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ユー・ニード・サム・プラクティス(You need some practice) #2

 追い剥ぎ(盗賊?)っぽいの登場。

 露店市場からの帰り道。周囲は既に黄昏時の薄暗闇に包まれていた。千迅は並んだエリエルの歩調に合わし、のんびり歩んでいる。「なあ、エリエルよ。この国は命が安いなよな。君はそれに気が付いているか?」千迅が唐突に、エリエルに問い掛けた。

「えっ? ど、どういう意味ですか?」質問の意図が不明なエリエルが唖然と訊き返す。「まんまの意味だよ。私が儀式用神殿(テンプル)で剣を向けられて殺した騎士2人、アレは魔術士長殿が召喚時の事故として殉職扱いで処理して、こちらには何のお咎めなしだった」

「……っ!?」エリエルがゴクリとツバを呑んだ。「一応断っておくが、相手が殺意を私に向けたからそれに応じただけだからな。まあそれはいい。兎も角、或る程度の権力があれば人死をそうやって簡単に揉み消せる。命が安いな、といった理由はそれだ」

「そ、それは……」エリエルは強張った表情になった。「そう……かも、ですね。実際、貴族が何か気に食わないことがあって平民を切捨御免にしても、平民から無礼を受けたと主張すれば、貴族は処罰の対象にならない、って聞いたことがありますから」

「私の世界も昔は似たような感じだったな。今は、そうでもないが。……で、エリエルは誰か他人を殺したことはあるか?」「な、ないです。人を殺した経験なんてありません」エリエルはブンブンと勢い良く首を横に振って否定した。

「だろうな。……さて。魔術の最初の講義は宿でのつもりだったが、少し予定を繰り上げて、帰りがてらレッスン1を始めても大丈夫か?」「え? はあ、時間も場所もお任せします。わたしは師匠に手解きして貰う立場です。師匠のお好きな都合で問題ありません」

「そうか。ならこの近くに何処か開けた場所の心当たりはあるか? 魔術の実戦訓練しても他人の迷惑にならないのが理想だが」エリエルは少し記憶を探ってから応えた。「確か、この先を左に行ったら、平民が剣術や魔術の練習に使ってる大きな広場に出たはずです」

「お誂え向きだな。ならそこにするか。……もうすぐ完全に陽が落ちるが、夜目は効くか? 脚元は見えるか?」「随分と暗くなりましたね。光源ライトの術程度ならわたしにも使えます。直ぐに用意します」エリエルはローブから短い携帯用の魔術士の杖を取り出す。

「ん、待て。それはどういう術なんだ?」杖を頭上に高々と構え、呪文を唱える寸前のエリエルを制して千迅は尋ねた。「杖の先端に光を灯す術ですが」「いかんやめろ。そんなの持って夜道歩いたら敵対者がいたら良い的にされる。そもそも装備を光源にするなよ」

「ではどうすれば?」「身体強化で暗視効かせるとか、魔術的な視野で周囲を感知するとか、やれないのか?」「スイマセン。無理です」エリエルは申し訳なさそうに項垂れた。「これはまず基本を教えにゃならんのか。その場凌ぎだが、取り敢えず、目ぇ瞑って」

「アッ、ハイ」エリエルは素直に従って目を閉じる。その両の瞼の上を千迅は右手の示指と中指で軽く触れる。「やるぞ!」「ヒェッ」その声が掛かると同時に、エリエルは眼球に熱いエネルギーめいた何かが注がれる感触を覚え、思わず小さく悲鳴を上げる。

「よし目を開きな」千迅の言葉に促されエリエルは恐る恐る瞼を開く。「あっ! 見える。暗いのに確り視えます」新鮮な眼界に、物珍しげにあちこち見廻した。「それが暗視だよ。これくらい自分で出来るようになれ。今の感覚を憶えておくように。習得に役立つから」

「ハイ! でも流石は師匠様。こんなことが来るなんて。やっぱり、凄いです」エリエルは憧憬と感動が入り混じった眼で千迅を見詰めた。「これから色々便利な芸事を仕込んでやるさ。よし、実地訓練向きの場所とやらにさっさと行こう」2人は再び歩き出す。



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 目的の広場に到着する。そこは野球が2試合同時に出来るのでは、と思うくらいにだだっ広い平地だった。土地の余っている田舎の学校のグランドという雰囲気か。既に陽は完全に落ちていて、月明かり以外の人工的な照明は全くなく真っ暗な場所なので人気はない。

「中々いい処だな。物陰が無いから青姦には向かないが、ここなら何が起こっても人目はないし、周囲を巻き込んで被害を出すこともないな」千迅は広場の真ん中辺りまで進むと、周りを見廻し確認しながら、露店市場で買った葉巻の一本に火を着けて吹かし始める。

「……あの師匠。ここで一体どんな講義を始めて貰えるのでしょうか?」エリエルが質問し首を傾げた。「実戦訓練だよ。座学で理論を学ぶのも必要だが、現場で実際に見て触れて身体で感じないと憶わらないことも多い。今日は良い教材が釣れたことに感謝だ」

「教材?」益々訳が判らない、と困惑するエリエル。「なあに、直ぐに現れるさ。楽して金を手に入れようと考えて、飛んで火に入る愚者が」千迅は葉巻の煙をプハァーと吐き出す。「そうだエリエル。剣の腕に憶えはあるか?」「いいえ。スミマセン、ありません」

 今日は質問に全て不出来な返答をしてるな、とエリエルは自分の未熟を恥じて恐縮する。「何、気にすることはない。これから色々と身に付けて芸達者を目指せばいい話だ。……さて、そろそろ今宵のゲストがエントリーの頃合いだ」千迅がニヤニヤ笑いを浮かべた。

 すると彼方から人の跫音らしきものが響いてくる。それは数人分で、こちらに近づいて来た。暗闇の中から4人の革鎧に身を包んだ柄の悪い男たちが姿を見せる。光源を所持していないので、この4人も暗視かそれに準ずる視覚を持っているのだろうと推測出来る。

「ナッ!?」どう考えても人畜無害な連中には見えない、嫌らしい薄笑いを浮かべている4人の男性の姿に、エリエルが緊張で身を強張らせる。「し、師匠」「レッスン1は実戦の体験学習だ。市場で派手に買い物したのは、こういう連中を誘き寄せる魂胆もあった」

「へへへ。こんばんは、お姉さん方。こんな暗い時間帯に、人気のない場所に女2人で訪れるなんて、不用心だよ。何をやってたんだい? あっ、もしや噂に聞く女同士の逢引って奴かな?」ゴロツキ(ローグ)のリーダー格がそういうと、他の3人が下品な声でケタケタ嗤う。

「おっ、何だ、この世界では同性愛は一般的で既に市民を得てるのか? もっと旧弊的かと思ってたが、ジェンダーフリー概念が意外と進んでるな」葉巻を吹かしながらやや驚き顔になる千迅。「いえそんなことないです」それをエリエルが否定して戒めた。

「そうか、残念だな」千迅は紫煙を燻らせながら呟く。「で、オタクらは何の用だ? 露店市場からずっと後を尾行つけて来るんで、殊と場合によっては手荒な方法も絡めて、そちらの要件を問い質そうとここにお誘いしたのだが」千迅はゴロツキリーダーに向かって訊いた。

「はぁ? 何だ姉ちゃん、俺らが尾行してるの気付いて態々脚止めて待ってたってのかよ。バカか? それとも、己の腕に自信で増長してるのか? 魔術士みたいだが。ならやはりバカだな。魔術士が敵をこの距離まで近づけたら呪文詠唱の暇がないのに気付かんとは」

 ゴロツキリーダーは腰に佩いた短剣を鞘から引き抜いて千迅に向けた。他の3人も同じように倣う。「なあ、アンタら金持ちなんだろ? あるだけ俺たちに恵んでくれないかな。そしたら殺さないで、愉しませて貰ってから命だけは助けてやるよ。命だけだがな」

 ゴロツキたちが金以外に何を欲しているのか、その意味を理解しエリエルは恐怖に身を硬くする。所詮は12歳の少女。若干魔術が使えても、彼我の距離が10メートル未満の間合いで、短剣を持った男4人を相手に、勝利は疎か、護身の戦いすらもままならないだろう。

 それは勿論、エリエルが独りで相手すればの話である。師匠である千迅なら何とかしてくれる、とエリエルはそう信じたいが、しかし恐怖は拭えない。不安が勝つのだ。幾ら魔術の大達人でも、もし術を使う間もなく肉弾戦に縺れ込めば、華奢な千迅に勝ち目はない。

「さあて、エリエル」千迅は葉巻の煙を一旦深く吸い込んでから、濛々と吐き出す。「こいつらはこちらに敵意を向けた。だから手本を見せてあげよう、魔術士がソロで複数の得物を持った敵を相手にする立廻りを。勉強しろ」「ハ、ハイ」エリエルは生唾を飲み込む。

「さてゴロツキ諸君。多少だがハンデをやろう。私から先には仕掛けない。そちらがその場から一歩でも前方に踏み出したら、こっちは魔術を使う。大盤振る舞いで、尻尾を捲いて逃げ出すのなら見逃してやろう。よく考えて行動を選択しろ。賭けるのは命だからな」

 一方的な惨殺では愉しめないし詰まらないからな、と千迅は相変わらず悠々と葉巻を吹かしている。エリエルは戦いに巻き込まれるのを恐れて3歩ほど後退した。千迅の侮蔑的な態度に、舐められていると直感したゴロツキたちの目に憤怒の炎めいた色が浮かぶ。

「ちっ。その自信、判ったぞ、高速詠唱をマスターした魔術士だな、お前は。とはいえ、4人全てを纏めて対象に取るのは無理だろう。おい、テメエら。バラバラに散って多角的に一斉に斬り掛かるぞ。誰か一人の刃が届けばこっちの勝ちだ。もう殺すつもりで行く」

「「「「イヤーッ!」」」」ゴロツキ4人は同時に踏み出した。方向は各自バラバラに。千迅は、右手の指には葉巻を挟んでいた。だから空いている左手の指を、パチンと鳴らした。0コンマ1秒のタイムラグを挟んで、一陣の突風が吹いた。砂塵を巻き上げて。

「ウワッ!」「ギャア!」「グワッ!」「アガッ!」次の瞬間、ゴロツキたちは身体中のあちこちを深く斬り刻まれて、悲鳴を上げて地に伏した。4人共に全身の多箇所から血が吹き出し血塗れになっている。虫の息の重篤状態でウーウー苦しげに呻き声を上げる。

 これは<風>魔術で地獄めいた強風を起こし、地面の砂や小石を巻き上げて、旋風つむじかぜを鋭利な刃物として利用しゴロツキたち4人を一瞬にして血祭りに上げたのである。何とも恐ろしい術を無詠唱で、千迅は脳内イメージのみで使用したのだ。指鳴らしすら演出である。

「ヒイッ!」エリエルは千迅の残酷魔術を目の当たりにし、その殺伐感に慄いて思わず小さく悲鳴を上げてしまっていた。「金に目が眩んで無謀な賭けに負けて命を失うか。世知辛い世の中だ。貧困層の増大は治安を悪化する。この国の社会保障はどうなってる?」

 蒸気機関相当が未発展の世の中ならそんなものか、千迅はブツブツ独り言を呟きながら、まだ息のあるゴロツキリーダーの手から短剣をもぎ取る。そしてエリエルの前へと歩を進める。短剣の柄をエリエルの方向に向けると、それを眼前に差し出した。「受け取れ」

「えっ?」疑問の表情を作りながらも、エリエルはそれを怖々と受け取った。「地面に転がってる奴らを介錯して楽にしてやれ」「エ、エーッ!」千迅が命じるとエリエルは頓狂な声を上げた。「ナ、ナンデ……。わたし、人を殺すことなんて出来ません」

「駄目だ。殺すんだ。1人斬れば初段の腕前でもないが、人を殺す経験を積むのは重要だ。でないと、自衛の為の戦いに於いても土壇場で相手を殺すのに躊躇いが生じる可能性が高い。私に魔術を習って、力を得たいのなら、今経験しろ。これは奴らへの慈悲でもある」

「……でも。……でも」エリエルは涙を滲ませ尻込みする。「自分の命を護る為の経験だ。戦域で殺しに二の足を踏むようでは長生きできない。私に師事して魔術を極めたいのならば、惨苦を乗り越えろ。弟子に死んで欲しくない。これは私に弟子入りする為の試練だ」

 千迅が強い口調でそう告げると、エリエルの目に強い意志の光が灯った。(そうだ、わたしは自分の人生を自由に生きる為に力を得なきゃ、強くならなきゃいけないんだった)そう思い出す。エリエルは慄える手で、千迅から短剣を受け取った。


 エリエルは込み上げる嘔気を堪えながら必死の形相で、瀕死状態の男たち全ての喉を突いて引導を渡して行った。そして全員の始末が終わった時、短剣を手放すとその場に膝をつき、胃の中の物を全部吐き出した。胃が空っぽになっても嘔吐は暫く止まらなかった。



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 始めて人を殺した体験に、軽い心神喪失状態に陥ったエリエルに千迅は鎮静の魔術を掛けて落ち着かすと、そのまま宿屋に連れて戻った。ゴロツキの屍体は千迅がその場で荼毘に付して、あっという間に完全な灰に変えた。装備はその場に放置し金銭だけは拾った。

 逗留先の宿屋の一階は、宿泊客以外にも利用出来て、昼は食堂、夜は居酒屋として活用されていた。千迅は「食事代は私が持つから晩飯を摂れ」と、1時間ほど部屋で休ませても未だ蒼白な顔色のエリエルを半ば無理矢理に一階へと連れ出した。

 エリエルは「食欲がない」と断ろうとしたが、「弱いメンタルでは魔術士として一流にはなれない。食事の後に講義をするつもりだ。少しでいいから食べろ。体が持たんぞ」と千迅が命じた。テーブルに付かせると、女給に金を渡し「消化に良いものを」と注文する。

「ゆっくり味わえ。絶対に吐くなよ」千迅はエリエルの胃腸に整腸と強化の魔術を施し、女給が用意した、肉と野菜を柔らかく煮込んだシチューを食べさせた。エリエルは千迅に促されるままに従い、若干青褪めた顔色ながら、スプーンをゆっくりと口に運んだ。

 千迅はその隣に座ると、店のメニューの蒸留酒を頼み、不味そうな顔でチビリチビリ舐めていた。「あの、師匠は食事を食べないんですか?」エリエルが不思議そうに尋ねる。「固形物はもう随分前から胃が受け付けなくてな。晩飯は呑む主義さ」千迅は微笑する。

「もしかして、内蔵が悪いんですか?」「いいや、不老長寿の秘術を修めた代償だ。穀断ちを長く続けて食べなくても良くなった頃には、最早食べたくても食べられなくなっていた。代わりに、酒とタバコは手放せないが。私の分も君がたっぷり食べてくれ」

「えっ、そんな2人分の食事を押し付けられても……困ります」エリエルは少し微笑した。「私は自分の弟子には腹一杯食わす主義なんだ」千迅も薄く笑う。「弟子を取るのは始めてっていってませんでしたか?」「始めてだが、取ったらそうすると、前から決めてた」

 千迅と詮無い会話を交わすうち、エリエルは僅かにではあるが、元気を取り戻しつつあった。が、そんな折、「ヌハハハハ!」「ギャハハハハ!」「ヌッハハハハ!」豪快に喧しく呵々大笑しながら、3人の男が酒場に入ってきた。

 一人は上背が2メートル30センチはありそうな相撲取りめいた肉の厚みがある禿頭の大男。隆々たる筋骨に脂肪の鎧を纏っている。下は黒い革のズボン。上半身は素肌の上に獣の毛皮のベストを纏っている。

 残りの2人は、両方共似たような風体であった。身長は170センチくらいで細身。これまた下は黒革のズボンで上半身には素肌の上に直接革製のプロテクターを装着している。頭はボサボサの蓬髪だった。双子の兄弟か?

 山賊か、或いはマッドマックス2に登場する廃頽した世界の珍走団のメンバーみたいな見た目の連中だった。髪型がモヒカンでないのが惜しい。相撲取りめいた大男はでかい斧を背中に背負っており、細い2人はマチェーテのような山刀を腰に佩いていた。

「いやそれにしてもやはりドッジは凄いな」「ああ、あのトラみたいなオバケの頭を一撃で粉砕だものな」「ヌハハハハ! オレ様に掛かれば、あんな奴は雑魚よ」双子風の男たちが大男──名はドッジか──を褒めそやす。ドッジも持ち上げられて得意気であった。

「なんだあの暑苦しい無頼漢らは?」千迅がウンザリと溢す。「あれは、ハンターだと思います。猟人会の……」エリエルが小声で答えた。「ハンター? 猟人会?」「人に仇なす害獣や化物を駆逐するのを生業にする猟兵さんたちです。その総括団体が猟人会です」

「ふうん。狩猟者か。あまり関わりたくない胡乱な連中だ。君が食べ終わったらさっさと部屋に引き籠もろう」千迅はああいうのに絡まれたら面倒臭いと考え、無難に関わりを回避する予定だったが、しかし時少し遅かったようだ。

「ヌ、ああ、向こうに初顔の姐さんいるな」ドッジが千迅に気付いたようだ。「チッ!」千迅が小さく舌打ちするが、ドッジは胸や腹の肉を揺らしながらノシノシ接近してきた。その後ろには双子風が続く。「ヌハハハハ! 綺麗な姐さん、オレ様と一緒に呑もう」

「クソッ。精気吸って殺すなら後腐れない相手だが、今はそんな気分じゃないな。コイツ、頭悪そうだし、適当にあしらうか」ドッジの下卑た雰囲気に辟易しつつ、千迅は他人に聞こえない程度に小さく呟いた。そして続けた。「……オタクはドッジさんていうのか?」

「そうそう。オレ様ドッジだ。知ってるのか。オレ様有名人だな、ヌハハハハ!」肉を揺らしながら笑うドッジ。「連れが大きい声でそう呼んでたろうに」千迅は再び小声でごちた。「──なあドッジ。私だよ、ヒラサカだよ。昔、危機の時に助けてやってだろ?」

 ドッジに向かって千迅は語り掛けた。「ほら思い出せよ。ドッジが未だ駆け出しのペーペーだった頃、クマのオバケに殺されかけた時、私が魔術で助けてやったじゃないか。私は、オタクの命の恩人のヒラサカだよ。ほら思い出してくれないか。記憶にあるだろう」

 それを聞いたドッジの表情が、一瞬白痴めいてポカンとなった。……1秒……2秒……3秒、凍りついたような短くて長い時が流れる。その後、ドッジは、ハッと気づいた顔になると、「アンタ、ヒラサカの旦那じゃないか。昔、オレ様を助けてくれた魔術士だ!」

 ドッジはブルドックめいた顔を綻ばせる。「旦那とこんなとこで再開出来るとは吃驚だ! オレ様、ずっとアンタに逢って礼をいいたかったんだ。逢えて嬉しいよ」「ドッジ、こちらの姐さんは知り合いなのか?」興奮するドッジに双子風の片割れが訊いた。

「応よ、オレ様の恩人だ。……ああヒラサカの旦那、こいつら紹介するぞ。オレ様とチーム組んでいるマッジとサッジ。こいつら双子の兄弟なんだ。似てるだろ。ヌハハハハ!」「アッ、ドーモ。兄のマッジです」「ドーモ、弟のサッジです」2人は丁寧にオジギする。

 この世界の挨拶はどうにも日本染みていた。マッジ・サッジ兄弟の礼儀は、見た目に反して奥ゆかしかった。「どうだろう旦那。オレ様が奢るから、今夜は再開祝に一緒に酒盛りしないか?」ドッジは先刻とは打って変わって友好的、且つ控え目に千迅を酒に誘った。

「折角の誘いで悪いんだが、ツレの調子が悪くてね。今は騒がしいのは遠慮させて貰うよ。スマンな」千迅は、芝居掛かったスマナイ振りで断りを入れた。「じゃあしょうがないな。愉しみは次の機会な。騒ぐと悪いから、オレ様たち3人で向こうで静かに呑むよ」

 ドッジは納得したらしく、マッジ・サッジ兄弟と素直にその場を離れ、遠くの席に陣取った。「知り合いだったんですね」師匠の顔の広さに感心したエリエルが呟いた。「真逆。私は来たばかりだぞ。昔の馴染みなんぞ存在する訳なかろう」千迅が悪戯っぽく笑う。

「舌先三寸で他人に適当な記憶を植え付ける、暗示系の魔術みたいなもんだよ。“口車”って奴だな。私はこれが得意でね。術に嵌めるのは簡単じゃないが、旨く使えば下らないイザコザの回避にも使えるしな。非常に便利だ」千迅は再び蒸留酒に口をつけた。

ユー・ニード・サム・プラクティス #3へ続きます。

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