第八話
ハルブについた俺たちは言葉を失っていた。
誰も何も言えなかった。
そこには確かに石造りの街がある。しかしところどころが破壊されていた。
その主が問題だ。
「あうー!」「だー!」「ばぶー!」
赤ん坊だ。ただしどれもが巨大。巨人の赤ん坊がはいはいでぶつかり、慣れない立ち方で寄りかかるようにして街を破壊しているのだ。まるでラストでは赤い戦闘に龍が刺さりそうである。うっ(ry
赤ん坊たちには獣耳と尻尾が生えていた。すべてがネコ。クラリスと同じものだ。だから考えようによっては、こいつらはすべてハルブの住民、そうでなくともスフレの国民なのかもしれない。
しかし、じゃあ。こんなのどうすりゃいいのか。
「た、倒す? タカユキの力で、倒せば、そしたら、きっと」
クルルの祈るような声にふり返るが、しかし彼女はあまりの光景に身動きできずにいた。
そりゃあそうだ。ちょっとショッキングすぎる。人を喰っていたりしたら明らかにトラウマになりますよ、これ。唯一の救いははいはいとたっちを試しているくらいで、みんなマジでただの赤ちゃんでしかないところだ。
とはいえ、ぼうっとしてもいられない。
立ち尽くしていた俺たちに気づいた赤ん坊の一人が、高速はいはいで迫ってきたからだ。
きらきらした目に、笑顔に書いてある。あ、なんかおもろいもんめっけ、と。
「どどどどどど、」
あわてるクルルから事前に預かったパンツで大剣を取り出した。
振るうしかない。そう思った俺の腕にクラリスがしがみつく。
悲痛な顔を見ればわかる。たとえ敵かもしれなくても、赤ん坊を攻撃するのはいやだ、と。
逃げるしかないかと思った俺たちの前に躍り出たのはペロリだった。
「――……ううっ!」
赤ん坊の突進を両手で受け止めたのだ。
ペロリの怪力を持ってしても、彼女の足がずるずると後ろへ下がっていく。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。みてて」
俺たちに語りかける彼女の声には確信があった。
すう、と吸いこまれた息が吐き出された時、ペロリの両手から緑色の淡い光が放たれる。
それは瞬く間に赤ん坊を包み込んだ。見る見るうちに赤ん坊が縮んで――……成長して、裸の少女になる。見覚えはないが、しかし、これは。
「――……う、うそ」
クルルの呟きにみんなの視線が集まった。
「は、ハルブの街の人かも。酒場で働いてた子に似てる気がするかな」
「じゃ、じゃあ……街の赤ん坊は、みな?」
ルカルーの戦慄にクルルは泣きだしそうな顔で頷いた。
「クロリアのやることには見えないな」
呟きながら、俺はぞっとしていた。
目的がわからなすぎて。赤ん坊て。その意図はなんだ?
――……考えるまでもない。俺たちの足止めに、敵を配置した。その姿形が赤ん坊……俺たちから奪った子供とよく似た姿なんて。
案の定、母であるクルルは動揺しきり、クラリスは戦闘不能なくらいにショックを受けた。
悔しいが俺たちパーティーにはあまりに効果的すぎる手だ。
「はっ……やってくれるな」
破壊神の悪役の染まりっぷりにはいっそ開き直って惚れ惚れするな。
いいぜ、そっちがその気なら、こっちだってもう怯んでらんねえぞ。
「ペロリ、街の全員を戻せるか?」
「――いける、よ」
ふり返ったペロリの鼻から血がたらりと流れた。あわててペロリが拭うが、鼻血は止まる気配がない。それどころかふらついてその場に腰を落としてしまった。
とてもじゃないが、いけるようには見えない。
「一度離れよう。みんな……特にクラリスには見せたくない」
「すみ、ません……」
「しょうがないとルカルーはおもう。あれは、すごく……嫌な感じがする」
俺は寝そべる裸の少女を、ルカルーはペロリを抱き上げて、その場を急いで離れたのだった。
◆
ハルブから一番近い旅人の小屋で、少女を寝かせた。
体力をよほど消耗しているのか、目覚める気配はない。なら、それでもいい。
「女神! 見ているんだろ!」
俺の呼びかけにもちろん女神は応えてくれた。
顔中に無理矢理皺を寄せている変顔で。
「……なにその顔。お前仮にも女神なんだから、可愛いか綺麗な顔でいてくれよ。なんだよ、元がいいから変顔がすげえ不細工に見えてるよ!」
「課金できない、課金、かきん……」
「こわ! なにその禁断症状! 冷静になって!」
はっ、と我に返った女神が俺たちを見て目を見開いた。
「え、いつの間に? ちょ、やめろよ! 女神ずっとスマホとにらめっこしてたんだぞ! 新キャラ欲しすぎて!」
「そういう話はいいから聞けよ!」
「……なんですか」
「ちょっと不機嫌になるなって! 俺の言い方わるかったから」
「はーい」
唇を数字の三みたいな形で突きだして、なんなんだかなあ、もう。
「ハルブの住民がでっかい赤ん坊にされてたんだけど」
「DODかな?」
「いいから、そういうの! で、俺の武器で戻せるのかどうか聞きたいんだけど――前髪を整えるな! 決まってるから大丈夫だよ! 変顔さえしなければ!」
「褒めてくれるタカユキが好き。えー、こほん! 勇者の武器は、世界を救う力に満ちている。たとえ破壊神の力であろうと、勇者の力ならば対抗できるであろう!」
「……いつも思うんだけどさ。呼んだら神秘的にあらわれて、かわいくそれを教えてくれたりしねえの?」
「給料安いからやだなあ。タカユキがサービスしてくれるなら考えるけど」
「お前が呼んだんだからな!?」
「てへ★」
「かわいこぶるポイント!」
「まーとにかくがんばってよ。ともすればショッキングな映像になるからさ、つらいなら女神がんばって視覚的エフェクト変えてあげるよ?」
「そんなことできんの?」
「女神だからね! きらっ★」
いらっ★ ってしてる場合じゃないな。
「やって。今すぐやって」
「はいはい。えー、と。呪文はなんだっけ。んー……ま、適当でいっか」
「おい」
「ななななーん!」
「だいじょうぶ!? 版権だいじょうぶ!?」
「じゃ、なんとかなったから。ハルブを救え、勇者タカユキよ! ……あ、破壊神と直で戦うと今のパンツ力じゃ敵わないと思うから気をつけてねんねんねん――」
くっそ、また大事なことを最後にさらっと言いやがって……っ!
「……ねえ、タカユキ。聞きたいことがあるかな」
ふり返るとクルルをはじめ女子みんなが俺をなんともいえない顔で見つめていた。
「な、なんだよ」
「女神さまと話してるときのタカユキって、結構楽しそうだしノリノリだけどさ。あんまり楽しそうだからいつも入っていけないんだけど……これから先もずっと見守るノリでもいい?」
クルルの言葉にえ、と顔が強ばる俺です。
「……俺、そんなに楽しそう?」
みんな揃って頷くのなんなの。
「い、いや、会話に入ってきてくれていいんだけど。ぜんぜん。むしろ突っ込みすぎてつらいというか」
「タカユキって女の子に突っ込んでばかりだよね」
「言い方! それだと意味深になっちゃう!」
「ほらまた」
くっ、なんてことだ。
クルルに言い返せない!
「じゃ、じゃあ、まあ……気を取り直してハルブに行こうか」
「ごまかしたかな」「ごまかしましたわ」「ごまかしたよね」「ごまかした」
みんな揃って突っ込んでますからああああああ!
つづく。




