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コール・フロム・ビヨンド(Call From Beyond) #2(end)

コール・フロム・ビヨンド #1からの続き。

前に上げた奴の書き直しバージョンです。

 魔術士長イカーリアは比良坂ひらさか千迅ちはやを城内の自分専用の執務室に案内し、高級ワインを振る舞った。元の世界でいえばロマネ・コンティめいた高級銘柄である。千迅はその味を気に入って水みたいにガブガブ呑んだ。あっという間に1瓶空にする。

 千迅は、アル中めいた豪酒で実際依存症並の酒浸りの日々を送ってるが、体質的にアルコールに酔わないので、ワイン1本空けた程度なら素面と変わらず意識は明瞭である。その白皙のかんばせにも酔の気配は全くなかった。


 金の話に入った。この世界の通貨単位はフォンであった。1フォン、10フォン、50フォン、100フォン、500フォンが銅貨。1000フォン、5000フォン、10000フォンが銀貨。100000フォンが金貨である。基本的に硬貨しか存在しない。1フォン=1円と考えればいい。

 千迅は出張費として30万フォン=金貨3枚を要求した。イカーリアは「このくらいの額面なら、面倒な手続き不要で簡単に経費で落ちますので、どーぞ、どーぞ」と即時決算した。城の予算で自分の懐が痛まないので何とも気楽だ。実に良い性格の魔術士である。

 金貨の重量を千迅は手秤で約20グラムと推測。指触りで純度は18K程度かと見積もる。(金の値段をグラム¥3000円として見積もり換算すると持ち帰ったら全部で¥18万円か。もう少しぼっても良かったかな?)千迅は少しサービス価格過ぎたか、と悔やむ。

 因みにこの世界で30万フォンあれば、街中で生活する一人暮らしの人間なら贅沢しなければ普通に2ヶ月は過ごせる程度の金額である。一般人の収入が月16~18万フォン程度。月30万フォンも稼げば、周囲から高所得者と見られるだろう。


「で、異世界人を招集した理由とは?」「ああ。異世界人は甚大な力を持つ、と記録された古文書が見つかりましてな。王は軍事力の強化に役立ちそうだから喚べ、とそうワシに命じたのですよ」千迅が質問すると、守秘義務がないのかイカーリアはベラベラ応える。

 このケネルコフ王国は四方を低山に囲まれた盆地状の平野に位置する。ケネルコフ城を中心にして取り囲むように城下町が発展し、その外周をぐるりと長大な城壁が覆う城砦都市である。城壁の中には貴族や豪商たちの館や、比較的裕福な平民の住居がある。

 城砦の外には貧困な平民たちの暮らす村が広がっている。城壁外の人間たちは農業に従事する民が多く、他には低山に入って林業や狩猟業を営む民も存在する。そこいらは、主にケネルコフの食料庫と呼べる一帯である。

 しかし凶暴な獣や 正体不明の怪物(クリプティッド)が出現する危険地帯でもあった。平民からの税収で暮らしている王侯貴族は、建前的には国の民を守護する義務が生じる。危険な獣や怪物が出現したら対処するのは国軍の兵隊ということになる。

 平民を危険に晒して放置すれば、巡り巡って自分たちの首も締まる。鎮護に国が討伐隊を組むのは必須なのだが、そうすると国軍の兵士に死者や怪我人が出て軍事力が消耗する。予算も掛かる。なので、甚大な力持つ異世界人で軍事力を拡大補充する予定だったらしい。

「あの召喚術には対象の意思を確認する過程がなく、やってることは人攫いと同じだったが」「あれは、強引に引っ連れて来て支配魔術で縛って無理矢理いうことを聞かせる、という術式でしたからな。まあ人攫いといわれれば、人攫いですな」

「いや、判ってて人を攫う際に良心の呵責とかは無ったのか?」「ううむ。全く考えておりませんでしたな。初めて施行する儀式の結果がどうなるか、観察に興味津々でしてな。まあ魔術の深淵の秘奥を覗くのに血道を上げる学徒はそんなものではありませんかな?」

「そういわれると、まあ……私も同じなんだが」「ははは。そうでしょう。そうでしょう。そもそも、強請支配も通じないヒラサカ殿なら、気に入らなければ招集自体を抵抗レジスト可能だった訳ですし。弱者が強者に使役されるのは自然の成り行きでは?」

「私の場合は興味本位で招集に応じた訳だし、知人や友人の身の上に不幸が起こらない限り、見ず知らずの誰かが犠牲になるのは基本我関せずの主義だから、下手な正義感を振り翳すつもりはないし、同意だが」「ははは。でしょうなぁ、考えがワシと似ております」

 千迅とイカーリア、倫理観欠落の外道魔術士2人の間で、真っ当な人間の主張としてはどうかという歓談が交わされる。両者は案外意見が合うようだ。結局千迅は、害獣或いは正体不明の怪物(クリプティッド)が出現した場合、金で討伐を請けてもいいと結論を結んだ。

「ただまあ、私は何時までこの世界に留まるかは未定だがね。文明の利器もないし、つまらなければ元の世界に帰る。最低でも1ヶ月は滞在するつもりではいるが」「おお。ヒラサカ殿には、帰れる当てがありますか? ワシは片道召喚の方法しか知り得ませんが」

「杜撰だな。召還術の準備もせず碌でも無いのを喚び出したら、退去が効かないだろう」「いや全く。国王に招集を急かされましてな。お恥ずかしいが家臣としては従うしかなかったのですよ。まあ下手打って国が滅んでも、自分は逃げ切る自信もありましたので」

「良い性格だ。尤も、利己的じゃなきゃ魔術士は大成しないが」「流石、判って御座らっしゃる喃」イカーリアは上機嫌だった。魔術の究明にどっぷり嵌った追究者になると、知識に対する執着の薄いパンピーとでは話が噛み合わない。同好の士に餓えていたのだ。

(しかしイカーリアの愛国心のなさといい。仕える王への忠誠心の薄さといい。魔術への偏屈で偏執な拘りといい。実に天晴なものだ。こういうステレオタイプの魔術士は、益を感じる相手を裏切らないから信用出来る)言葉に出さず千迅は確信する。


 結局の処、千迅は自力で元の世界への帰還は出来るが暫くは帰らない予定と打ち明けると、イカーリアが滞在用の宿を手配し、その宿泊料金は城の経費で落とす、と話を纏めた。12歳の宮廷魔術士見習いの娘を世話係として千迅に宛がうとも約束した。

 それは千迅が、性欲の対象を含めて様々な意味で女好きで、最近は若い──寧ろ幼いと表現すべきな年齢層の──童女にも興味を持っている、と会話中に好みを零したので、イカーリアが愛玩動物的な12歳女児見習いの存在を思い出し、人身御供オススメしたのである。

 因みに、文化レベルが低いこの世界では、12歳は未だ未成年扱い(成人15歳)だが既に見習い職に就労している年齢ではある。また貴族や豪商などの家柄の娘であれば、早この年齢で誰かと政略的な婚約、或いは既に婚姻している場合すら多々ある。

 とはいえ千迅は、元の世界で最近新妻を得ていた。以後、良識的に女遊びは控えていたのだが、ここが異世界であることで若干開放的な気分に浸っているのは否めない。しかし取り敢えず、イカーリアに宛てがわれた12才の娘に手は出さない、と千迅は自分に誓った。

 因みに12歳……元の世界であれば、その幼さの少女との性行為を強要でなくとも行えば完全に淫行罪でアウトである。千迅の嫁の外観は7、8歳程度の幼さであるが、人外であり実年齢はもっと上なので媾合はセーフである。



 宿屋の手配が整い、件の見習いが到着するのを待つ間、マッコーインと千迅は室内の応接用ソファに向かい合う形で座して、マニアックな魔術論議を交わして過ごした。同好の士の間でしか成り立たない特殊な会話なので、両者水を得たように当然それなりに弾んだ。

 2人で茶を啜る。「時にヒラサカ殿」イカーリアが切り出した。「ヒラサカ殿は見た目より長く生きていると確か聞いたが、今お幾つで?」「質問の意図は?」「あ、いや失礼。ワシは今、よわい162なのだが、ヒラサカ殿はどのくらいかと気になったので」

「ま、達人級の魔術士たるもの、外見よりずっと歳を食っていても然程珍しくないと思うのだが。一応……私は300と18だな」千迅が応えると「おお!」イカーリアは目を見開いた。その瞳には狂熱的な色が浮いていた。

「それは凄い! ワシの知る延命術ではこの通り徐々に肉体が老いて後何年生き存えるか不安でした。反してヒラサカ殿は300年超えでその若い肉体。素晴らしい。ワシは未だ魔術の深淵を修め切っておらず、生き足りない。どうか延命法を授けて頂けませんかな?」

 イカーリアは趣味の物を欲しがるマニアが浮かべる偏執的な表情になり、机上に額をぶつける勢いで千迅にオジキした。「お願い致します」「有料で情報を売るのなら、別に構わないが。そうだな、当面の生活費が欲しいし金貨で100枚、1千万フォン出せるか?」

「出しますぞ!」日本円にして¥1千万円、千迅はそれなりに吹っ掛けたが、イカーリアは即喰い付いた。「ちょっとお待ちを」部屋に備付の金庫から、金貨100枚入った袋を取り出す。「魔術研究費としてそれなりに予算を与えられていますのでな」

 イカーリアは約2キロの重量のある金貨の袋を千迅の前にズンと置く。「お確かめ下さい」「これ、国の金じゃないのか? 勝手に使っていのか?」若干、千迅が呆れる。「なあに、国の予算はワシの金、ワシの金はワシの金、ですよ。はっはっはっ」

(こんな奴に結構な額の予算を自由に扱える権限を与えていて、この国は大丈夫なのか?)自分が心配することではないと思いつつも、千迅は少しこの国の行く末が心配になった。「1枚2枚足りんでも構わんから確認はいいよ。では遠慮なく頂戴する」

 千迅は金貨の袋を固有空間に収納した。代わりに安っぽい再生紙で編集された読み尽くされてボロボロになった『抱朴子ほうぼくし』という書を取り出して、机上に放おった。「これは不老不死を得て仙人に成る為の魔術奥義書だ。私も昔に世話になった」

「おおお」イカーリアは『抱朴子』を手に取ると、感極まった表情になった。「日本語版で悪いが、文字の意を汲む翻訳の魔術は使えるだろ? それで頑張って理解してくれ」「判り申した。……して、これで学んで不老不死を得るにはどのぐらいの期間が必要で?」

「仙道の外丹術、内丹術を使えるようになれば不老を得るんだが……そうだな、2~30年修行すれば、何とか成るんじゃないか?」「む、結構な歳月を要するものですな」イカーリアは意外という顔になる。

「錬気を修めるのは難しいからな。左道(外法)的に人間已めていいのなら楽な方法もあるが」「それはどのような?」「尸解しかいといって肉体を捨てて仙人になるとか、他人から精気を奪い己の若さを保つとか、生身でなくていいなら、遣り方は色々とな」

「ヒラサカ殿はどうしているので?」「私は未だ人間を已めきってないが半分は精気喰らいの“ゆうれい”に堕ちたハイブリッド状態だな。お陰で若さの維持は楽だが、それなりにデメリットも大きい。詳しく説明したくないが、他人にお勧めは出来ないな」

 ここで千迅のいう“鬼”というのは鬼と書いて“ゆうれい”と読むイメージの、中国の鬼である。この世に留まる仮の実体を持つ死者の魂のようなものだ。『捜神記そうじんき』や『聊齋志異りょうさいしい』といった志怪文学によく登場する。

「性根が色情狂ニンフォマニアなら房事で相手の精気を吸い捲くるってのはお手軽な不老術ではあるんだが、それは人でなしの手段だな。まあ普通に外丹、内丹と地道に錬気術を極めて行くのが一番マトモだな」千迅は少し遠い場所を見るような目になった。

 そこに何かを感取したのか「そうか。ならばワシは、時間がかかっても正道を歩んで不老不死を目指すとしよう」イカーリアは、素直に肯定を示した。そして新たに生じた疑問を口にする。「しかし、不老不死を得られたら、ワシも若返れますかな?」

「否。流石に無理だな。無情にも老化は基本的に不可逆なもの。若い姿を恒久的に保ちたいのなら、肉体が若い時分に不老不死を得て、老化と無縁に生きるしかない。これはとても難易度が高い条件だから、実現できる人間は殆ど存在しないのが現実だが」

「……では、ワシが命数の運命さだめから開放されても、若返りは不可能と!?」イカーリアは軽い絶望感を表情に出す。「手段を選ばないのなら若返りも絶対に不可能という訳ではないが……。問題はそこまでする覚悟はあるか、否かという処だな」

「参考までにどうすれば?」「手っ取り早いのは年若い他人の身体を奪うことかな。だが、血統的な繋がりのない他人の肉体を乗っ取っても使い辛いだけだし、余り長持ちはしない。出来れば、クローンや人工生命体ホムンクルスという技術テクノロジーで新しい器を創造するのが良い」

「っ!?」イカーリアはゴクリと唾を呑んだ。「一番の理想は、手間と時間と予算を際限無く使い、身体を 手作り(ハンドメイド)で新造してしまうことだよ。己の細胞を増殖させて造るクローン、己の血を引く子供、素材はその辺りを充分用意して、コツコツ自作するんだ」

「お! お! お! お! お!」或る意味、人外非道の手段ともいえる若返り術を千迅から伝えられ、イカーリアは感動に打ち震えた。素晴らしい。こんな狂人めいた外術を伝導してくれる先達が存在したとは。教示者に巡り逢えるとは。何という僥倖なのかと。

「そして、納得のいくまでとことんディテールに拘って拘り尽くして、造形を繰り返し理想的な美的フォルムを有した完璧な身体を完成させる。多大な苦労は必要とするがね。そうやって努力を重ねて新たしい肉体を得るのが一番だ」

「……すると、今のヒラサカ殿の身体は?」「ああ、これな。苦労して完成させた、細部まで拘って作り込んだ自慢の造形の身体だよ。良く出来ているだろ? 情事を交わすのなら男女よりも、女同士で絡みたい一心の趣味丸出しに走ったお気に入りの一点物さ!」

「何と、何という……」イカーリアは感動していた。魔術士・比良坂千迅の見事なまでの狂気っぷりに。眦から感涙が溢れるのを堪えきれなかった。狂っている。この御仁は完全に狂っている。イカーリアは千迅が発する神々しいばかりのオーラを幻視すらした。

 恐らく。己の理想の肉体を構築する為に、長い間、狂気の妄執に侵され続けて生きて来たのだろう。着手から完成までに一体どれ程の年月が経過したかは不明だが、恐らくは短くない歳月、永久とこしえめいた時間を執着に費やしたのだろう。

 その間ずっと精神が狂気の情熱に晒され続けてきたのだ。だから人間としての常軌など逸してしまい、偏執的に狂ってしまったのだろう。肉体創造の熱狂者として。

(素晴らしい。ワシも何時か、この御仁のように狂い、そこまで徹底して己の求める道を極めたいものだ)イカーリアはそう感動していた。宮廷魔術士の長イカーリアも、やはり大概狂っていた。この2人は結構似たもの同士なのである。

「ああ、一応断っておくが、こんな私でも愛妻がいるからな。昔は多情に遊び捲くったが、最近は女房に一途だ。……少なくとも心は」千迅は脈絡のない独白で〆た。



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(異世界出向の方は旨くやってるみたいだな)世界を超越して存在する分身ドッペルゲンガーとの意思疎通での情報交換を千迅が終えた時、「今帰ったぞ!」バタン! 部屋のドアが勢い良く開き、そして閉じられた。

 自動書記オートマティック・ライティングめいた状態でキーボードをブラインドタッチで叩いて文字入力をしていた千迅は、声に反応してドアの方に視線を向けた。そこには、浴衣のような薄地で単色染の紫色の着物姿の幼女が居た。

 着物は、角帯を貝の口に結ぶ着流し風の着こなしである。外見年齢は7、8歳くらい。快活で元気が有り余っていそうな雰囲気。肩甲骨に届く程度の長さの蓬髪は黄金こがね色である。

「おお。帰ったか、吟弥おとねさん。……今日は何処で何して遊んで来たか知らないけど、帰ってからちゃんと手、洗った?」千迅は愛おしい人を見つめる目で、吟弥に視線を向けた。

「……ん。あー、洗ったような……気がするの。帰り掛けの公園で、ちょっと遊んでから」吟弥は少し考えてから取り繕ったように応え、千迅の側に走り寄った。歳若く見えるが、吟弥はこれでも既に38年生きていた。

 父親は人間だが母方に九尾狐──『山海経』の『南山経』や『東山経』では“人を喰らう”怪異とされ、『大荒東経』では瑞獣として扱われる、あの九尾狐である。──の血が入っているので、長寿にして成長が遅いので実年齢と不相応に幼く見えるのだ。

 尤も、九尾狐の血が入っているといっても、身体的特徴に関しては頭髪の色が狐の体毛めいている程度の特徴しかない。ただ38年生きていても、精神年齢に関しても実は外見とそう変わず未成熟だったりするのだが。

 敢えて述べるならば、吟弥には、人外の怪力が備わっており、やたらと大喰らいであるという人間離れした特性はあった。「細かいことを気にするな」千迅の腰に手を廻して吟弥は抱きついた。

「それ、家帰ってから洗ってないよね。明らかに。……まったく。外で何でも触ってくるんだから、何か食べる前には洗わなきゃ駄目だよ」吟弥に抱きつかれて幸せな顔をする千迅。注意の言葉に険がない。序に、鼻の下を少し伸ばして嬉しそうに吟弥の尻を撫でる。


 実は本人は全く気付いていないのだが、吟弥は一種の幼態成熟ネオテニーであった。しかし、半年ほど前に千迅と祝言を交わし終えており、今は既に人妻になっている。千迅の愛妻であり新妻だった。

 といって2人がくっつくまでの間にドラマチックなラブ・ストーリーが育まれた訳ではない。端に出逢って直ぐに一目惚れ状態で互いに惹かれて熱愛を育んだ両者は、そのままほぼ同時進行で初日でつがって肉体関係にまで発展したのである。

 その時、しとねで千迅が「吟弥は可愛いなぁ。何時迄もずっと、このままの吟弥でいて欲しいよ」と吟弥の耳元で言霊めいた睦事を何度も何度も囁き続けた為に、それを暗示的に鵜呑みにした吟弥の成長が、その時点で停滞してしまったのだった。

 半分とはいえ人外の血を引いていれば、真っ当な生物的な成長を必ず行うこともなく、本人が成熟を拒否すれば幼女の姿のままで外見年齢が固定されるのはそう珍しくない。まあそんなこともあるか、で済ませられる程度の話だ。

 吟弥にとって千迅は、今よりもっと小さい幼少の頃に、女児によくある父親に惹かれて擬似的な恋心を抱くという経験を除けば、本当の意味での初恋の相手であり、恋愛の対象となる人物であった。

 因みに、千迅は元々は病的に女好きの遊び人で、特定の恋人は面倒だから作らないと意図的に誰かと深い恋愛関係に陥るのを避けていたが、どういう心境の急変か、吟弥には出逢った瞬間、心底惚れてしまった。

 その後は女遊びを極力控えるという、駄目人間の千迅なりに精一杯の分別は見せるようになっていた。敢えて記すなら、 現在の(・・・)千迅の身体は生物学的に間違いなく女性であるが、思考や精神や、恋愛の性指向に関しては完全に男性的といえる。

 吟弥と一緒になってから友人知人に「ああ小さい娘が趣味だったんだ。だから今まで誰とも付き合わなかったのか。いやいや、道理で……」という意味の言葉であれこれ散々に揶揄からかわれた。

 暫く千迅は、その都度に「私は別に幼女専門ロリコンではないぞ」と、嫌な顔をしながら精一杯に否定の言葉を捲し立てていたことがある。普段の行いが悪いので、何をいわれても自業自得なのだが。


 尻を触られて、吟弥もまた嬉しそうにモジモジしていたが、やがて千迅の顔を覗き込んで少し不思議そうに小首を傾げた。「……ん? ヌシ、今朝より少し影が薄くなっておらんか?」

「んっ!? ほう、判るかい」自分のことを吟弥が予想以上によく観察してくれているなと妙に惚気けて、千迅は相好を崩す。「実はさっき、遠方に使いを頼むのにちょっと分体ドッペルゲンガーを生じさせたんでな。若干存在感的なエネルギーを消耗した」

「ほう。分身を創れるのか。相変わらず器用な真似をするのぅ。……で。その使いの先というのは、何かこう物騒な場所か? 今後の流れ次第では、これから何か面白いことでも起こるか?」何らかの突発的イベントの発生を期待する吟弥。

「いやぁ。使いを出した先方さんで分身は今の処、それなりに円満に物事進めてるようだから、多分、吟弥さんの期待に応えられるような騒動は起こらないと思うよ」機会あれば物事を引っ掻き廻すのが趣味の吟弥の好奇心満々の顔に、千迅は苦笑を返した。



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 ──暫く後の異世界。


 小学生の体操服を連想させるシンプル且つ安っぽい麻素材の、動き易そうなシャツとズボンの上に、イカーリアのとは天と地くらい差のあるお仕着せらしい見窄らしいローブを纏った少女が部屋にやってきた。千迅の騎士殺しを聞いてるのか、少しオドオドしている。

 イカーリアが、千迅の世話係にと呼んだのが彼女である。ショートカットで小柄だが溌剌とした雰囲気があるので、腕白でやんちゃそうな男の子のようにも見える。食事情が悪いのか痩せ気味であるが、顔の作りは悪くない。

「この娘が先刻話した見習いですな。ヒラサカ殿の下の……いや失礼、身の廻りの世話に使って下され。名は……自己紹介しなさい」イカーリアに促され少女は、「……アッ、ドーモ、魔術士見習いのエリエルです」挨拶をすると、奥ゆかしくオジギをした。

コール・フロム・ビヨンドはこれで終わり。

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