002 ラブレターを代筆して欲しいんだけど
<西宮陽視点>
僕、西宮陽の家は、駒澤大学前駅からそう離れていない世田谷の閑静な住宅街の中にある。建てて十年も経っていない一戸建ての住宅。新築とまではいかないが、それなりにオシャレにまとまっている。そこに僕は妹と二人で暮らしている。
僕の父は外交官でミーハーな母と二人、フランスで暮らしている。当分帰ってくる予定はないそうだ。お金に困らない生活ができているだけで両親には感謝している。掃除も洗濯も割と好きだし、料理は正直、得意分野だ。
とっくに思春期を迎えてる年だと言うのに、恥じらいもなく洗濯機に下着を放り込む妹の西宮月には閉口する。が、家での女の子の生態なんてこんなものだ。両親の代わりをつとめなくてはいけない状況では、下手に男子として意識されるよりはましだとあきらめている。
「兄貴、お願いがあるんだけど」
夕食の後片付けをしてリビングで、淹れたてのコーヒーを片手にくつろいでいる時だった。先にお風呂に入った妹が自室から出てきた。
妹のことを自慢するわけではないが、彼女は母に似て美人さんだ。中学3年生にしては胸がなく幼さが残るが、クリクリとした大きな瞳と整った顔立ちはかなりの美少女だ。スポーツを趣味にしているので、髪をショートに切りそろえて色気にかけるが、黒くてツヤツヤの健康的な髪の美しさに時々ドキリとさせられる。
見た目が美少女だけに、長いまつげの下の瞳を潤ませながら頼まれると断りづらい。妹なりに自分の価値の使い方を心得始めたのだろう。華奢な鎖骨がのぞく丸首のTシャツ一枚とホットパンツのラフな姿で迫られたのでは妹と言えども目の毒だ。
「いいけど、その前に、もう少し露出を押さえた格好をして欲しいんだけど」
「えーっ。兄貴、月のことを見て興奮してるんだ」
妹の西宮月は、僕の座るソファーの前に立って胸をせり出して見せる。
「ほらほら、月だって成長しているんだから」
「残念」
僕は一言で感想を述べた。彼女の胸は、ある意味で鎮静剤の役割を果たしてくれる。が、しかし、兄としては美少年のように成長を続ける妹は若干不安ではある。
「もう、兄貴って正直すぎない。女の子の気持ちが本当に分かんないんだから。だからいい歳して恋人もできないのよ」
いい歳って、まだ16歳なんだけど。大体、クラスメイトの男子の8割は彼女なんていないと思う。テレビドラマの観過ぎじゃないか。まあ、恋にこがれるお年頃であるのは認めるが。
「悪かったな。嫌味を言いに来たのなら頼みは聞けないな」
「ごっ、ごめん。月、謝るからお願い!」
「何で女の子なのに自分のこと『ボク』って言うんだ」
「『私』なんて学校じゃ恥ずかしくて誰も言わないよ」
「そんなものか?今どきの中学生は」
歳が二つしか離れていないのに、ジェネレーションギャップを感じてしまう。
「でね。頼みなんだけと。兄貴さ。字がきれいだよね。ラブレターを代筆してほしいんだけど」
妹はかわいらしい口元をモゴモゴさせながら言った。
「・・・。ふーん。好きな男の子ができたんだ」
親代わりとしては妹の成長を喜ばざるをえない。ついでに恥じらいを覚えてくれればいいのだが。美少女だけに目のやり場に困る。
「わかった。協力するよ」
こうして僕は妹のラブレターを深夜までかけて代筆することになった。