第七十六話
ペロリもクロリアも寝ている。疲れているのだ。代わりというわけではないが、父親の俺が人間世界を訪れた。
遠目から子供を見守るために。いや、気になってさ。
訪れてすぐ、ナコが呼び出したあの精霊が姿を現して俺の肩に乗る。
早朝から昼まで、集まってきた畑で働く人たちに混じって汗を流すレオにはなんの心配もいらないな。
初体験をいちいち嬉しそうに歓声をあげながら全力で取り組んでいる。
根性あるな。クラリスはもちろん、ルカルーの教育のたまものだろう。
あとはあいつ、妙に人なつこい。狼としてはどうなんだ、とルカルーがぼやきそうなくらい、人なつこい。誰を見ても尻尾をぱたぱた振っている。
溶け込んでいるレオよりも気になるのはルナだ。
奥さんが用意してくれた服に着替えて、もいだ葡萄をためた大きな桶に入れられて、踏みつぶすように奥さんに言われて従っている。
だが、葡萄を踏む感覚に慣れないのか泣きそうな顔でフミフミしている。尻尾は足の間に入っていて、涙目。見ている人が申し訳なく思うくらい、悲壮な覚悟がにじんだ顔で言われたことを必死になんとかこなしている。
畑主の娘さんが何度もフォローしようと話しかけているのだが、きっとルナは心を開かないのだろう。
こりゃあダメかな? そう思った時だった。
娘さんがルナの手を取って歌い出した。ルカルーがたまに口ずさむ歌だ。ルーミリアでは有名な歌なのか。
娘さんが踊るようにして飛び回る。汁が跳ねる中で、一緒に桶にはいった女性たちも得心がいったように笑顔になって歌いながら踊り出す。
ぶるぶるしていたルナが、途端におろおろする。どうすればいいのかわからない、と。転びそうになってすぐ誰かに支えられた。そして別の誰かがすっころんだ。笑い声をあげながら、楽しそうに。一緒に歌ってみよう、と誘われる。
縮こまっていたルナが恐る恐る歌うと、その手を娘さんが取って踊り出す。
ペロリが踊ってみせるような奴じゃない。どちらかといえば祭りでみんながやるような、型のわかりやすい類いの奴だ。
周囲に振り回されるままにルナが歌い踊っていたら、誰かがこけた。そして連鎖的にみんながこけていく。そして葡萄塗れになってしまう。その汚れ方の間抜けぶりといったら。
誰かが笑って、みんなも笑って。
それでもおろおろするルナに娘さんが語りかける。
「取って食べるのは葡萄だけ。一緒に楽しもうよ、ね?」
明るく、前向きに。
優しい声にルナが小さく頷いた。ほっぺたが真っ赤で、照れまくりである。
超がつくほどの内弁慶だ。それでも完全に外界への蓋は閉じてしまっているわけではないらしい。
みんなで立ち上がって歌い出す。その時にはルナも、決して大きな声ではないが歌っていた。さっきよりも楽しそうだ。
案ずるよりもなんとやら。
ルナが完全な引きこもりになる前に、もっとこういう機会を増やしてやりたいな。娘さんと手を繋いで歌うルナは可愛くてしょうがないので、もっと見たいのだ。
醸造所の屋根から遠目に見ていたら、爺さんがやってきた。
「……酒、のまんか」
「いや、子供が世話になったのに。そこまでご厄介になるのもな」
「わしらの酒は飲みたくないか」
「そういうわけじゃない……わかった。じゃあ折角なんで、いただくよ。俺も今回のお礼を持ってきたから」
ピジョウから持ってきた荷物を片手に、屋根から下りて屋敷に入る。
爺さんが奥さんと食事の席を用意してくれていたのだ。飯から酒から、大勢の料理を。
「アンタも食ってけ。直に働く者たちがくる」
「おお……なんだかすみません」
はじめてのおつかいなので姿を見せるのは問題かもしれないが、まあ……いいか。ここで辞退するのはかえって彼らに失礼だ。
奥さんにお礼の品を渡す。中身はピジョウ特産の野菜やら肉やらお酒やらだ。
身分を明かして心からのお礼を述べたところで、外からずらずらと狼たちがやってきた。ルナとレオもいる。二人してテーブルに座る俺に気づいて「パパ!」と歓声をあげて駆け寄ってきた。
飛びついてくる二人を抱きあげて膝上にのせる。
「あのねあのね、すっげえことたくさんあったんだよ」
「パパ。葡萄ふんだの。すごく尻尾がぎゅううってなったの!」
「おう、おう」
わかったわかった、と頭を撫でる。
クルルもクラリスもルカルーも、みんなみんなお前たちの帰りと土産話を心待ちにしているだろう。
爺さんの音頭で飯を食べる。お酒は二人にはまだ早いから、子供にはジュースを。
どこか誇らしげにジュースを飲む子供二人を膝上に抱いて、いろんな狼たちからルーミリアの話を聞いた。すぐに口を挟んでくる子供の機嫌といったら、いいなんてものじゃない。
飯をひとしきり食べて酒を楽しみながら、次の狼たちの宴に話題がうつった頃だった。
俺にしがみつくようにして、ルナとレオがそろって眠りこけてしまったのだ。
「おいおい……まだおつかい残ってるだろ」
安心したのね、と奥さんが笑って言うからなんともばつが悪い。
まあでも、五歳児だもんな。お前たちは十分すぎるくらいがんばったよ。
ルナとレオが二人揃って手を繋いでいた。
二人が繋いだ絆こそ十分すぎるほどの成果に違いない。
子供二人を抱え、ペロリの結婚衣装を手に帰る。みんなに是非ピジョウにも遊びに来てくれ、と告げてな。
帰り道。すぐにクルルが転移して迎えにくるかと思いきや、そんなことはなかっと。
だとしたらクルルたちの目的はもう、ただ一つだ。おかえりなさいを言って、おつかいの最後を飾りたいに違いない。
のんびり歩いて魔界への穴があったゲートへと向かい、ゲートを抜けてピジョウの門へ。
俺たちの世界に入ってなお、ルナは夢の中。けれどレオはもぞもぞと動いて目を覚ました。
眠たそうな顔で周囲を見渡して、それから俺にしがみつく。
「どうした。今日はやけに甘えん坊だな」
「……がんばったから、いいじゃん」
なにすねてんの。可愛いけど。
「そうだな。レオ、よくがんばったな」
「……ん」
ルナが寝ているからなのか。レオの甘えっぷりが少し意外だ。
けどまあ、考えてみれば当然かもな。ルカルーは厳しいし、それはクラリスも同じだ。甘やかしてくれるのはペロリくらいとなると、頑張ったレオはもっとちゃんと誰かが褒めてやらなきゃいけなかった。
「ペロリの服も運んできてくれた。ルナを守って、ちゃんとお泊まりした。すごいじゃないか」
「……ママたち、ほめてくれるかな」
「自慢の息子だ。当たり前だろ? ……お前が無事に帰ってきてくれるだけで、ママたちは嬉しいはずだ。褒めてくれるに決まってるさ」
「……ほんと?」
「ほんとだ。女神に誓っていい」
「……ん」
首元に顔を埋めてきた。ルナの前ではいっぱしの男の子でいたけど、頑張ってそう見せていた部分もあるのだろう。だけど俺が出てきたから緊張の糸が緩んだか。
父親、ね。
俺の父親ってどんなだったかな。母ちゃんと揉めたら、頼れるのはもう父親くらいだ。けどもはや遠い世界のできごとでしかなくて。なんだか実感が湧かないよ。
むしろいま実感としてあるのは、二人の子供の熱とがんばりだ。
しみじみ感じながら領主の館に辿り着く。
待ち構えていたクルルたちが声を上げた。「おかえりー!」
すぐにレオが俺から飛び降りて、待ち構えているクラリスの元に飛びつく。ルナも目を覚まして目元を擦ってから、ふわふわと飛んでクルルへと一直線。
母親の腕に抱かれて幸せそうに冒険譚を話す二人の子供に、仲間たちが館へ連れて行きながら相づちを打つ。
ペロリが俺に手を振ってきた。クロリアが仕事がたまってる、という顔をする。
わかってる。聖女との結婚式が待っているし、領主の仕事もしなければならない。
それでも、なあ。
女神、それに破壊神よ。あんたたちの願いは遠からず叶うと、俺は胸を張って言えるよ。
パンツから武器を取り出して戦う勇者に新たな冒険を課そうというのなら、俺の家族総出で解決してやるさ。
どんとこいだ。
そう言っておけば、いつか次の旅の機会が来たとしてもさらっと乗り越えられると俺は思うのだった。
「タカユキ、早く!」
クルルの声に我に返る。急いで館へと戻った。
◆
天界から見下ろす新世界の光景を見て、私は腕を組んでいた。
「むー」
「なに。破壊神としてはタカユキたちとの賭けに負けそうなのが不満かな?」
姉妹である女神がひっついてきて、したり顔で言うのが大層不満だった。暑苦しいったらない。
「別にそれは構わない。そもそも女神は創造するものなのに、新しい命を創造しまくりなハーレムを嫌う理由はわからないとか、タカユキこれじゃもうあとは落ち着くばかりで、次の冒険が来たとしても子供が主役だよね、とか。そういう不満はあるけど」
「うっ。い、痛いところを」
「でも……まあ。タカユキの半生としてみたら、これは決して悪くない。ううん。それどころかよすぎるくらい。なんだかんだ、大勢の女子と家族になって、自分のできる範囲で担える最大の責任と対峙しながら生きるんだもん。男の本分だと思うよ」
「じゃあ何が不満なの」
女神の言葉に唸る。
「いやあ。最初の冒険はほんと、一部がね? 一部がぽかったけど。何がどうとかは詳しく言えない。言えないけど、一部がぽかったじゃん?」
「まーねー。面白かったよね、四期まだかな。ツヨシいいよね。あとジロー」
「四期とか役者の名前をこれ以上いうな、やめて。怖いから!」
「あは!」
「とにかく! 最初の冒険はまだしも、次の冒険からはどんどんそこからタカユキらしくなってって。それはこれで一区切りついたじゃん」
「何か問題でもあるの?」
「破壊神ならこうするのに、とか思うわけ」
「おい貴様、女神の采配にケチつけんのかこの野郎……まあいい。たとえば?」
「タカユキの魂コピペして、似て非なる世界にぶちこむ」
「……ほう。破壊が宿命の破壊神が女神みたいに創造するわけね。それで?」
「で。今度はハーレムなし。一途に健気に誰かを選ばせるわけよ」
「……まあ。うん。で?」
「パンツの力も使いまくり! いっそかぶらなきゃ使えなくしちゃう!」
「もうそれ、ただの変態仮面だからね。あ、言っちゃった! 女神つい言っちゃった!」
どや顔ジロー芸はいいから。
「あと孕むの早すぎたよね。リアルだけど、求められてるのか? いや違うだろっていう気はする」
「それはしょうがないよ。タカユキ、異世界来てまでして、無意識に家族求めてたからね」
「……まあ。だから七人も伴侶に選んで家族つくってるんでしょうけど」
テレビに映るタカユキたちを眺めながら浮かぶのは、笑顔。
ルナとレオ。
天使と悪魔。
女神と破壊神。
結局、両者が仲良く出来るのか、その代理戦争という形で私は難題をふっかけた。
そして今、女神はこの状況を愛し納得していて。
破壊神である私もまあ……これがタカユキたちにとっての落としどころだったと理解している。
ルナとレオが仲良く笑っている姿こそ見たかったものだ。
その願いは叶えられた。ならば、この世界を壊す気などもはやない。
「なんだかんだ、破壊神さえ満足してるでしょ」
「さすがにここまで見守っていれば、少しくらい愛着は湧くよ」
「もーほんと素直じゃないなー」
ぷんすか、とかリアルで言うと痛いだけだよ。まったく。そんなんだから天界での評判が微妙になるんだよ。おかげでついた天使がコルリ。食い道楽のためなら仕事を余裕でぶっちするしょうもない天使だ。他にぐう有能というべき天使はやまほどいるのに、この女神についた天使はあれ。その時点で女神のレベルはお察しです。
「じゃああれかな。魔王級の強い敵をぶつけて、最初の旅に戻して、最初からやり直すくらいのことをする気かな」
「それは二番目の旅であんたが既にやったでしょ。ないない。やるとしたら――」
「ふふ」
「……なに」
「なんだかんだ、考えてるくらいには気に入ってくれたんだなーって思って。これならタカユキたちの世界も安泰だね」
「……別に。子供たちが成長したらどうなるのかなって思っただけだし」
うそうそ楽しみなのわかってる、と女神がひっついてきてめんどくさい。
そう思った時だった。女神の部屋の扉がすぱん! と勢いよく開いたのは。
思わず視線を向けると、一つ級の上の破壊神が睨んできた。
「さっきからうるさいんだよー! お前たちは!」
男神である。額のほくろが妙に誰かを彷彿とさせる。
「女同士で幾つになっても姉妹でいちゃついて! そんなんだとあれだよ!? 嫁のもらい手とかなくなるから!」
女神と思わず顔を見合わせちゃったよね。
「「 え。セクハラ? 」」
「ちがうからー! 事実だからー!」
「「 むしろそちらがうるさいのでは? 」」
「声を揃えて言うな。あのな、とにかく、ええ? もう……」
一級上、つまりは上司が私たちのテレビを見る。
「うわあ……。え。お前たちの管轄の世界って、あれ? 一夫多妻制? 今時?」
「別にいいでしょ。それに一応出てきてないけど多夫多妻だから! って、出てきてないって言っちゃった! 言わせるなこのやろー!」
あ、女神が地味にきれた。
「いや、あの、え? ないぜ? ハーレムって、結局最後は誰かを選んで、選ばれなかった子は私はこれからも諦めないから! とか言っちゃって終わりになるぜ? 結ばれるエンドは、ないぜ? だいたいそうだぜ?」
「ありますぅー! あなたの見るものが狭いだけで、世の中には実際に多夫……はともかく、多妻だったりする国もありますぅー! お金持ちが多くの愛人を抱えていたり妾がいたりするのも現実ですぅー!」
「いや、あるかもしんないけど。それだいたいあれだぜ? すげえ金持ちか、すげえ原始的な生活をしているところだと思うぜ? それに後半生々しすぎるぜ?」
「結局原初の欲求に素直になったらこうなるんですぅー! あなただってハーレムが終わる前に見た幻想はだいたいそんなだって知ってるはずだぞぅ、ですぅー!」
「いちいち語尾を伸ばすな、おいこの野郎……ぶふっ。え、やめて。地味にツボにはいってきたから」
「だいたい押し入れに隠したエロ同人、だいたい乱交ものじゃん。語るに落ちてるよ」
「え、え、え、え、え。待って? 俺お前に押し入れの中身把握されてんの?」
「女神たちと天使たちの間で話題になってるよ」
「待って。え、待って。お願い待って。え。なんで?」
「あとさー。いくら三作目からコミュ作れるようになったからって、全ての女性のコミュMAXに必ずするのどうなの? 五作目では痛い目をみたようですけどぅー!」
「ん? ん? ん? ん? ちょっとごめんあの、わかんない! なんのこと?」
「しらばっくれても無駄だよ。実際やってること一緒じゃん。理屈でどうのこうのいってんじゃないよ、何がしたいのか素直になれよ……多くのかわいこちゃんとよろしくしたいんでしょお?」
「あの、待って。ちょっと。なんで俺はそれをどや顔で迫られなきゃいけないの? スナックか居酒屋で絡まれてる体かなにかなの?」
二人とも、とある仏に影響されすぎじゃないかな……。
この二人が言い合うのはいつものことなので、話題に入らずに立ち上がる。
そして上司のほくろを取って、口元につけた。
すぐにはたかれた。
「ばか、ばか、ばか、おい! どさくさにまぎれて、おい、なにしてんだこのやろーおめーがよー!」
「ぷふっ! ジローがツヨシになっちゃった」
「うるさいよ!」
女神には通じた。よし。
「じゃ、帰るわ」
「またねー」
女神に手を振って、上司との言い合いから逃げる。
それを上司も女神も咎めたりしない。いつものことだからだ。
女神の世界は女神のやりたいように出来ているのだろう。
ならきっと、女神も心のどこかでハーレムを許容していたのだ。それでもタカユキにそれを勧めなかったのは、あの一途にこじらせた死神勇者がいたせいか。
一筋縄ではいかない。ただやりたいようにはできない。女神さえ。
けれど……女神の様子を、そしてタカユキたちを見守っていると世界の創造は楽しそうだ。一筋縄でいかないとしても。
魔界を作った時の楽しさを思い出した気がする。女神の世界の安定を破壊するために創造したのだけど、もっと前向きな……女神みたいな創造も悪くないのかもしれない。
「ルナと、レオ」
あの二人はそれを思い出させてくれた。
その行く末が気になる。
「私も女神に転職してみるかな」
有能な天使をつけてもらえるような女神の頂点になるのも、悪くない。
天界を破壊する。それは今回起こした動乱とは違う、もっと創造的な意味での破壊。
元破壊神が天界の頂点にたったのなら、タカユキたちの世界にもいろいろと波乱を起こしやすくなるに違いない。
まあ、創造主たる女神が怒らない範囲でだけど。
これからも悪戯くらいはしてやろう。そうしたいのだ。
素直に認める。女神がタカユキを見守りたいのと同じくらい、私はレオとルナの未来をこれからも覗いてみたいのだ。
◆
レオ、と呼ぶ声がする。揺り起こされて目を開けた。
白いブラウスにスカート、それにエプロンを着た美少女が俺の顔を覗き込んでいる。
「やっと起きた。おはよう、レオ」
「……おはよ、ルナ」
「寝ぼけてばかみたい」
くすっと笑ってから、ご飯できてるからねと言い残して出て行く。
残り香をすんすんと嗅ぐ。めちゃめちゃいい匂いだ。コハナ母さんから女の術を磨く教育を受けているらしい。
ルナ、至高。
朝おこしてくれる美少女とか、最高かよ……! ベタだけど、それがいい!
身体を起こす。
オヤジが建てた子供だけの家。最近できたばかりの、俺たちの居場所。
ベッドを飛び降りて鏡を見た。成長するにつれ親父譲りに染まっていった黒髪、母さん譲りの目元。だけど野性味あるこの八重歯! よし。いつも通り。
身支度を済ませて階下に下りる。すぐに足音が追い掛けてきた。
階段を下りる俺の肩を何かが掴んだ。
「おっはよ!」
両脇を駆け抜ける二人の妹に続いて、俺の肩に飛び乗った奴が後を追う。
「シラユキ! ミツキ! カレン!」
名前を呼ぶけれど、三人ともガン無視。
だから何段も残る階段を飛び降りて、食堂に駆け込む。
けど、
「今日もレオがラスト」「ざまあないね、デザートもーらい!」「……ぐう」
三つ子は席についてどや顔だった。いや、訂正する。一人はガチ寝だった。
「ちょっと、レオ。ぼけっとしてないで。今日から新設の学校に通うんだから」
エプロン姿のルナが頬を膨らませて俺を睨んでくる。
俺とルナがはじめてのお使いをしてから十年が経った。
十五歳。魔界じゃまだまだガキだけど、人間世界ならとっくに結婚相手が見つかっていてもおかしくない歳だ。そして俺もルナも人間である。つまり……俺は狙っている。
ブラウスに短いスカート姿のルナは、美人天才魔法使いで有名なクルル母さんに負けない、それどころか俺個人的には上回っている美人に育っている。
特にあの乳。程よく主張するあの乳。そして健康的な染み一つない、すらっと伸びる足。侮れない……。
「またレオがルナ見てるぅー」「でれでれしてやらしい。繁殖期だ」「……ぐう」
おい。さっきからカレンが寝てるぞ。
三つ子に視線を向ける。
シラユキはボブカットでもみあげだけ伸ばしていた。最近乳が膨らみかけです。
ミツキはショートヘア。活発で、警備隊でも大活躍すぎて常に生傷が絶えない。三つ子の中でもルカルー母さんばりのつるぺた担当だ。
カレンはロングヘア。いつも寝てる。三つ子の中で一番乳と尻がでかい。
「今度はあたしたち見てるよ」「おい、ちょっとはでれでれしろ」「……ん? ここどこ」
おい。カレンが寝ぼけてるぞ。
「レオ!」
やばい。ルナがぷりぷりしてる。飯食わなきゃ。
「ルナのご飯も上達してきたよねー。コハナお母さんに教えてもらってるんだっけ」
「その通りだけど、ユキちゃん食べながら喋らないでよ。ママはスープばかり作るし、みんなやらないから仕方なくです」
ぷりぷりしながら席につく。
エプロンが妙に似合っていた。怒るとほっぺたが赤くなるんだよなあ。
そういうところも地味に俺のツボなんだけどなあ。
「それよりね。今日はパパが入学祝いに何かくれるんだって」
……でも親父の話をする時が一番夢見がちだ。
納得いかない。
親父あれだぞ。パンツから武器出すような元勇者だよ?
純粋に格好良いわけじゃないと思うんだけど。
そりゃあ……世界は何度か救ったらしいけどさ。それに、七人もの美人妻がいますけど。
くっ。悔しいけど、親父の息子でしかない今の俺じゃ勝てそうにない!
俺もパンツから武器出せたりしないかなあ。
そうしたら合法的にルナのパンツをゲットできるのに。前にこっそり干してあるパンツを使って試そうとしたらルナに一週間は口きいてもらえなくなったしなあ。
かといって三つ子に頼むのも、なんか負けた気がする。
こいつら基本的に俺のこと舐めてるし。さんざんネタにされるに違いない。
じゃあ母さんたちのパンツで試すかと言うと……母さんのパンツを盗んで試すのは超絶変態くさいので、悩ましすぎるところだ。
親父に相談するのもなあ。複雑すぎる。どんな聞き方をすればいいの?
ねえ親父、俺にも親父みたいな力があるのか試したいからパンツを手に入れたいんだけど、どうすればいい?
親父きっと困るだろうなあ。あんまり言いたがらないもんな。パンツの力。まあ思春期の娘が今ここにいるだけで四人もいるんだからしょうがない。さすがの親父も配慮するよな。
「みんなー、起きてるー?」
食堂に顔を覗かせた人を見て、みんなで声を上げた。
「「「「「 ペロちゃん! 」」」」」
お腹の大きくなったペロちゃん。まさにただいま一人目の子供をご懐妊中だ。
ちなみにさっき言ったコハナ母さんは二人目を妊娠中。一人目はまだ小さいから、領主の館にいるよ。三つ子がちょくちょく顔を出してはお世話しているらしい。
それはそれとして。
「ペロちゃん、俺たちもう子供じゃないから見に来なくて大丈夫だって」
俺の言葉にペロちゃんははにかむように笑う。
「みんなの面倒を見るのが好きなの。だからつい、ね」
えへへ、と笑うみんなのお姉ちゃんことペロちゃん。幾つになっても尊い……。
でれでれする俺たち一同。
「それより、あんまりのんびりしてたら始業式に遅刻しちゃうよ?」
あ、とみんなで声をあげて、急いで飯を食べる。
俺の母さんが建設からなにからすげえ頑張って出来た学校だ。なのに息子の俺が遅刻じゃ申し訳ない。それにあれで怒ると超こええから。ルカルー母さんはびしっと怒って引きずらないからまだいいけど、母さんは違う。めちゃめちゃ引きずる。そして自分で凹みまくる。最近はそれがわかってきたので、迷惑を掛けたくない。
お。俺ってば成長してる?
「ごちそうさま。おさき!」「カレン、かついでくよー」「……ぐう」
三つ子が食べきってすぐにカバンを手にかけ出していく。
スカートが翻りまくりでパンツが丸見えだけど、兄弟姉妹のようにいっつも一緒にいてなんでもやった三人のパンツにありがたみなし。一緒に風呂に入ったりして裸もさんざん見飽きているしな。
その点でいくと、ルナはガード堅すぎだ。
干してあるパンツ盗もうとした事件以来、洗濯物を俺の目の届かない場所で秘密裏に干している。くそう。悔しい。離ればなれだったから、余計にガードの堅さがもどかしい。
魔界にある幼稚園、小学校、中学校に行っていたせいで、長時間一緒にいられるようになったのはつい最近だ。
だからかな。ルナは巷でいう幼なじみって感じ。みんなにいうと、むしろ家族に思えないお前の精神がすげえ、などとよく言われるのだが。
俺にとってルナは至高なのだ。それはうますぎる朝食にもあらわれている。
食事ができて、朝起こしに来てくれて。しかし、いやらしいうれしはずかしイベント一切なし。
繰り返そう。
俺もルナも十五歳。人間世界ならとっくに結婚しててもおかしくない。
……そろそろ、いいのでは? 攻勢に出てもいいのでは?
「ごちそうさま……食器、帰ってきたら片付けるから流しに入れといて」
「いいよ、ペロリがやっておくから」
「ペロちゃん、あんまり動くのよくないよ」
「へいきへいき」
笑って歩いてくるペロちゃんを見ていると不安になる。
それはルナも一緒みたいで、すぐに駆け寄って歩く手伝いをしようとする。
でもペロちゃんは笑って助けを断った。
結局すぐに食べきって、ルナと二人で食器を片付ける。
俺も、そして間違いなく三つ子もこういう場面を見ないと手伝わないところはちょっと問題かも。反省。反省。ルカルー母さんの目から離れたって油断しちゃあいけない。
あいつらにも後でそれとなく言っておこう。
片付けを終えた俺たちが玄関に行くと、ペロちゃんが手を振って見送ってくれた。
「いってらっしゃい」
「「 いってきます! 」」
外に駆け出して、ペロちゃんが見えない道に入ってすぐにルナが足を止めた。
「お、おい。走らないのか? 遅刻するぞ」
「私、飛んでいくから」
「ええええ」
「魔界だと飛行規制あったからね。じゃ、そういうことで」
「ずりい!」
ふわ、と浮かび上がって凄い速度で離れていくルナを見てふと気づいた。
すぐに全力で飛ぶ。壁を蹴るように駆け上がって、狼の全速力でルナの後を追いかけた。
ピジョウ共和国、鳩の羽根の背のあたりに新設されたばかりの大きな学舎がある。
そこに一直線に向かうルナの後を追いかけた。
見える。私にもパンツが見えるぞ……!
白かった。純白だ。レースがちらっと見える。
手を伸ばす。あれを手に入れたら、俺も親父みたいな勇者になれるのかな。
俺を勇者にするパンツがあるとしたら、それはルナのパンツに違いない。
確信がある。そしてとびきり大きな欲もある。
ルナの心を射止めたい。
俺の追走に気づいたルナが慌ててスカートをおさえて、顔を真っ赤にしながら高度をあげた。
くっ! 気づかれたか……! 後でめちゃめちゃ怒られてしまう!
だがいいものを見た。今週一週間はこれで戦えそうです。射止めるのが難しくなりそうだが、なんだかんだでいつもルナ許してくれるし大丈夫だろう。そう思っておく。
「待てい!」
どこからか聞こえた女性の(きっと美人に違いない。俺の五感がそう叫んでいる)声に足を慌てて止めた。
何軒かの屋上を飛ぶようにして減速して、周囲を見渡した。
「そこの少年よ! ……おい、おいどこみてんだ。こっちだこっち。空を見上げろ」
「ええ? ……何も見えないけど」
「ここにきてまさかの? 三作目ラストにしてまさかの? え。え。やめて。ツヨシいないから見えようがない。え。どうにかならない?」
「待って……その声、美人に違いない声から想像して――……そこだ!」
かっと見開いたところに像が浮かび上がる。予想通り、色黒美人の顔が見えた。
「えええ……女好きやだ。えええ、女好きっていうだけで女神の姿みつけちゃう勇者……まあいい!」
いいのかい。
「えー。私はかつて破壊神だった、新人女神です」
「すげえ自己紹介」
「やかましい! 黙って聞け! ……ええ、少年よ。パンツが欲しいか」
「ルナのパンツが欲しい!」
「欲望に前のめりすぎるだろう! 落ち着け! 空からふわふわ落としたりできないからね! 私べつに神の龍とかじゃない――ふははははは!」
「……で?」
「こほん。えー。そなたがこれから行く学校に、新たな敵がいる。破壊神の像から力を得た、ピジョウの破壊をもくろむ少女が」
「女の子!?」
「そこで目を輝かすな。おい。すけべか。このえっち!」
「えへへ」
「褒めてないから。えー。新たな死神少女もいる。そなたはそいつらから、この世界を守らなくてはならない」
「……導入?」
「うんまあ、ざっくりいうとね? そう。導入だよ? 導入だけどさ。元も子もないじゃん? そういうこと言っちゃうとさ。元モコモコもないじゃん? モコモコっていっちゃった!」
「……で?」
「冷めた目つき。よかろう! とにかく。世界を救うために、愛する少女のパンツを求めよ! そなたは真に愛する少女のパンツから力を引き出すことができるであろう!」
「勇者補正きた……!」
「これで勝つる、みたいなノリで言われても。いや、いろいろ大変だと思うぜ? 学校生活兼敵探し兼恋愛、みたいな。大変だと思うぜ?」
「親父よりも活躍してルナの心を射止めるぞ! うおおおおおおおおおおおお!」
「おい、おい!」
呼び止める声もかまわず走りだす。行っちゃった、まあがんばれ、という声を背に学舎へと向かう。
とりあえずルナのパンツを手に入れる大義名分が手に入ったので、俺はがんばってみようと思います!
おわり。




