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勇者タカユキと七人の少女~異世界パンツ英雄譚3~  作者: 月見七春
第一章 再びのスフレ、動乱リスタート
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第九話

 



 ハルブで救助した少女が目覚めるのを待ち、事情を聞いたが何も知らなかった。

 とりあえず今夜は旅人の小屋で待機してもらうことにする。クルルに魔法を使ってもらい、王都の軍に伝令を出した。すぐに派遣された騎士たちと合流し、彼女を保護してもらう。

 夜になったが、あまり悠長に構えていられない。

 ハルブはスフレにとって大事な場所だ。交易を盛んに行う海賊たちがいればこそ、スフレの経済は回っているという面もあるからだ。

 クルルには我慢してもらい、急ぎハルブへと戻る。

 ショッキングな映像になるからと女神がどのような奇跡を使ったのか。

 ふぁんしーなぬいぐるみちっくなネコたちが闊歩していた。ちなみに大きさに変化はない。ある意味これはこれで、なんとも言いがたいのだが。


「クラリス……やっちゃってもいいか?」

「……(ふるふる」


 ときめいた顔をして頭を振るので、やっちゃおう。え、ひどいって? いやいや、放置はしておけないでしょ。ペロリもいまだ完全復活とはいえない状態だ。さくっと片付けてハルブを取り戻したい。


「ルカルー、いくぞ」

「がう!」


 クルルのパンツを手に走る俺にルカルーが続く。

 ぬいぐるみだらけだ。港に近づくほどにネコたちに混じって犬などもまじって見える。そういえばハルブは各地からの移民も多く受け入れていると最初の旅で聞いたことがある。

 コハナはさて、どこにいるのか。

 しましまドラゴンスレイヤー、もといクルルのパンツから出した大剣を振るいルカルーと連携しながら残らず片付けた。

 リコやジャック、アメリアの海賊一家をはじめ、ハルブの連中を一通り裸に戻したのはいい。

 だが、どういうわけかいない。

 コハナがいないのだ。


「みなさま、落ち着いてください」

「名簿の確認をするかな!」


 クラリスとクルルが呼びかけて、意識を取り戻したジャックとアメリアが連携を取る。街の連中の安否を確認する間にルカルーはペロリを宿へと運ぶ。

 俺はみんなに一言断って、コハナの家へ向かった。

 扉を開ければ案外いてくれたりしないだろうか、と期待はしたんだ。微かに、けれど思わず。

 しかし目にしたのは暗闇。

 夜の闇とも違う――……黒一色。


「なっ!?」

「ふふふ、くふふふ、くふふふふ!」


 咄嗟に飛び退る俺の耳に笑い声が聞こえた。女神の声で、しかし女神ではありえない笑い方だった。

 奴だ。破壊神に違いない。瞬時に大剣を出すけれど、でもどこを斬ればいいのかわからない。家か? 家をぶった切れば倒せるのか?


「オススメはしないよお。しないしない。家を壊すなんて器物損壊だぞお」


 かんに障るしゃべり方だ。扉の向こう側を睨む俺に向けてなのか、黒に赤い瞳がぎょろりと生えた。そして真っ赤に裂ける線が弧を描く。


「くふ★ くふふふふ★」

「コハナの笑い方の真似か? 似てねえからやめとけよ」


 何と対峙しているのか、わからない。

 魔物ともクロリアとその姉である魔王とも違う。

 悪魔になったコハナのそれとも……どこか違う。

 なんだ。この気持ち悪さは。


「……何しにきた」

「くふ!」


 暗闇の主の赤が消えて、窓の向こうへと吐き出されていく。

 そして部屋の中心にある椅子に腰掛けた、彼女が現われる。

 コハナ。黒く艶のある、どこか俺の産まれた世界の人に似た死神少女。あるべき獣耳と尻尾はなく、たまに見せるコウモリのような翼もない。本気を出した時にだけ染まる赤は、彼女の身体には見当たらなかった。


「この子を探してるの? いいよ、いいよ。返してあげる。きみとおなじで、つよくてニューゲーム状態だよお。うれしいでしょお、タカユキぃ」


 そのまま闇は去り、夜の穏やかな静寂が戻ってきた。

 大剣を消して急いでコハナに駆け寄る。触れれば記憶が戻るのなら、今すぐにだって触れるさ。

 けれど、


「コハナ!」

「――……タカ、くん?」


 ぼんやりとした瞳を開けて俺をそう呼んだコハナの声の響きに、なぜか彼女に触れる寸前で思わず立ち止まっていた。


「あれ……ここ、どこ? 遊園地? 田舎のテーマパーク? ……なんで、こんなところにいるの?」


 しゃべり方からなにから、俺の知るコハナじゃない。

 なのに、なぜ。なぜ、胸の中にせり上がってくるのか。懐かしい、と。


「タカくんどうしたの? 指輪物語かなにかのインスパイア? 変な格好……なんでパンツ腕に巻いてるの?」


 何を言っているのか理解できなかった。

 こいつの喋っていることが、まるで。


「……コハナだよな?」

「なにいってるの? 姫野心花ですよ。タカくんの幼なじみデス★ もう忘れたの?」


 は、はは。

 強ばった顔をごまかす方法さえ思いつかなかった。


「……俺、だれだっけ」

「国見貴之でしょ? 変なの……それより、ここどこ? えっと……」


 彼女の顔色が、窓から差し込む月明かりではよくわからない。


「……トラックに轢かれそうになって。タカくんが飛びついてくれて……あれ、なんでだろう。これ夢かな。なにが夢? なんだかすごく、時間が経った気がするの……」


 不安げに身体を震わせる彼女に手を伸ばそうとして、躊躇う。

 わからない。こいつの言っている言葉の意味がまったくわからない。

 いっそいつもの調子で「なんちゃって★ ときめいてくれました?」とか言ってくれた方がよっぽどマシだ。

 でも、じゃあ、なんで否定しようとさえできないのか。俺はなぜ、躊躇っているのか。

 硬直した空気に不意に弦楽器の奏でる音が聞こえてふり返る。

 背から翼を生やした美しい少女が立っていた。


「失礼。ちょっと……気になってご挨拶に来ました。久しぶりかな、タカユキとは」


 コルリ。

 天使の来訪だった。


 ◆


 宿へとコハナを連れ帰り、あとで説明するから少し休んでて、とだけ言っておく。

 そして俺はコルリと二人で港へ出た。

 抱えた弦楽器を奏でながら歩くコルリの背中を眺める。

 コハナに似た、けれどコハナとは違う少女。女神の元で働く天使であり、食い道楽。二回目の旅では問題の発端にさせられてしまった子だ。

 天からの使いであることに間違いはない。良い知らせが待っているとも思えなかった。

 港の先端に辿り着いてようやく彼女は言った。


「もし。異世界に召喚されるはずの二人が時間を越えて分かたれたら……どう思う?」

「――……それは、つまり」


 喉に張り付くような痛み、そして破壊神の悪意に震える。


「そう。あの子はキミが元々生きていた世界で結ばれた幼なじみの女の子だよ」


 嘘だ、と叫びたい。

 否定して感情的に走りだしたい。

 けれど、心の底で叫んでいる。失った記憶が叫んでいる。

 彼女に初めて出会った時に感じたあの懐かしさの正体は、その真実に今……ようやく辿り着いたのだと。


「勇者として世界を救った。いろんな冒険を経て……彼女は死神になった。永遠の命と刹那的な快楽と死に寄り添う運命に身を委ね……ただ、待っていた」


 聞きたくない、と思った。

 聞かなければならない、と思った。


「キミがくるのを、彼女はずっと待っていたのさ……」


 気がついたら尻餅をついていた。


「未来の記憶を確認したし……するまでもなく、私たちは知っていた。彼女はキミに出会っても、絶対に真実を告げないことを」


 脳裏に蘇るコハナとの思い出。

 俺のかつての思い出はすべて消え去り、取り戻すことはない。なら、彼女は?


「覚えていた。でも心の奥底に封じ込めた。私たちにも秘密にするように願い……自らの気持ちを糧に、彼女は世界を救ったことがある。特別な存在なんだ、彼女は」


 とてもじゃないけど立ち上がれなかった。


「敵がキミの心を砕くためにするのなら、私たちはキミの心を助けるために力を貸す。けれど……その前にどうか、タカユキには聞いて欲しい」


 コルリの奏でる音はいつしかやんでいた。


「彼女の得た能力はね。誰かへの思いが消えない限り、どんな願いも叶えられる」


 誰かへの、思い。

 それは……誰への思いか。


「一途で献身的な……すごい力だろう? でも、あまりに悲しくて、ずっと気にしていた。この世界に戻ってきたばかりの彼女に戻されたいまだからこそ、どうか大事にして欲しい」


 話はそれだけだ、と言って俯くコルリに尋ねる。


「お前は……お前も俺の元いた世界の関係者とかなのか?」

「どうかな……じゃあね」


 微笑みでごまかしてコルリは飛び去った。

 一人きり、港で波音を聞く。

 思い出すのはそう、最初の旅で彼女と歩いた道。


『きみを見てると故郷を思い出すの……』


 あれは。あの言葉は。


『それに、初めて好みのタイプに会ったから!』


 じゃあ、つまり。


「――……勘弁してくれよ」


 悔しいくらい、完敗だった。

 破壊神はもちろんだが。


「言えよ……言ってくれよ」


 コハナにも。

 俺はきっと、一度だって勝てたことはなかったんだ。


「くそ……くそ!」


 落ちる雫を拭えない。

 溢れて止まらない。

 元いた世界のことは思い出せない。

 でも、わかる。

 一人でこの世界に来て、どれほど大変だったか。

 俺のように冒険をしたんだろうか。俺のように誰かと恋をしたのだろうか。

 いいや、違う。

 あいつの力の源が俺への愛情なら……じゃあ、あいつは一人で?

 どれだけの長い時間をあいつは待っていたのだろう。

 なら、言ってくれよ。教えてくれていいだろ。クロリアに操られていたとか、そういうことじゃなくて。俺とクルルを揺さぶるとか、そういうことじゃなくて。

 ただ、一言。

 ずっと待ってたって、そう言ってくれたら。

 堪えきれずに地面を殴った。どれだけ殴っても気が済まなかった。


「ちがう……ッ!」


 わかっている。

 ああ、痛いくらいにわかっているさ。

 気づかない俺が、バカだった……!


「くそ……っ!」


 喉が潰れても構わない。

 身体が引き裂かれたって構うものか。

 痛かった。ただ、痛かった。

 ――……ずっと一緒に、いたかったんだ。




 つづく。

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