
「こんな子でごめんなさいね。肉じゃが、もう少し食べる?」
「はい。月、母親の手料理って好きです」
「月ちゃんはお兄さんと二人暮らしだと聞いたが。それじゃあ、寂しいだろ。いつでも遊びに来なさい」
弥生ちゃんのお父さんが、つけっ放しのテレビを観ながら言った。
あうっ!あまりにもアットホームなので、兄貴と瑞菜様のことをすっかり忘れていた。今頃は二人で大人の世界に突入!ってことはないか。兄貴のヘタレはそう簡単には治りそうもない。
「どうかしたのかね。今日はお兄さんは来てないようだが何か用でもあったのかな」
弥生ちゃんのお父さんは残念そうだ。
「はい。兄貴は人生をかけた、とっても大事な用事がありまして」
「それは、また、たいそうな話だな。月ちゃんのお兄さん、西宮陽くんと言ったかな。彼は若いわりにはなかなかのものだ。あれは将来、大物になるぞ」
「あら、あなた!彼をそんな風に思っていたの?そうは見えませんでしたよ。弥生を奪われてたまるかって顔をしていましたけど」
「ばっ、ばかを言え」
「ちょっと、お父さん。陽くんには彼女がいるんだから変なことを言わないでよ!」
「そっ、そうなのか。これは失礼をした。しかし、残念だ。いや、その。弥生が最近メキメキと綺麗になっていくので、てっきり・・・」
気まずいムードに全員がテレビに目を向けた。JNH放送の吾妻アナウンサーが毎回、有名人のゲストを呼んでトークするバラエティ番組が始まった。吾妻アナの顔が相変わらずにやけっぱなしだ。お前の顔面筋肉は引き締まると言うことがないのか。
『本日のゲストは、先日、初の防衛戦に勝利したボクシングバンタム級、世界チャンピオン。八重橋元気さんです』
ぬぬっ。あれは兄貴があごを砕いてしまった八重橋元気先輩ではないか!月と弥生さんは顔を見合わせた。
『初の防衛戦、いかがでしたか。三ラウンド、KO。圧倒的な強さでしたね。向かうところ敵なしって感じですが』
八重橋元気先輩は、クリーンな試合をすることで定評の正統派ボクサーだ。女子にも人気でボクシングブームをけん引している。
『ありがとうございます。コツコツと練習を積んできた成果です』
『ボクシング界の新星。天才が練習を積んだら怖いものなしですね』
『いえいえ、僕は天才なんかじゃ。それを、一発のパンチで気づかせてくれた後輩がいます。天才と言うのは、彼のような男を言うわけで。練習の大事さを知りました。今の僕があるのは彼のおかげです』
うんぎゃ!元気先輩。それってヘタレ兄貴のことかい。
『ご謙遜を!そんな天才が、この世の中にいるとは思えません』
『それがいるんですよ!世の中には上にはうえが。だから僕は自分におごることなく練習を続けることができました。この、あごの傷はその時に彼がつけた勲章なのです』
『本当にいるのですか。そんな天才が!』
吾妻アナ。わざとらしく何度も言うな。いけ好かない奴だ。
『ええ、います。彼の名前はピーピーピーです』
やばいよー。兄貴!テレビでまた呼ばれている。
『・・・!また、彼ですか?』
吾妻アナの口が、あんぐりと開いたままになる。みっともない。
『知っているのですか?ピーピーピーを!』
『面白いことになってきましたね。彼と再戦してみたいですか?』
『それは無理です。彼はプロではありません』
『練習相手と言うのはどうでしょう』
『可能性はゼロではありませんが。ボクシング協会がOKを出すとは思えません』
『それならJNH放送が総力を挙げて交渉します。実現のあかつきには、JNH放送で特番を組ませていただきます』
兄貴。テレビを見ているか?大変なことになっているぞ!ぶっひっひっ。




