一.
僕くらいの年頃の男子は、ちょっとしたことで色めき立つことがとても多い。
例えば新作のゲーム機が発売された。例えばテストで満点を取った。例えば男子と女子が一緒に下校した……。
そして例えば、エッチな本が公園のトイレに捨ててあった時も男子諸君にとってまた然りである。
「何で子供はこういうの、見ちゃいけないんだろうね」
理性云々という話はさておき、大抵の人はまず間違いなく興味津々にその表紙を捲りにかかることだろう。それが社会的に良くないことだと知っていたとしても、だ。
しかしごく稀に――大体二クラスに一人くらいは――そういう常識の根源を疑ってかかる人もいる。俗に言う、「変なヤツ」である。
「よく分かんないけど、きっとこういうのには間違ったことがいっぱい書いてあるんだよ」
それらしく受け答える僕も僕で変なヤツかも知れないが、彼、もとい剛寛と違うのは、真面目キャラを装いつつ周りに合わせて屈んだ友人達の肩越しから泥っぽく汚れた「それ」をちゃっかり視界に収め脳裏に焼き付けていることだ。
屈んだ一人が振り向く。
「何だよ剛寛、見ねぇのか」
「うーん、あんまり興味ないな」
大人びているのかただ大人ぶっているだけなのか、彼はこちらに近寄ってこようとはしなかった。
その公園は、通学路からほど近い場所に位置していた。厳密に言うと僕の帰り道からは少し遠回りしてしまうのだけど、線路沿いに住んでいる友達の家の傍なので、同じ地区で遊ぶとなるとそこが一番便利だった。
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「何で僕の名前は敬介っていうの」
その日、道徳の宿題が課せられていた。それは「自分の名前の由来を調べる」というものだった。
わざわざ調べなくても憶測でそれらしい答えを用意しておけば誰も不思議に思うことはないし、そもそも次の授業で発表してもらう、というような宿題じゃなかったから別にやるつもりもなかった。ただ、何という理由もないが、ふと聞いてみたかった。
母は台所で揚げ物をしながら答えた。
「えーっとね、昔やってた明石家さんま主演のドラマの主人公が敬介だったから」
「え? それだけ?」
思っていたより適当な理由だった。
「冗談よ。周りから尊敬されるような大人になって欲しいなってお父さんとお母さんが思ったから、敬介にしたの」
本当か? そっちが後から考えた理由じゃないのか?
さんま何チャラの件がいやに具体性たっぷりだったので疑いたくなったが、これ以上聞いても自分が惨めになるだけのような気もしたので、言及はしたくなかった。
けど、僕の口は言うことを聞かなかった。
「ちなみに、そのドラマは何ていうの」
「男女八人夏物語」
翌日、担任の先生に聞いてみた。
明石家さんまと大竹しのぶを惹き合わせ、後に結婚に至ったドラマであり、最高視聴率三十一パーセント、トレンディドラマの元祖と言わしめた、主人公の名前。
今井「敬介」だった。