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第1章 竜王 (1)

宇宙は未だ広がり続けていると聞いたことがある。

ではその末端まで行った先、宇宙に外はあるのだろうか…そんなことを考える時間は不毛なように思えたが、なぜかそれが楽しくてしょうがなかった。

地球に最初の生命が誕生した瞬間、どのようなエネルギーがそうさせたのだろうか。

時間とは一体なんなのだろうか。そんなことばかりを考えていた小さい頃を思い出していた。


外の世界は「実感」がない。つまらない。

人と関わるのは面倒。


スターウォーズの新作を見ながらそんなことを考えていた。



喜瀬夏希はその日も退屈そうに授業を終えると誰とも話さず、誰にも挨拶せずにさっさと帰路についていた。時期的には春であったが、なんの麗らかさも、出会いもなく、コミュニケーションのかけらもない学校生活を送っていた。


校門をくぐり同じく帰路につく生徒たちの間を早歩きですり抜けていく。男子グループがスマホゲームの話を楽しそうに大きな声でしている。横に広がって歩く彼等を少し軽蔑する。これからバイトなのか、待ち合わせがあるのか、どちらにせよ忙しそうな女子がスマホで時間を確認しながら歩いている。その他大勢の生徒たちが、それぞれの目的地へと向かっている。いつも通りの光景だった。



喜瀬夏希は都立高校に通う二年生。17歳。これといって目立った特徴のない人間ではあったが、少し厭世的なところがあった。


歩くにつれて周りの生徒たちは疎らになっていった。閑静な住宅街を一人で歩いている。学校から自宅までの二十数分間、歩きながら今日あったことを反芻していた。


今日は席替えがあった。二ヶ月に一回のペースで席替えを行うと担任が宣言し、その記念すべき1回目の席替えであった。クラス替えから出席番号順に並んでいた机は今年度最初のくじ引きによって新しい配置となり、皆一喜一憂していた。喜瀬夏希クラスから孤立していた。なので席替えになんの感慨もなかった。

だが、感慨は無いにしても、一つだけ驚きとも困惑ともつかない思いをその日したのだった。

隣に移動してきた女子がこちらを凝視していた。その女子とは喜瀬夏希以上に孤立している。喜瀬夏希からもそう見受けられる人物だった。通称「竜王」



柳さくらは喜瀬夏希と同じクラスの少女。サラサラの黒髪を前下がりのボブに切りそろえていて、両耳にイヤリングをしている。気の強そうな目をしていてまつげが長く、目の下に二つ黒子がある。全体的に気難しそうではあったがいわゆる美人だった。

四月、クラス替え直後の自己紹介オリエンテーションで自分のフルネームのみを言い放ち、よろしくね等のコメントは一切せず着席した。それ以降誰とも仲良くなろうとはせず、クラスの中でも異彩を放っていた。浮いていたという方が正しい。正直なところ喜瀬夏希は彼女のその姿勢にシンパシーを感じ、密かにエールを送っていたのだった。竜王という異名は彼女の名前、「柳さくら」を「柳桜」に変換、そのまま音読みすると「りゅうおう」になることと、彼女の恐ろしいまでの人払いのオーラがそうさせていた。


席替え後も彼女は一日中喜瀬夏希を見つめ、というより睨みつけていた。授業自体は退屈であったが、この監視体制下では否応なくスリリングな時間が流れていた。

そうしているうちに昼休みになった。昼を共にする友人もいないのでそのままノートと教科書を片付け昼食のパンを鞄から取り出した。いつも同じ菓子パンを食べると決めているわけでは無いのに、同じ菓子パンを食べてしまう。袋を開ける。口に入れる。甘い。

と、ここで横からの視線を思い出す。柳さくらは自分の昼食に手もつけずこちらを凝視していた。困惑と恐怖を覚えてパンを口にするのをやめ、今まで横目でチラチラ確認していたのを恐る恐る彼女の方に向き直り一言確認した。


「あの……どうかされたんですか……?」


それはそれは恐る恐るだった。恐る恐る恐るくらいの勢いだった。金剛力士像の如くこちらを睨む少女に勇気を振り絞りそのように尋ねたのだった。


少女はその問いに一瞬だけ眉を緩め、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして硬直し、少ししてから慌ててそっぽを向いてしまった。ひどく不可解だった。喜瀬夏希は茫然としながらも菓子パンを口に運んだ。しばらくして少女がこちらに向き直り覚悟を決めたように告げた。


「ご、ごめん……なさい……あんまりジロジロ見てるつもりはなかったのだけど……」


「喜瀬くんは……その……せ、世界征服とか興味あったりする……?」


彼女の顔が険しくなっていく。



「…はい?」



思わず聞き返した。開口一番世界征服とは一体なんのことだろうと思いつつ、出来るだけ怪訝な顔をしないように繕っていた。ここで適当にあしらいでもしたら後で何をされるか、わかったものじゃなかった。粗相があってはならない。


「あっ、えっと……世界征服というかなんというか……」


彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。彼女は少々俯きながらも鋭い眼光はこちらに向け続けていた。

喜瀬夏希は必死に今自分がなにを問われているのかを考えていた。菓子パンを食べることは完全に忘れて応えをひねり出そうとしていた。


「えっと……何かゲームの話ですか?すみませんゲームをあまりやらないので疎くて……」


ゲームのお誘いならこれは嬉しい。目の前の女子が顔を赤らめながら自分になにかのゲームをきっかけにして話しかけてくれているのだと思ったのだった。


「あ、いえ……ゲームなどではなく……」


意味不明な会話が続いた。


柳さくらは耳まで赤い。様々な感情が混ざったような、物凄い形相であったが反射的に可愛いと感じてしまった。

だがそれ以上に言っていることの意味がわからなかった。


この状況を側から見れば、クラスの二大ぼっちの夢の共演、狂宴だろう。妖怪大戦争。


喜瀬夏希は恐怖とも混乱ともわからない感情に頭を支配され、訳が分からなくなっていた。急に席を立つと矢継ぎ早に言った。


「ごめんなさい、よくわからないので……あ、次の授業のプリント取りに来いって…化学室に!言われてたんだった……!」

「ごめんね……!」




「あっ!ちょっと!喜瀬夏希!」


彼女の呼び止めも最早聞こえていなかった。思い出した風を装って菓子パンを手に、教室を後にした。逃げた。



△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△



そんなことを思い返しているうちに自宅に到着していた。


喜瀬夏希の自宅は二階建ての一軒家だった。町の高台に向かう急勾配の両脇を沿うように家々が並び建っていて、そのうちの一軒。家の一階は祖父と祖母が暮らしており、二階は喜瀬夏希の自室と、あとは物置きだった。喜瀬夏希には両親がおらず、祖父母のもとで育てられてきた。


鞄から鍵を取り出し玄関の引き戸を開け、靴箱に手を掛けながら靴を脱ぎ、二階の自室に向かう。祖父母は事情があり明日まで留守にすると、朝家を出る前に告げていた。

自室のドアを開け、うつ伏せのままベッドに倒れこむ。喜瀬夏希はアルバイトをしていたが本日はその予定もなく、夕飯を自炊するのも面倒なのでこのまま寝てしまおうと考えていた。勉強もしたくなかった。


喜瀬夏希の部屋はいたって簡素な趣きで、あるのは机と少しの本棚、あとは出来心で買った安物のギターとアンプ。和室であったがベッドを置いていた。ごく普通な部屋だった。


時計を見ると時刻は4時半を回っていた。

眠かった。今寝てしまうと夜中に寝付けなくなるなと思いつつも、眠気には敵いそうにもなかった。眠りにつこうとする意識の中で柳さくらの一件をまた思い出していた。世界征服とは一体なんのことなのだろうか。ゲームの話かと思っていたが、今になって考えてみると映画のタイトルかもしれなかったし、そういうバンドの名前かもしれなかった。と、そこまで考えていたところで、ふっと起き直り机の上に置いた鞄の中を探し始めた。菓子パンが食べ掛けだったことを思い出し、悪くなる前に食べてしまわなければと思ったのだ。寝るのは中断した。


菓子パンを食べながら柳さくらの顔を思い浮かべていた。年度始め、自己紹介オリエンテーションでの彼女の氷のような表情と、他者に対しなんの興味もございませんといった感じの無表情な声色が印象に残っていた。だが今日の彼女はそのイメージからは想像がつかないくらいに赤面し、声を震わせていた。

実際に話すのは初めてだった。少し整った顔をしているとは思っていたが、まさかあれほどの美少女とは思っていなかった。世界征服という謎のフレーズよりも彼女の顔を何度も反芻していた。だが、喜瀬夏希はその想像をやめた。喜瀬夏希は変なところで捻くれているので自分が美少女の妄想に耽ることをかっこ悪いと感じたのだった。

菓子パンを食べ終え、袋をゴミ箱に捨てベッドに戻った。すぐに眠気がやってきたので今度こそそのまま寝た。




夢を見た。激しくうねる波の、その只中。水底からそれを見上げていた。水面は射す光を複雑に絡めとり、水底に沈む喜瀬夏希の元に届けていた。まったくもって息苦しくなく、寒くもなかった。何の感覚もなかった。夢なのだから当たり前ではあった。明晰夢というやつだった。喜瀬夏希は幼い頃から海のイメージを夢で見ることが多い。頭の中で広がるそのイメージの中に身体が沈んでいる不思議な感覚ではあったが、ありきたりといえばありきたりな「夢」ならではのシチュエーションに慣れきっていた。


慣れきっていたのだが、今回ばかりは一つ違う点があった。誰かがこちらに向かって泳いでくる。今までこんなイメージを見たことはなかった。揺れる光を後ろから浴びてシルエットのみが黒く、際立っていた。近づいてくるにつれてそれが顔見知りだとわかった。柳さくらだった。

彼女は喜瀬夏希の名前を呼んでいた。耳元までやってきて名前を何度も呼ぶのだ。すると何故だか心がざわついて仕方がなくなった。




「俺は……」





目がさめると時計の針は6時を指していて、辺りは暗くなり始めていた。しばし天井を眺めたのち、気だるい身体を起こした。少し頭痛がしていた。


「喜瀬くん」


「…喜瀬夏希くん!」


柳の声が聞こえる。ということはこれはまだ夢の中であろうと思った。明晰夢から目が覚めた先もまた明晰夢とは、インセプションを思い出していた。


「喜瀬!」


声のする方向に目を向けると、人が窓の外にいた。窓の外というよりは窓を開け、窓枠、サッシの上に忍者のごとく構えていた。柳さくらだった。

これはなかなかアグレッシブな夢だなと思い呆然としつつも自らの想像力の突飛さに少々の感服を覚えた。彼女は何やら困ったようにこちらを見つめている。忍者ポーズのまま。

おかしな状況ではあったが、喜瀬夏希はこの状況さえも夢だと、それも明晰夢だとわかっていた。なので少々のいたずらを彼女にしてやろうと思った。


「世界征服電波美少女のモーニングコールとは、これまた乙なものですなぁ〜!あ、今モーニングじゃなかったな!アハハ」


夢の中の美少女にその時浮かんだ言葉をなんの臆面もなくぶつける快感を得たかったのだ。言い終わって喜瀬夏希は我ながらよくこんな物言いが飛び出たものだと感心した。顔までも下品だった自信があった。普段人と話さない分、簡単に暴発を起こすのだ。


「で、電波……美少女……」


彼女は下を向いて、窓枠のサッシを凝視しながらワナワナと震えていた。


「いや、世界征服とか訳わからんけど俺柳さんのこと凄いタイプだから全然オッケー!可愛いからオッケー!」


いくら夢の中だとしても、世論ではこんな言動をセクハラと呼ぶのだろうと自分でも思っていた。



「……あのねぇ!」


しばしの沈黙と震えののち、柳さくらが声を張り上げる。


「確かに世界征服とか、そういう言葉をいきなり使ったのは誤解を招いたと思うけど、そんなにからかう必要ある??!?私は咄嗟に他の言葉が浮かばなかっただけで!…説明も聞かずにどっか行っちゃったのは喜瀬くんでしょ!」

「あと電波とか美少女とかからかうのもやめてくれない?!?喜瀬くんってそんな物言いの人だと思わなかった!!!」


マシンガンのように怒られた。なぜ夢の住人に怒鳴られなければならないのか。不満を覚えてすかさず反論した。


「いやいや……ここ俺の夢の中だし!夢の中で何言ってもいいだろ!てかなんで夢の中でこんなこと言わなきゃならないんだ!好きにさせろ!……よし、もっと言ってやろう!世界征服とか訳わかんなすぎるし!電波だろ!」


そして間髪入れずに、その時思いついたことを何も推敲せずそのまま言う。


「あと怒った顔がめちゃくちゃ可愛いね柳!」




彼女が顔を真っ赤にしながら仰け反った。頭からやかんの如くピーッと湯気が出た。少々驚きつつ、ここが夢であるなら今のは別に気にも留めないでいいことだろうと思った。

彼女は窓枠の上でバランスをとりながら少しテンパった後、急に何故かすっと冷静に顔になった。


「…喜瀬くん今なんて??」


「……?……あぁ、怒った顔がめちゃくちゃ可愛いね柳!」


「じゃなくて!夢の中……って!」


妙にリアルで会話の弾む、メタ的な夢だと感慨を覚えていた。


「いやこれは俺の見てる夢の中でー」


彼女は何かおかしなものを見る目で


「何を言ってるの喜瀬くん……?まさか寝ぼけてるの?」


彼女は窓枠から床に降り立ち、部屋に侵入してきて、おもむろに喜瀬夏希の頬をつねった。


「いたーー!!いたい!何するんだよ!」


「わたしは夢じゃないわよ!起きなさい!」


喜瀬夏希は混乱していた。夢で痛みを覚えるなんてはずはないからだった。


「え、俺…え?起きてんのこれ…」



「何寝ぼけて……まさか…!もうこんなに進行してたのね……」

「いい!これは夢じゃないわよ!現実!誰がなんと言おうと現実!水槽の脳とかマトリックスとかそんなこともなく現実なの!起きなさい!!」



「い、インセプション的なこともなく……?」



「その映画知らないけど…そうよ!」



喜瀬夏希は先ほどまでの自分の言動を思い返して恥ずかしい気持ちでいっぱいになっていた。あとマトリックス知ってるのにインセプション知らないのも変だなと思った。



「さっきまでの言動は…この際気にしないわ…!」



「助かります…」



「それでなんだけど、その世界征服ってわたしが言ったそのアレ…」



「……まった!」


喜瀬夏希がいきなり大きな声を出したことで柳さくらは一瞬驚いていた。


「これが夢じゃないならなんで柳さんは人ん家の窓から忍者みたいに侵入してくるんだ…」


「そっ、それは…」

「……それが出来るからよ!」


「やっぱりおかしい!これは夢だ!俺はもう一回寝る!不審者め!でてけ!でてけ!」


掛け布団を勢いよく被って全てを拒絶するポーズをとった。


「あ、ちょっと!…もう、こうなったら無理にでも連れ出すしかなさそうね……」


柳さくらが強引に布団を引き剥がした。


「おい!何すんだよ!」


喜瀬夏希は剥がされた布団を取り戻そうとベッドの上で立ち上がった。が、そこで驚愕した。

彼女の頭からツノが生えていた。背中からは羽まで生えていた。それも鳥の羽根や天使っぽい羽でもなかった。例えるなら、漫画やゲームで見たような「ドラゴン」の羽根にそっくりだった。


「うわ、お前…!やっぱこれ夢だろ!あ〜〜!鬱陶しい!!!夢の中でまで電波なのか!」


柳さくらは目を見開き物凄い形相で頭から勢いよく湯気を出し目を光らせていた。

「何を〜〜!!!!?!」

「こうなったらもう無理に連れてくわ!」

「セーブ、西暦二千十八年四月十二日午後六時十四分三十六秒…完了」


「なにぶつぶつ言ってるんだよぉ!怖いんだよ!」


喜瀬夏希はツノと羽に加えて、彼女の周りに浮いているネオンサインのような紋章の数々に得体の知れないものを感じて後ずさりしていた。

そうしてるうちに彼女の腕が喜瀬夏希の服を掴んだ。


「じゃ行くわよ!電波美少女と世界征服の旅よ!喜びなさい!」


彼女の周りに浮かぶ紋章がまばゆい光を放ち目を覆った瞬間、喜瀬夏希の身体を強い振動のようなものが抜けて行く。船酔いのような感覚があった。

思わずえづいてその場に倒れこんだ。口に砂が入った。


「おおおぇぇ!ゲホッ…す、砂!?なんだこれ…!!」


「初めての船旅は如何かしら」


「お前今何したんだ…!!」


「何って時空間転移よ」


「い、意味がわからん…何を言って…」


喜瀬夏希は辺りを見渡して唖然とした。

砂漠だった。何もない砂漠だった。


「……は?え?」


「ふふ、驚くのも無理はないわね…」


彼女は全身から煙を上げながら羽を伸ばし、こちらを見下ろしていた。


「ようこそ本当の地球へ」




「……いやこれ夢だろ」











あとがき


ボーイミーツガールスペースオペラを描きたい!と思い立ち、こういった感じになりました。

ランキングとかPVとかはあまり気にせずのんびりやります。

感想と言いますか…気になった点などコメントくださると励みになります。是非よろしくお願いいたします。

それでは次のお話で!

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