036 お待たせしました。お兄様
<西宮陽視点>
今日のランチはイタリアンのフルコース。五種の前菜盛り合わせに始まり、ペンネを使ったクリームパスタとシンプルなマルゲリータピッツァのセット。メインの肉料理は和牛頬肉の赤ワイン煮込み。ドルチェは苺の手作りジェラートで、しめはエスプレッソだ。新鮮な食材がそろっており準備も調味料も抜かりがない。
僕、西宮陽は鼻歌を歌いながら料理を開始した。料理は思いきりと手際が命。もたもたしているとせっかくの材料が死んでしまう。この時ばかりはヘタレではいられない。『美味しい料理は人を幸せにする』どんな時でも。だから僕は手を抜かない。
包丁がまな板を叩く音が心地いい。鍋がコトコトと鳴り、ソースの香りが鼻孔に広がる。よし、良い感じた。意外にも三人の少女に邪魔されなかったのが功を奏した。僕は次々と料理の仕上げにかかった。ダイニングテーブルに四人分の食器とカトラリー、グラスを並べていく。食前酒は赤ワインと行きたいところだが、四人とも未成年。手作りのレモネードを準備した。
「お昼の準備ができたよ」
同居人である国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜さんの部屋から、妹の西宮月と幼なじみの森崎弥生さんのヒソヒソ声が微かに聞こえてくる。
「ちょっと、待って。直ぐに三人で行くから。よっ、陽くんは先にリビングに戻ってて!」
弥生さんの慌てた声が不安をあおる。また良からぬことを考えているのかもしれない。しぶしぶ、ダイニングへとつながるリビングへと引き返した。ソファーに座って三人を待つ。
「ジャジャーン。今日の給仕は私めにお任せください」
執事姿の弥生さんがドアから飛び出してきた。
「・・・?」
「ちょっと。陽くん!何か言ってよ。不安になるじゃない」
ビックリした。遊びに来るときは、少女らしさをこれでもかと強調したスタイルの弥生さんが、キリリとした男装をまとっている。意外ではあるが元が美少女なので何でも似合う。これがちょっと前まで、色気のない赤フチメガネのチョー堅物真面目女子だったとはとても信じられない。心が変態女子で無くなれば誰もが彼女に惚れてしまうだろう。
「いや。ちょっとばかり面食らってしまって。良く似合っていますよ」
「お世辞で言ってない?」
「いえ、本心です」
「よし、では、ご褒美を授けよう」
弥生さんがドアの奥に手を伸ばす。腕を引いて現れたのは・・・。
「瑞菜さん?」
「はい」
大胆に開いたスカートのスリットから艶めかしい生足がのぞく。まだお昼前だと言うのに。これはもはや犯罪だ。美しすぎる。何時ものかわいらしさから妖艶な美女に。ワイシャツに腕まくり、洗いざらしのジーパン姿の上に黒いエプロン。カジュアルな僕の姿とは全くつり合わない。
二人が並んでリビングに入ってきた。よく見るととても凝った衣装だ。コスプレショップで売られている生地とは物が違う。縫製も細やかで、職人技を感じさせる。
「どう。全て私の手作りよ」
「弥生さんなら、今すぐにデザイナーになれます。弥生さんの才能なら、僕の料理より人を幸せにできるんじゃないかな。正直、敗者の気分です」
「陽くん、褒め過ぎ。調子に乗っちゃうじゃない」
「良いんじゃないですか。乗っても。瑞菜さんもそう思いませんか」
「はい。この服、見た目だけじゃなくて、とっても着心地が良い上に動きやすいんですよ」
「これ以上、褒められるとどうにかなってしまいそう。本日のメインディッシュがまだ残ったままなのに。いらっしゃい」
ドアの前に清楚なお嬢様が現れた。深くお辞儀をしてから顔を上げる。
「お待たせしました。お兄様」
「あぅっ」
情けない声をあげながら、僕は思わずソファーからずり落ちた。言葉の言い回しまで大人びている。森崎弥生さん、貴方の正体は魔法使いですか?妹の姿に魅入られた兄をつくってどうするんですか。妹の美しさは罪では許されない。




