小細工をやめた男
「おうおう、あの女もやるじゃねーか。あれは…血か?、確かに血は魔法変換率が最も優れた物質だ。それを自分の水に混ぜるとは、分かってるじゃねーか、戦いってのは相手の長所を消して自分の長所を映えさせて相手の短所を切り刻んで自分の短所を守り切る。シンプルに言えばそれだけすれば勝てるんだよ。」
澪が発動した血霞を見た霧島が身を乗り出してはしゃぐ。それはつまり澪が霧島に認められたことを意味する。
「性格に難ありと思っていたが中々どうして…、お前らの中で1番当たりはあの女かもしれねーなぁ。」
霧島が目を細めその評価を下す。それを聞いた重と剣は拳を握りしめるが言い返すことは出来ない。実際今の澪に勝てると聞かれれば答えることが出来ないからだ。特に剣は特訓で澪のあの状態の強さを知っている。
「そんな余裕ぶっててもいいのかよ。あんたがご執心の大樹さんがやられるかもしれないんだぜ?。」
「残念だが…それはない。あいつが気づかないと思うか?あの状態長く持たねーだろ。そりゃそうだよな、自分の血を垂れ流してガンガンに魔力を流し込んでんだから。だから長期戦にすればそれだけで終わる。」
「気付いてたのか。だがそれをさせないだけの…」
「で、長期戦にするってのは秀才の手段だ。だが鬼才のあいつは正面からそれをぶち破る。何故ならそれが先輩の見せるべき姿だと思っているからだ。ほら、見てみろ。」
霧島が顎で闘技場の中央を指す。そこでは今まさに若草に向かって澪が突進を繰り出しているところだった。外から全体を見ているからこそ背後だと知れるが中にいる若草の視界はほぼゼロ。だから重と剣は若草が背後から貫かれると思っていた。
「…なんだ、今の反応は…。見えていたのか?。」
「でも右手が貫かれてる。これじゃあ…」
実際に貫かれたのは右手。若草は驚異的な反応で背後からの一撃をそれだけにおさめたのだ。そして若草から立ち上がる弾幕。弾幕と澪の霧の接触によって白い蒸気が充満する。そして鳴り響く異様な音。燃えている、風が鳴る、そして地響き。
「…馬鹿な、あの槍は俺の壊刀でもぶっ壊せなかったんだぞ!。それを…一体なにしやがった。」
蒸気が消えた時澪の持つ血槍は引き裂かれていた。それを見た剣は驚きの声を上げる。澪との特訓では主に近接での戦闘を行った。その際にその強度を知ることになったのだ。
「…あの形…まさか。でも…それなら俺が見たことあるのも…」
一方の重は引き裂かれている槍の断面に既視感を覚えていた。そしてある結論に達する。しかしそれは己のアンデンティーを失いかねない結論だった。
「…俺が一番怖い若草は…小細工をやめたあいつだ。あいつが色々と策を練るのは負けないためなんて言っちゃいるがそれは少し違うんだ。自分が楽しめないから。正面切っての戦いでは弱い奴とは戦いにもならないから。だからって奴は小細工をする。」
「おい、あれって。」
「うん、…俺の火拳と同じ系統だ。…それと左手にも。あの断面は武器を引きちぎった時の断面だ。だから見覚えがあった。」
若草の両腕には炎と風が纏われていた。そしてそれは若草が近接戦闘をするということを意味する。今まで若草は武器錬成や大樹くん錬成などをした時も相手とゼロ距離でも格闘は選んでこなかった。だが今は違う。小細工なしの接近戦、つまり霧島が待ち望んだ若草大樹が出陣するのだ。
「…楽しんでるな、若草。…やっぱお前はその顔の方がいいぞ。」
静かに呟かれた霧島の言葉は興奮する重と剣には届かなかった。