第七十四話
ルーミリアの葡萄酒といえばスフレだけじゃなくピジョウでも有名だ。
帝都のそばにある葡萄畑で作られている。
畑で働く人もいるだろうが……レオとルナが目当てにしているのは何か。
まさか泥棒したりしないだろうな。
葡萄畑で野宿ってのもよくわからないが、どうする気なんだか。
距離を置いて後をつけていくと二人は程なく畑に辿り着いた。けれどちょうど雨が降ってくる。外套をかぶって雨を防ぎながら、二人を追い掛けた。
走りだす二人が駆け込んだのは、畑の奥にある木造の建物の軒先だった。大きさからいってあれか。醸造所とかそういうあれか。
「うう、ぬれちゃった」
「待って……えっと、えっと。こういうときは」
こめかみに指を当ててルナが必死に考えている。
不意に何か思いついた顔になると、右手をかざした。
「乾燥、で。無作為に発動はだめ、だから範囲を限定。なので」
かざした右手の指先に薄らと桜色の紋様が浮かび上がる。
「セチャ・テパソル!」
淡い光がルナの右手を中心に放たれる。それはレオとルナだけを包んだ。
みるみるうちにレオとルナの濡れた髪や服が乾く。
ほどいいところでルナが指を鳴らすと、光は消えた。
「おお! すっげえ!」
「ふふん」
どや顔をするルナ。意外と調子良いところあるんだな……。
「ここどこかな」
「たぶんね。ここでおさけつくってる。ルーちゃんがいつも自慢げに話してくれた」
すげえな、レオ。そしてルカルーよ。お前子供になに話してん。あれか、ルーミリアの誇らしい話とかなのかな。
「きっとねー。ここで働いてる人が住んでるとこあるから、そこいって泊めてもらおうよ!」
「それもう野宿じゃないよ?」
「え。そうなの?」
レオぉ……。
「……まあ、でも。そのへんで寝るよりいいかも」
「そうそう。こまった時は人を頼るんだって。たくさんの人にお願いすれば、誰かが助けてくれるから、寝床にも困らないってルーちゃん言ってたよ」
「……ほんとかなあ」
ううん。なんともいえない。とはいえ子供や心底困ってる人が助けを求めてきたら追い出すのもしのびないよなあ。ルカルーもルーミリアから逃げた時はその手を使ったのかね。となると実学を教えてるのか、あいつは。
さて、どうするか。
厳しくするなら見守るのも手だ。けど本気で野宿させたいわけでもない。
やっぱりあの二人が行く前に、ここの畑の主に挨拶くらいはしておくか。
「過保護かなあ」
お金でも渡して面倒みてくれ、と頼み込んだら過保護なのだろうが、子供が二人で夜に訪問する事情を話すくらいならいいだろう。その妥協点でいこう。よし。
暗くなっていく中で、俺は急ぎ畑の主の住まう家を探しに走るのだった。
◆
主は寡黙な爺さん狼だった。筋骨隆々の爺さんの迫力といったら、もう。目元に入った傷、壁に飾られた分厚い剣といいどう見てもカタギじゃなさそうだ。
その奥さんが温和そのものといった優しい綺麗な狼だったよ。自分たちにも子供がいるから、親の気持ちはわかるといって、レオとルナのことを引き受けてくれた。
知らない振りして泊めてくれるとまで言うのだから、心底ありがたい。
だからこそ、お願いする。
「あまり甘やかさないで、なんなら一宿一飯の分だけでも働かせてやってもらえると助かります」
笑顔で承諾してくれた二人にお礼を言って退散する。
程なくして入れ替わりにきた二人が爺さんたちを訪ねた。
爺さんの代わりに出た奥さんが一芝居を打って「まあ子供がこんな夜更けにどうしたの? さああがって」と迎え入れてくれている。
ルナは早速人見知りを発動してレオにしがみついているけど、レオは笑顔で何も気にした風なく入っていった。
あいつは大物なのか、バカなのか。頭が痛いよ、まったく。
「さて」
外でずっと待機しているわけにもいくまい。
「後は頼むな」
精霊の頭を撫でると、俺の肩で軽く飛び跳ねてから地面に飛び降りた。
ぴょんぴょん跳んで、ふわっと熔けるように消える。
レオとルナを見守る役目を預けた俺のそばで光が弾けた。
「順調そうだね」
クルルだ。傘を差して俺を中に入れてくれる。
「ルナ、やっぱりもうちょっと外に出した方がよくないか?」
「んー。魔界には子供が大勢で通う幼稚園っていうのがあるんだって。他の子がいる場所に行かなきゃいけない習慣があった方がいいのかも」
「……きっと嫌がるんだろうなあ」
「私たちには言わないんだろうね」
二人でため息をこぼす。
思えば見知らぬ人の家に泊まるなんて経験、ルナにとっては初めてだ。レオはあれでいろんな女性公務員の家にご厄介になったりしていて……まったく……とにかく、社交性で言ったらレオは心配ないだろう。
露骨に成長に違いがでてきた。それを差と言うことは簡単だが、俺は単純に個性の違いでしかないと思うよ。
「ルナ、魔法ばっちり使えてたぞ?」
「当たり前でしょ」
私の娘だもん、とか言うのかと思ったけど。
「ルナがんばってるもん」
自慢げにそう言えるクルルはやっぱりすげえなあ、と思うのだった。
「じゃあ戻るね」
「おう」
クルルが俺の腕を取って、転移魔法を発動させた。
がんばれよ、ルナ。引っ張ってやってくれよ、レオ。
つづく。




