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ローリングサンダー(Rolling Thunder) #3(end)

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“電人”マスカーvs.新人“火葬炉”エリエルの模擬戦が始まると知って、ドッジ、マッジ、サッジの3人の他に、食堂に居た暇人達が野次馬根性丸出しで訓練場に移動した。娯楽の少ないこの世界、他人の模擬戦は無料で観戦出来る良い見世物である。

「やれやれ、ギャラリーが多いな。さて模擬戦のルールだけど、何でもありだけど、一応相手を殺さない程度には加減する実戦形式で構わないかな、エリエル君?」「ハイ。それで結構です。ただ、わたしは最初は受け専に徹したいんのですが、構いませんか?」

「ふうむ。それは僕の魔術を実際に見て体感したいってことだね。いいよ、後進の成長に助力するのは先達の役目だしね。因みに、僕は魔術メインでなく、剣技もそれなりに併用して戦うスタイルなんだけど、武器の攻撃も混ぜていいのかな?」

「こちらは胸をお借りする立場ですので、どのようにでも」「そっかい。じゃ、或る程度の間合いを設けて、それから始めようか」マスカーとエリエルは、他の利用者が居なかったので、遠慮なく訓練場の中央に陣取り、約15メートルの距離を取って対峙した。

 マスカーは長袖長ズボンに、身体の急所を護る為の革と金属で作られた軽鎧を身に付け、背中に真っ直で細身の長剣を背負っている。エリエルは、最近師匠から送られた暗褐色のサバゲ用戦闘服長袖長ズボンの上下、その上に砂漠迷彩柄のローブを纏った状態である。

 両者とも未だ武器は抜いてはいないし、抜く気配すらも見せなかった。マスカーの長剣は背負われたままで、その柄を握ろうとする素振りもない。エリエルの魔術武器である白柄の短刀も、白木の鞘に収まった状態でズボンのベルトに差されたままである。

「じゃあ、行くよ。『集え雷精、生じよ“球電ボールライトニング/Ball Lightning”』」先に動いたのはマスカーだった。中指に魔術発動補助用の媒体として使用する指輪を嵌めた右手の掌をエリエルに向けると短い祈祷文プレイヤーを詠唱した。

 それに呼応するように、マスカーの掌の前に、表面に小さな放電の火花をバチバチと散らした握りこぶし大の球電が形成された。おおっ、とギャラリーから歓声が上がる。魔術を使える者は少なく、物珍しさや見た目が派手な魔術の実戦は見物人に当然受ける。

「先に断っておくけど。死にはしないと思うけど、当たればかなり痛いし痺れるからね」マスカーは一応の注意を促してから、球電をエリエルに向けて発射した。球電は周囲に線香花火めいたスパークを撒き散らしながらエリエルに向かって飛ぶ。

「これが、雷魔術。見るからに触れるだけで非常にヤバそうですね。……でも、攻撃を受けることが勉強です。身体強化からの迎撃!」コォォォーッ、と空手の息吹めいた呼吸音を立ててつつ、エリエルは全身に気を巡らせて己の身体に強化を施す。

「セイヤッ!」そして、自分の間近にまで接近した球電へと、エリエルは握った拳を叩き付けた。結果、バチィッ! と炸裂音を上げて球電が四散した。「ギョェッ!」同時に、卦体な悲鳴を上げてエリエルの身体は3メートル程も後方にぶっ飛んだ。

「ううっ。凄くビリビリ来ましたよ。殴った瞬間、弾けた球電の衝撃で指がもげたかと思いました」身体に帯電する形で僅かに未だこびり着いた球電の残滓がバチバチと音を立てていたが、エリエルは直ぐに立ち上がった。

 マスカーが放った非致死性攻撃魔術である球電は、この世界とは別の世界に存在する暴動制圧用武器のテーザー(T a s e r)銃のような効果を持っていた。本来なら命中した球電は対象の身体を覆うように纏わり付き、暫時電流で筋肉を硬直させ行動不能に陥らせるのである。

 球電が身体の何処かに命中すれば、仮に魔術的に抵抗されようと、多少は対象の行動を阻害出来る筈であるし、抵抗に失敗──多くはそうなる──すれば5分程度は完全に行動不能の状態に陥らせ、相手は何の行動も起こせなくなるのである。

 だが今回エリエルは、何とも短絡的なブッ飛んだ対処法──身体強化した拳の一撃で球電を殴って爆発四散させてしまうという──を取ったので、雷精は対象に残滓を纏わり付かせることも叶わず、結果、本来の行動不能に陥らす効果は発生しなかったのだ。

「……な。滅茶苦茶な真似するな。雷魔術に実際に触れて体験したい好奇心は判らなくもないけど、普通、生物の本能的危機感が邪魔するよね。初見なんだから、先ずは回避して様子見とかさ……一般的には、皆、慎重に行動するもんだけど」マスカーは呆れた。

「いえいえ。新たな魔術を手っ取り早く習得するには、味わって生身で経験するのが近道です。……でも。お陰で理解しました。電気を使い熟すヒントは充分に掴めました。ということで、もっと攻撃お願いします。ここからは、わたしも反撃狙いますので」

「はぁ、やれやれ。若者は元気で挑戦的だね。さっきのは相手に一定時間の行動不能スタンを与える目的の魔術だったから良かったけど、殺傷力ある魔術をあんな受け方したら君、一発で昇天しちゃうよ。まあ非致死性って判断してからやったんだろうけど」

「先刻までは未知数でしたけど、今なら致死性でも何とか叩き落とせそうな気がします」「ううん。自信を持つのは良いことだけど、過信まで行っちゃうと危険だぞ」マスカーは背中の直剣を抜いた。細身で尖った剣先。剣身だけで1メートルはあるエストックを。

「じゃあ僕、今からは本気モードだから、慢心しないようにね。『迸れ雷精! 球電招雷』」マスカーの中指の指輪が淡く光り、その正面に、大きさは握り拳大だが、表面に前回よりも激しく線香花火めいた放電をバチバチと散らす3つの球電が出現する。

 今回マスカーの用意した球電は、前回とは異なり、一発マトモに入れば大火傷か、下手すれば心停止も有り得る電力の高いものであった。それを3発同時にエリエルに向けて撃ち、一拍置いて、本人もエストックを構え前ダッシュして突きを入れて行く作戦である。

 さて、対するエリエルは。師匠より電気の性質については一通り教えを受けてそれなりの知識を身に付けていた。更に、下半身不随を治療する時に、人間の身体は脳から発する電気信号で動くことも理解した。そして先程、我が身で電気の魔術を実体験した。

 如上の理由によりエリエルは、雷で攻撃されても大抵は迎撃出来ると確信した。又、師匠より、人間は落雷に直撃されても、運次第だが、電流が体表面だけを流れ落ちれば死なずに済む、と教えられたので、球電の殺傷力を旨く捌くイメージも脳裡で完成していた。

 雷が生体に齎す損傷──雷撃傷で怖いのは、電流で筋肉が硬直することで、心室細動に因る意識消失や全身痙攣、心停止、呼吸停止が起こったり、電流が体表面でなく頭蓋から脊柱管内に通電して脳や内臓が熱傷を負い、即死や重篤状態に陥るパターンである。

 だが、仙道系内丹術を伝授されて一応の習得に至り、身体強化の魔術も熟練の域に差し掛かり、今や脳内の神経ニュートロンの電気信号すらも若干なら制御可能となりつつあるエリエルにとって、電流による筋肉硬直は自力で対処可能と思われ、危険は小さい。

 前方ダッシュ中のマスカーは「『Thunder(サンダー) Force(フォース) Field(フィールド)!』」更にエストックに雷を纏わせる。これで切創や刺傷を与えずとも、エストックの剣身を軽く相手に接触させただけでも、感電させることが出来る。弱い敵なら、それだけで無力化可能なくらいである。

 対するエリエルは少し腰を落とし構える。回避でなく、飽く迄も迎撃に拘るらしい。マスカーの放った3つの球電が、正に稲妻めいた複雑奇っ怪な軌道を描きつつ高速でエリエルに迫った。その動きを冷静に見切り、球電に拳を打ち下ろし気味に叩き付ける。

 感電への対応は、電流を全て大地に流して切って了えば良い、という知識をエリエルは信じる。絶縁体で身体を鎧うことを意識した練気を行い、その気を拳に厚く纏い、2個目、3個目の球電も地面へと叩き落とした。接地させると同時に球電はあっさり消滅する。

 その作業中、エリエルは何となく技名の一つも叫びたいような気になったが、恥ずかしいのでやめた。師匠のPCで攻撃魔術のヒントにと格ゲーをいうのを体験しており、技のモーションから『Power Dunk』とかどうか? と思ったのだが。地に浸す的な意味でも。

「え、なんで!? 球電と接触して感電しないって、おかしいでしょ、それ」マスカーは本気の球電が無効化されて仰天する。先程の球電は印加電圧1000V以上を齎した筈だ。にも関わらず、電気抵抗が低い人体の内部組織へと通電しないのは、普通では有り得ない。

「電気について一通りの予習はしてましたので、ぶっつけ本番で絶縁体の鎧をイメージしてみたら上手く行きました。マスカーさんの攻撃に感謝を!」エリエルは、対戦相手に謝恩の気持ちを込めながら、これから始まる剣闘に備えるべく、短刀を白鞘から抜いた。

「そうかい。……なら、稲妻を纏った剣の一撃で絶縁破壊を試みるかな」マスカーは、エリエルの肩を狙ってエストックを突き出した。その剣身を、エリエルは短刀で横に弾いた。エストックの鋒は狙いを外れるが、帯電していた電力はエリエルに伝わる。

 持続時間の長い電撃。マスカーの予定では、これで相手を感電させて勝負を決める筈だった。だが、エリエルに流れた電力は、レインコートの表面を雨滴が流れ落ちるように、その体表を伝ってほぼ全てが地面に吸い込まれ、やはり完全に無効化されてしまった。

「ふふふ。我は絶縁を極めし者也!」エリエルがニヤリと笑う。「いやいや、有り得ないよ、それ!?……くっ、こうなったら。剣技で決めさせて貰うよ。死なせちゃったらごめんね。『飛燕3段突』」マスカーは電気魔術が効かないので、剣技の決着に切り替えた。

 宙を舞う燕のように変幻自在の軌跡を描くエストックの鋒から繰り出される高速の3連撃。これがマスカーの必殺剣だった。模擬戦で相手に重篤な怪我を負わせるのは気が引ける為に当初使う予定はなかったが、電撃系が効かない相手なので禁を解くことにする。

 飛燕3段突は、対人戦に於いては非常に強力な技である。これまでにマスカーのこの技を、初見で全て躱し、或いは受け切れた人間は存在しなかった。が、エリエルはそれを成した。白柄の短剣でエストックの剣身の腹を叩き、鋒を全て逸らせ切ってみせた。

 それは、仮想世界で引き伸ばされた時間の中で戦闘経験を濃密に積み重ね、房中術による師匠からの秘奥義伝授により高度な身体強化を操れるようになった今のエリエルだからこそ、可能だった芸当であった。エリエルは確実に、人外の粋に昇り詰めつつあった。

「ちょ。1発も掠りもしないとか、ホント勘弁してくれないかな……」マスカーは自慢の必殺剣すらも完全に往なされて、顔面蒼白で焦燥感を露わにした。「戦闘訓練にかなりの時間を費やしましたから」反してエリエルは、達成感を漂わす爽やかな笑顔を浮かべた。

「今度は、こっちが電気技を使いますよ。実はわたし、試すのは今が初めてなので加減が判らないんですが、これ系魔術はマスカーさんに一日之長があるでしょうから、死なないように旨く凌いで下さいね」エリエルは高速ダッシュで距離を詰め、マスカーの腕を取る。

「……なっ、疾いっ!?」身体強化術のレベルが高いエリエルの動きは、マスカーが咄嗟に反応出来ない程に素早かった。得物を持つ方の腕を掴まれたマスカーは焦る。そして、「行きますよ。『Break(ブレイク) Thunder(サンダー)』!!」エリエルの掛け声と同時に感電した。



 Break Thunder。それは、火球と恢復だけでなくもっと違う魔術大系も使えるようになりたい、じゃあ次は……見た目の派手そうな電気系にでも手を出すか、と決心したエリエルが、師匠と師匠のPCから学習した知識を元に考えだしたオリジナル電気魔術である。

 普通、電気系の魔術で万人が真っ先に思い浮かべるのは、天候操作で雷雲を造り落雷させるといった術式である。他にも、道教系であれば五行の<金>気を利用する、精霊信仰系であれば雷精を使役する、等の方法もあるが、その辺を連想するのは通な少数派だ。

 エリエルも最初はご多分に漏れず、電気系魔術を習得するのなら、天空から敵に向けて稲妻を落とす、みたいなのが良いと考えた。だが実際、気象学の知識に詳しくないので天候を操作するイメージがまるで浮かばず、それは直ぐには難しいと断念した。

 道教系の五行思想というのも、<木>気とか<金>気というのが今一よく判らない。精霊信仰で精霊を使役というのも、これ又イメージを想起し難い。結局のところ、エリエルが最初使うならコレ! と行き着いた末の発想が……。

 デンキウナギめいた自家発電……だったのである。人間の筋肉や神経は微弱な電気を作っている。細胞一個で発生する電圧は微々たるものであるが、それを直列に繋げば高い電圧になる。魚如きに可能なら、身体強化した人間に出来ない訳がない!

 エリエルはそう考えた。魔術はイメージが大重要なので、術士が出来ると確信すれば大体再現出来るのである。寧ろ、イメージに結びつけるアイデアやネタ探しの方が大変なのだ。しかし師匠のPCに様々な濃いデータがあったので、エリエルの閃きは補完された。

 マンガは偉大だ。超能力少年のエネルギー衝撃波は良い手本だった。そして、生物工学で作られたバイオ寄生虫の宿主となり力を得た少年が使う体細胞で発生させる電気の放出現象(フェノメノン)技は更に良い手本となった。

 こうしてエリエルは、身体強化により底上げされた強靭な細胞が発生させる生体発電を意図して操作し放電させる電気系魔術を完成させたのだ。その電力は、放電継続時間は1m秒程度だが、刹那的に電圧13000V、電流500mAにも達するという強力さであった。



「……降参。降参。負けました。僕の負けです」エリエルの電撃で足腰が弛緩したマスカーは、崩れるようにしてその場に座り込んで、投了宣言した。息が荒く動悸が乱れているようだ。軽い不整脈を起こしているのだろう。

「参った。参った。何さっきの? 僕の全く知らない雷? 魔術だったけど」「ええ、わたしのオリジナル? ……でしょうか? ネタを思い付いて、実践は先刻が初です。成功に漕ぎ着けたのは、マスカーさんの電撃を体験出来たお陰です。有難う御座いました」

 ペコリとエリエルは大きくオジギした。「あー、いえいえ。後輩のお役に立てたのなら幸いだよ。それにしても、君は強いなぁ。その若さで。……ホント、もし気が向いたらでいいから、僕のチームに是非一回参加してみて欲しいよ。無理強いはしないけど」

 勝負に負けても勧誘は忘れないマスカーに、エリエルは苦笑を返した。「はぁ、まあ……限りなく期待しないで待っていて下さい。もしも機会があれば、考えることはしますので」要するに、参加する気は殆どないという返事をする。

「あれ、勝負付いたのか?」「マスカーが負けたのか?」「エッ!? あの嬢ちゃん何やったんだ?」「マスカーが何か急に勝手に頽れたように見えたけど?」「多分。嬢ちゃんが、何か技を決めたんじゃないかな?」

 詠唱も前振りもなくエリエルが自家発電を使いマスカーとの勝負に決着を付けたので、どうやら観戦していたギャラリー達はその一瞬に何が起こったか理解出来なかったようだ。マスカーが謎の敗北を喫したとしか思えなかったので、ザワザワとどよめきが起こった。



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 マスカーとのこの一戦を勝利したエリエルは、何だかよく判らない魔術だか技だかを使う、2級のハンターに模擬戦で勝ってしまう程に強そうな新人、として猟人会の中でその名前が一段と有名になってしまうのだった。

ローリングサンダー(Rolling Thunder)終わり。

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