差し出したもの
「この巻物を見つけた幸運にして薄倖な者よ。…汝力を欲するか?」
静謐にして白黒の世界。空間自体が震えるようにして声が響く。
「だ、誰?。何が起こってるの?。剣、どうしたんだよ!。」
その中で冷静さを失った重が騒ぎ立てる。10歳に過ぎない重のキャパをオーバーしていたのだ。
「…なんだ年端もいかぬ小童ではないか。しかしこの巻物を見つけたのは事実。お前は力を手に入れる機会を得た。使うも使わぬもお前次第。」
「与える力は1人の力を百にも千にも変えることのできる力。まさしく一騎当千。魔法を重ねる多重魔法。」
「その代償に…お前からは何かを頂く。それが釣り合えばお前は多重魔法の使い方を知るだろう。」
「この機会は2度とは訪れない。最善を選べ。」
「選べ!。取引に応じるか?。」
重の様子などお構いなしに説明を続ける声。重に選択を迫る。
(な、なんなんだよこれ…。力を欲するかだって?。そんなの…欲しいに決まってる。分かってるんだ、このままじゃ僕は国家魔導師になれない。剣のお荷物になる。…)
「……代償ってのは…なんなんですか?。」
「それが何かは我には分からん。お前次第だ。力を得るにはそれなりの代償は頂かんとな。我を満足させてみよ。さすれば与えてやる。まぁ、代償分を取り返せるかもお前次第だがな。」
(ここが…分岐点だ。僕は劇的な何かを手に入れなければならない。その為には…)
「わかりました。…僕は多重魔法を求めます。」
「…そうか、ならばその代償はなんとする?。」
「……僕の可能性を。僕の可能性を差し出します。」
「僕は魔力測定でLevel3までの才能と言われた。努力をすればLevel4も使えるかもしれない。でもそれじゃあ僕の夢に届かない。僕の友に届かないんだ。それなら僕はその未来を差し出そう。それで劇的な何かを掴めるならば。」
「さぁ、取引だ。僕の成長の可能性を代償に多重魔法を…渡せ!。」
「…くくくっ、面白いな小僧。まさか…未来を捨てるか。Level3があれば平穏に暮らすことはできるのに。それを捨ててでも追いたい夢と友があるか。よかろう、…お前の成長の可能性を代償に多重魔法を与える。お前はこれからLevel2までしか使えない。茨の道だ。…打ち破れ、その魔法にはその力がある。」
その言葉を最後に止まっていた時間が動き出す。
「っ、これが…多重魔法。」
重の頭に多重魔法に関する知識が流れ込む。それと同時に体から何かが抜け出ていくのを感じた。
「…その紙を見せてみろよって…どうした?重。」
止まっていた時から剣が動き出す。
「え、いや、別に?。…あのさ剣、(話してもいいのかな?。…止まっていた時のことはやめとこ。)この魔法見てくれる?。」
「L2『火炎』×2!。」
しかし魔法は発動しない。
「ん?どうした重?。」
「なんでもない。(まだ使えないか。でも…使いこなしてみせる。新しい可能性に賭けたんだ。)」
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「…と言う訳なんです。」
話を終えた重。国家魔導師になる為に自分の未来の可能性を捨てる。その取引をしたことに後悔はない。今こうしてこの学園にいれるのは多重魔法のおかげだったのだから。
「成る程…君がLevel2までしか使えない理由はわかったよ。僕はその判断を肯定するよ。高みに至るには乗り越えなければいけない時がある。重の場合はそれが少し特殊だっただけだもんね。」
「重さん、凄いです!。私だったら逃げてたかもしれません。」
突然時が止まる場面を想像して澪が言う。
「ふーん、あの瞬間にそんなことがあったのか。まったくわかんなかったぜ。…まぁお前で良かったんじゃねーか?。俺だったら断ってたかもしんねーしな。」
「自身の魔法の才を代償にか。それなら…俺が知る使い手とも釣り合うか。いやはや魔法は底が知れんな。」
「あ、そうだ。…俺以外の多重魔法を使う人ってどんな人なんですか?。」
以前創士の口から少し出た存在。他国の人で年齢は創士の一つ上だがすでに国家魔導師に相当する地位についている。その人が無藤の知る多重魔法の使い手だろうと考えての質問だった。
「気になるか?。お前が選ばれればじきに会えるだろうが…一つだけ教えといてやる。そいつが払った代償は…片腕。そいつの覚悟も本物だぞ。」
「会いたければ選ばれることだな。名簿の中にそいつの名があった。引率としてだがな。」
「さて…と、今日は面白い話を聞かせてもらった。だが選考には影響せんから期待はするなよ?。自分の手で掴み取れ。」
無藤はそう言い残し全星寮をあとにする。
「わかってますよ。そのために手に入れた力だ。」