境界を創るもの
「さぁ、いくよ。東堂昴流最強の魔法…『崩れ落ちる境界』。」
東堂が体の前で両の手の平を合わせ握りこむ。
「…最強って、何をする…」
「あぁ、剣君。あと二歩ばかり下がった方がいい。そして頭を低くするんだ。」
東堂が剣に告げる。それは明確に何かが見えている発言だった。
「…は?。…おい、」
東堂の言葉の意味がわからず聞き返そうとする剣。しかしそこでアナウンスが流れる。
『ニホン銀城葵選手の棄権が宣言されました。3分後に承認されます。』
銀城棄権の知らせ。あまりのタイミングの良さ。それはこの棄権のタイミングが予期されていたことを意味する。
「流石、葵。良い反応だ。剣君!、君も今棄権を宣言するんだ。」
「は⁉︎そんな敵の真ん前で…」
剣の眼前には両手に典雅を展開した李白。棄権を宣言して魔法を使えなくするのは自殺行為に思えた。
「大丈夫、私を信じなさい。…って言うかこれが終われば私はガス欠になるから今しかないよ。」
「…俺は棄権する。」
葛藤の末棄権を宣言する剣。
『ニホン火祭剣の棄権が宣言されました。3分後に承認されます。』
「…2人も逃す?。まだだ、今なら1人はやれる。」
東堂が放った一瞬の魔力の量と質に気圧された李白。しかし冷静さを取り戻し自分が為すべきことを理解する。李白がその手に持つ典雅を2つに分け両手に装備し襲いかかる。そのターゲットは魔法の使えない剣。
「…線は面になる。そこは斜線状だ。」
謳う様に口ずさむ東堂。その言葉と時を同じくしてフィールド全体に異変が起こっていた。
「…なんだ⁉︎この魔法は…くそっ、削ぎ取られた!。」
李白を襲ったのは風の線…に見えた物。左右から迫る線に挟撃を喰らい背中を削られる。
「今このフィールド全体に私の風の糸が張り巡らされている。ランダムな糸、その中で並行に並ぶ糸と糸の間に任意に面を形成する。間にある物は当然切り裂く。これが崩れ落ちる境界。」
東堂が張り巡らせた風の糸。数多の線、その中で並行な物の間に面を創造する。敵からすれば突如風の壁が出来る。挟まれれば脱落、回避しても動きを封じられ次の面が迫る。広域殲滅の魔法であった。
「さぁ、私の感じた痛み、その魔力に翻弄されると良い。」
「…くそ、典雅!。…ぐぐぐ…」
迫り来る魔法に対してなんとか無属性魔法の密度で対抗する李白。ギリギリとせめぎ合うが東堂の魔法は李白の典雅を突破出来ない。
「…生じる境界は無限大。徐々に空間を蝕んでいく。」
次々に発生する風に面。折り重なる面は徐々に空間を埋め尽くしていく。
『アメストリア、トーマス・ガルド脱落です。』
「…本当に全域が攻撃範囲なんですねっ!。『定・立方体』。」
李白が自分の周りに立方体を形成。なんとか自分の空間を維持しようとする。東堂の使う魔法、これだけの広範囲にこの威力の魔法を使い続けるのは長く持たないと考えてのことだった。
「…君の魔法は確かに濃密だ。固体なら…私も突破は出来ない。でもね…忘れたのかい?。平面なら…破れる。」
東堂が李白に迫る。東堂が通過する際面は遮らず通す。そして東堂は通る度に面を蹴り加速する。
「…L4『風塵の鋒・連牙』。」
『…ピキッ…ピキピキ……』
「…割れるなら…足せばいい。『定・立方体』…」
「…おっと、それは厳しい。…生憎無駄にする魔力は残ってない。君がそこに籠るなら此方から手出しはしない。残りの全魔力を境界に注ぐ。」
東堂の目的は銀城、剣を逃がすこと。そして出来るだけ多くを巻き込むこと。李白が立方体に籠るのは望むところであった。
「…手のひらの上で踊らされていたのか。」
「そうだね、うちの参謀は切れ者だから。楽しみにしといてよ。」
『ニホン銀城葵、火祭剣の棄権が承認されました。』