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フライング・シャーク(Flying Shark) #1

 邦題『飛翔鮫』。

 タイトル『シャーク・スウォーム/Shark Swarm』で邦題『鮫!鮫!鮫!』もえーなぁと思ったんですが……。あとまあ、邦題『飛翔鮫』なら海外タイトル『スカイ・シャーク/Sky Shark』も捨てがたかったんですが。……

 因みにタイトルがまんまネタバレ。最近、陸海空はおろか地中や宇宙すらも制覇して家の中にまで出現する変な系統のサメホラーっぽいの。

「そろそろリアルでの戦闘も経験してこい」宮廷魔術士見習いの12歳の少女エリエルは、師匠である異世界の魔術士・比良坂ひらさか千迅ちはやからそう命じられて、修行の為にケネルコフ王国の西の森に発生した怪異現象の調査に乗り出すハンターたちに同行することになった。

 ハンターというのは、猟人会に所属する猟兵のことである。猟人会は、民間の団体であり依頼として『人間に有害な鳥獣や怪物の駆除』を主に請け負う組織である。『絶滅危機にある野生鳥獣の保護』にも取り組み、ボランティアで密猟者を取り締まったりもする。

 西の森の調査にはその猟人会に所属するドッジ、マッジ、サッジの3人が向かうことになっていた。3人中のリーダー格であるドッジには、昔千迅に助けられて恩を受けたという後付設定が暗示めいた手段により刷り込まれていた。

 その立場を利用して千迅がドッジに「エリエルを鍛えたいんだ。今度オタクらのチームが何かの依頼を熟す時、同行の形で色々勉強させてやってくれないか」と頼み込んだので、今回エリエルはドッジたちのチームに臨時メンバーとしての参加が許可されたのだった。

 3人共に戦士系であるドッジたちにしても、魔術士がパーティに1人加わるのは願ったりだったので、エリエルはかなり歓迎の雰囲気で迎え入れられた。どうせならこの期にと、出発前日にエリエルは猟人会への訪れ、入会の手続きをしてハンター登録を済ませた。


 魔術の練習には実戦が一番と、千迅の創生した仮想世界の中にエリエルは放り込まれ、編纂された名状し難い敵──ゲドウ・ヤクザから始まりゲドウ・チンピラ、平安京エイリアン、インベーダー、テトリス赤ブロック、ビッグコア──等などと必死に戦わされた。

 現世と仮想世界では時間の流れが異なるらしく、仮想世界で1週間を過ごしても、こちらの世界では1時間程度しか経過していないのだ。その状況下でエリエルは、たったの2日ばかりで、食事睡眠休憩を挟みつつも、約半年分の修練をたっぷりと積まされた。

 濃密な時間を過ごしたお陰で、発動媒体の杖不要、詠唱不要で魔術を高度に操れるようになった。但し現状、エリエルが攻撃系魔術で使い熟せるのは最初から知っていた“火球”のみで、熟練の域に達したのも“火球”だけであるが。

 千迅は、先ずは持ち芸を極めるのから始めろと、エリエルに他の攻撃用魔術を何も伝授してくれなかったのだ。一応、傷の治りを速める効果のある一番初歩的な“治癒”魔術は伝授されたが、それ以外の魔術はさっぱり何も指導しなかったのだ。

 反面、火球に関しては、威力の弱・中・強を調整出来るようになれ、複数を同時に撃てるようになれ、軌道を曲げられるようになれ、一抱え在るくらいのを作ってそれを豆粒くらいに圧縮してみろ、発射する時に捻りを加えてみろ、等と多くの課題を与えられた。

 はいはい、と命じられるがままに努力していたら、エリエルは何時の間にかその注文に全部添えるようになっていた。他者の追随を許さない、意のままに“火球”を操つれる凄い“火球”八挺な使い手になっていたのだ。

 要するにエリエルは、殊に“火球”の熟練度だけに限定するのなら、かなりの達人級の業前に到達していたのである。その実力は今や、間違いなくこの国での腕前TOP3にはランクインしているはずである。飽く迄も、火球を使わせるなら、の条件付きだが。


「飛び入り参加で無理に同行させて貰ってホントなんかスミマセン」エリエルが申し訳なさそうにいうと、ドッジは破顔する。「ヌハハハハ! 気にすんな。恩人の旦那の頼みだし、魔術士が加わるのはこっちも助かる。オマケにお宝まで賜ったしな。文句はないぞ」

 エリエルの引率役が行動不能に陥るのは不味いから、という理由で千迅は、各人に自作アミュレットを3種類提供した。指輪の型状で霊験は各々、物理防御、精神防御、毒物抵抗の上昇効果。物理防御を既に受け取っていたエリエルは、残りの2種類の追加となった。

 全員、3つの指輪の穴に鎖を通して輪にすることでネックレス状にして、首にかけていた。自作指輪は、φ18ミリの硬質ビニル管の輪切りがリングの部分となり、見た目が物凄く安っぽいが、魔術道具としての性能は充分に備えており、しかもかなりの高品質である。

 指輪には、本来の生身が備えている防御力や抵抗力を理論値で約3倍に上昇させる効果がある、と千迅は説明していた。譬えば素の状態なら即死するレベルで斬りつけられても、指輪の装備時なら肉体の防御力が3倍UPで軽傷で助かる程度のご利益はあるだろう、と。

 ステータス向上の装飾品は買えば低性能品でも一般人の生活費1~2ヶ月分が軽く飛ぶ結構な値段がするので、収入が不安定でその日暮らしの生活になり易いハンター家業では金額的に望んでも入手は困難なので、ドッジ、マッジ、サッジは指輪を貰い大慶びしていた。

「毒物抵抗は素晴らしいな。森林で往生して腹が減った時、弱い毒性のキノコ程度は平気で食べられるようになる」「日持ちの悪い食料も気にせず食えて助かるな。食事情が改善だな」ドッジ、マッジの双子は食中毒回避を期待して毒物抵抗の指輪を殊更に有難がった。



 城塞都市内の城壁東門付近に拠点を構えるドッジをリーダーとする3人組は、依頼現場へと向かうべくまだ薄暗い夜明け少し前に塒を出発し、エリエルの逗留先である宿屋に立ち寄り彼女と合流した。

「頑張ってこい」と千迅に見送られるエリエルを含めて4人編成となった一行は、城塞都市を東から西へと横断する形で西門から城壁を抜けて、その外部に円状に広がる畑ばかりの耕地に時偶ぽつぽつと農家が点在する農業地帯へと入った。

 城壁内の街と比べると明らかに長閑な雰囲気の漂う田舎めいた景観の街道をひたすら歩いて行くと、やがて耕地の終わり付近まで到達したのか、遠目に未開拓の原生林の広がりが見えてくる。時刻はそろそろ昼前である。

 同時に、今回の怪異調査の依頼を百姓たちの代表として猟人会本部に持ち込んだ依頼人の住宅らしい、街道沿いに建つ1軒の農家も目に入った。怪異の調査で日数が必要となった場合、この農家で寝泊まりさせて貰う段取りになっている。

 農家に到着した一行は、そこで家主に歓迎され昼食を振る舞われながら、怪異を実際に目撃しているその人物から詳細に事様を説明されて現状を把握した。どうやら、森林に踏み入って1キロ程も進むと、その先が青紫色の得体の知れないガスに呑まれているらしい。

 それは、森林や山中に自然発生する霧とは全く異なる正体不明の奇妙なガスらしい。一週間前には山の麓辺りまでがそのガスに覆われていただけだったが、ガスは日に日にゆっくりとその領域を拡大し、昨日の観測では、原生林の中程まで侵食が広がっていたらしい。

 このまま後数日でガスは更に広がり、この辺り一帯を覆い尽くしてしまうのではないだろうか、と近辺の農民たちが大いに不安がっているらしい。仮に侵攻が止まっても、ガスが晴れねば森に入れず、山菜やキノコや獣などの食材の収穫が望めず死活問題とも嘆いた。

「ヌハハハハ! まあオレ様たちに任せておけや。中の状況を確りと調査してきてやる。ガス発生の原因が判明すれば、解決策は幾らでも講じられるだろうからな」大船に乗った気持ちで待っていろ、とドッジが笑い、一行は調査の為に午後一で原生林に踏み込んだ。


 実際森林内を1キロ程度進むと、あっさり青紫のガスが充満する一帯が視認出来た。ガスは北から南に蔓延して、かなりの広範囲を覆い尽くしているようだ。「凄いな」サッジが呆れ半分、驚き半分の声を上げた。ガスに接近する程、大気にじっとりと湿気が混じる。

「気味の悪い光景ですね。……妖気? っていうんでしょうか。あのガスからは『冷』にして『湿』、更に『暗』『濃密』『動』のイメージを感じます。恐らく、4大の<水>気が強力に働いてますね」エリエルが自分の幻視で得た感覚を言葉にした。

「妖霧って奴じゃないかな。……前に猟人会の閲覧用の資料の中で、ガス吐いて自分の適正環境作り上げるのとか、妖霧溜りの中を好んでそこに棲息する化物の記録を読んだことがある」暇があると頻繁に過去の記録や資料に目を通しているマッジが意見を述べる。

「じゃあ、あのガスに覆われた一帯は化物の棲家ってことか。巣を作った元凶が中に犇めいてる可能性大かよ。さて、どうするドッジ? このままガスの中に踏み込んで探索するか、それとも一旦戻って本部に戦力増員の応援を頼むか?」サッジがリーダーに訊いた。

「そんなのこの面子で突入に決定だろ。頭数増えたら取り分が減る。手間賃にもなんねぇ。あの中に棲息する化物の正体くらいは確かめる。殺れそうならそのまま始末すりゃいい。化物討ってガス散らせば報酬がデカいからな」チームリーダーのドッジはそう判断した。

「ま、そうなるよな」「なら決行だな。今回はメンバーに魔術士が参加してくれてるし、多少ヤバくても何とか捌けそうだしな」サッジとマッジの会話。「アテにされると重圧感じますけど……頑張ります」実戦経験を積めと師匠から命じられているエリエルが頷いた。

 一応ガスに毒性がないかを調べるのに、万一の時の救出を考えて腰にロープを巻き付けたドッジだけが先ず一人でガスの中に踏み込むことになった。そのまま5分ほど待機して異常が発生しないのを確認後、大丈夫そうなので改めて全員での突入となった。

 ドッジがガスの中は非常に視界が悪いと警告したので、各人が仲間を見失いバラバラにはぐれる可能性を危惧して、細めのロープを腰に結んで約3メートル間隔で4人は一直線の連結状態になった。先頭がドッジ、その後ろにエリエル、マッジ、サッジの順で並んだ。

 こうして一行は青紫の妖霧が充満する危地へと全員で踏み込んだ。初めて怪異跳梁の現場に潜入するエリエルは緊張と不安を感じていたが、仮想世界でおかしな造形の敵と散々戦わせられていたので、初陣に挑むルーキーとしては、及第点以上には落ち着いていた。



 妖霧自体に毒性はないが、大気は水分を大量に含んでじっとりしており、体感の不快度は半端なかった。普通、霧は大気中の水蒸気量が飽和状態となった時に発生する。この妖霧の生起の原因は不明だが、内部の湿度に関しては普通の霧と同じくにやたらと高い。

 湿度が100%の状態では、水分は蒸発しない。人体の発汗を吸った衣類も湿ったまま一向に乾燥しないから、生地がベットリと肌に貼りついて不快指数が上る。救いは妖霧の中の気温が低い──18度程度──ことだが、歩けば体温が上昇して蒸し風呂状態で汗を掻く。

 地面、下生え、木の幹、枝葉とあらゆる箇所が結露で濡れそぼっている所為なのか、カビ臭いような生臭いような臭気がムッと鼻を突く。ガスは色濃く、視界は最悪である。3メートルと離れていない距離で前を歩く人の背が、かなり霞んではっきりと視認出来ない。

 先頭のドッジは斧を両手で握り、マッジとサッジはマチェーテを片手に握り、エリエルは師匠から授かった白鞘の短刀──魔術的聖別が施してあり、杖と同じように魔術の発動媒体としても使える──を懐に呑んだままその柄を握りしめ、周囲に注意を払っていた。

(これだけ<水>の気が強いと、火球を使う妨げになりそう)心中に湧き上がる不安を、エリエルは声には出さず唇の動きだけで小さく呟いた。白鞘の短刀──ドスと呼んでもいい──の柄を握る手に、どうしても力が籠もり、掌に嫌な汗が滲む。

 白鞘の短刀は全長約30センチにして刃渡18センチ。霊体すらも斬れる業物であるが、問題はエリアルが短刀の扱いに関してド素人ということ。武器は良くても実力が伴わず現時点では完全に使い熟せない。もし白兵戦に縺れ込んだ場合に心許無しである。

「フウヌ! ……どうも何かがオレ様たちの周囲を巡りながら霧に紛れて様子を窺っている気配がする。恰度、肉食獣に囲まれて誰を狙うか品定めされているような感じだな」突然、先頭のドッジが足を止めて、緊迫した声音で背後の3人に向けて警告を発した。

「確かにヤバイ気配をビンビン感じるなぁ」「向けられてるのは殺意……いや、寧ろ食欲かな……」マッジとサッジが言葉を交わす。「師匠の実戦訓練のお陰でわたしの感覚も鋭敏になったのか、敵の気配をはっきり察知してます」とエリエル。

「これは、こっちを襲うタイミングを図ってやがるんだな! 皆、一箇所に固まれや」ドッジの指示下、皆は背中合わせの円陣を組む。各自の動きを阻害しないように、腰に結んであった細いロープは解く。正体不明の敵の気配が、円を描くように周囲を旋回している。

「今更ですが、外から<風>魔術で妖霧を蹴散らす、って方法を試してみても良かったんでは、と……」緊張の面持ちでエリエルがいった。「アンタ、そんなことやれたの?」マッジが尋ねる。「いえ、わたしには無理ですが師匠なら……恐らく可能だったのではと」

「ヌハハハハ! 旦那はオメェさんに実戦経験積ませたいんだろ。そんなら協力頼んでも、却下されたんじゃないか」歴戦の強者であるドッジが貫禄の精神的余裕を見せて笑う。「そもそもこれはオレ様たちが請け負った仕事だ。ならこの面子でなんとかせんとなぁ」

「ほら、幾らアンタの師匠でも仕事頼めば支払いが発生するだろ。礼金で報酬が目減りするのは困るからさ」エリエルの緊張を解す意図があるのか、マッジが軽い口調で説明する。「ヌハハハハ! そういうことだ」再び呵々と笑うドッジ。が、その0コンマ2秒後──。

 ドッジの正面の空間に漂う妖霧が唐突に渦巻いたかと思うと、鋭く尖った歯列の並ぶ巨大な口腔が出現した。その大きさは、人間の頭くらいなら丸呑み出来そうなサイズである。ドッジの頭部に狙いを定めているのか、口腔は妖霧を掻き分けて突進する。

「ヌオオッ!」ドガッ! 身の丈230センチの相撲取りめいた巨漢であるドッジは、今正に己の頭を喰い千切らんとする化物の大口に目掛けて、熟練の猟兵の面目に恥じない反応で、何時でも攻撃出来る体勢にあった両手斧の分厚い刃を思いっきり叩き付けた。

 ドッジの膂力や凄まじく、振り下ろした肉厚斧の鈍重な一撃は、細長い形状をした怪物の鼻先へと、肉を裂きながら深く減り込んだ。しかし、流石に突進する怪物の勢いは完全には殺し切れなかった。

 厖大な運動エネルギーの塊である怪物の体当たりを斧で受け止めるのは、やはり人間には荷が重いようだ。体重150キロを越えるドッジの巨体ですらも、その場で踏み止まること叶わず、力比べの奮戦虚しくやがて2メートル程の後退を余儀なく許すことになる。

「ひゃあ!」地面に轍めいた靴跡を残しつつ踏ん張るも力及ばず後方に圧しやられたドッジの背中がエリエルの背中にぶつかり、その反動で小柄なエリエルの身体が前方に吹っ飛んだ。顔から滑り込むのような体勢で、勢い良く地面に突っ伏した。「痛ひっ」舌を噛む。

「悪いな、嬢ちゃん」斧の柄を全力で握る両手の筋肉をプルプル震わせながら、ドッジが謝罪する。「「イヤーッ!」」次の瞬間、マッジとサッジが素早く動いて、怪物の側面から、マチェーテをその体内に深々と突き刺していた。凄い。流石は熟練のハンターたち。

 だが、それでもまだ怪物は生きており、苦しげにバタバタと身を捩っている。「ヌオオッ!」ドッジの斧の柄を握る両腕に渾身の力が籠もる。斧の刃が鼻先の肉の裡に半ば埋まった状態で押し留められていた怪物の身体が、今度は強引に地面に叩き付けられた。

「オリャーッ!」「ウリャーッ!」「オリャーッ!」「ウリャーッ!」マッジとサッジが怪物の両側面をマチェーテでひたすら斬り裂き、突いて、激しく攻撃する。怪物の身体は瞬く間に切創と刺創だらけになり、霧状に血が吹き出した。血は周囲の空間を朱く染める。

 生命力の強靭な怪物はそれでも暫くは苦し紛れにビチビチ飛び跳ねて暴れていたが、やがて息絶えたようで動かなくなった。ガッシリ引き締まった流線型ボディの体長は2メートル程か。濃紺とも濃灰とも見える色合いの鞣し革のような皮膚で全体が覆われている。

 背鰭があり、胸鰭があり、三日月型の尾鰭がある。しかし手脚はない。それはあからさまに魚類で、しかもサメだった。より詳しく喩えるならば、脳裡にアオザメの姿を幻視して貰いたい。それで大体ビジュアルはあっている。

「初めて遭遇した化物だが、なんだこいつは?」肩で息をするサッジが疑問を口にする。「ううむ。猟人会の資料は片端から読んでるが、該当しそうな怪物の情報はあったかな?」こちらも息を切らしながら、怪物の屍骸を眺めつつマッジは考えた。記憶を弄っている。

「羽もないのに飛ぶのか、この化物」怪物から斧を抜いたドッジは、流石に疲れたのかその場に座り込んだ。「わたしが何かする前に終わってしまいました」エリエルは、コケた時に擦りむいた顎と噛んだ舌を、憶えて間もない治癒魔術で治療していた。

「……そうか、コイツは飛翔鮫だ」記憶の奥底を弄り閃いたのかマッジが声を上げる。その顔色は少し青褪めていた。「こいつは妖霧に棲息する怪異の中でも最凶最悪の部類、人喰いの化物だ。群れで行動する習性で、確か1匹見掛けたらその10倍は存在すると……」

「はぁ? 1匹見たらその10倍って、コイツの仲間が近場にまだ大量に居るってのか!」サッジが悲鳴に近い声を上げる。ドッジとエリエルも言葉は発しなかったが、剣呑な状況を察して表情を強張らせる。

「しかもコイツは血の匂いに敏感で、それを嗅ぎつけて怪我で弱った獲物に群がるんだとか……。ヤバイな、直ぐここから離脱しないと。この怪異は数の暴力系だ。魔術士込みでも僅か4人じゃ討伐はキツい。もっと頭数が必要だ!」マッジが焦慮しながら捲し立てる。

「なら証拠品としてコイツの頭持って退散するか。怪異の正体は明らかにしたんだ。一応調査の依頼は達成だ。ここで本部に戻っても、それなりの報酬は期待出来るだろ」ドッジは立ち上がると、飛翔鮫の頭部を切り離し状況証拠とする為に、斧を振り上げた。

「物凄く厭な予感がするぜ。急いでくれよリーダー。サッジ、方位盤で帰りの方向の確認してくれよ」マッジが急かすと、サッジは腰のポーチから5センチ角程度の四角いパネルを取り出す。これが方位盤で、何処からでもケネルコフ城の方向が判る魔術道具である。

「なんだこりゃ! 針が停止しないぞ」方位盤を水平に保ち窺ったサッジが悲鳴めいた声を上げた。「なにぃ?」マッジも横から覗き込む。盤の針は何処を差すとなくフラフラと無秩序的に揺れていた。「妖霧の中は空間が歪んででもいるのか」マッジが吐き捨てる。

「それって戻り路を見失った……ってことですよね」エリエルが不安な表情で訊いた。「なんだ、帰りの向きが判んなくなっちまったのか。どうするんだ? オレ様は考えるの苦手だぞ」ドッジは斬り落とした飛翔鮫の頭部に縄を通して持ち手を作りながらぼやいた。

フライング・シャーク(Flying Shark) #2へ続く。

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