第七話
万全を期すため夜中になるまで待って、大聖堂の個室で眠りについたペロリにタッチしてあっさり解決。
あれだな。脱力系バラエティーのCMあけかな。そんな勢いと割り切りを感じるな。
まあいいけども。
街にいる連中も(発情しちゃうクルルを除く)俺たちなら余裕でした。
だから問題はむしろ、ここからだ。
「ペロリ。敵について何かわかることはないか?」
宿に集まって尋ねた俺に、果たしてペロリの回答やいかに?
「……あの」
困り眉を見た瞬間に嫌な予感がしたし。
「ご、ごめんなさい。おぼえてないです」
そういう予感は往々にして的中するものですよね! くそっ!
「おにいちゃんを、たおせって。あたまのなかで、こえがしました」
しゃべりが幼稚に戻ってる-!
二回目の旅の途中から成長して普通に喋れるようになったペロリの久々の舌っ足らず発言-!
「ちょっと可愛いとか思ってないよね」
「なんのことかな」
クルルのジト目にすぐにごまかす俺です。
「あの注射器は? 何かわかることないか?」
俺の問い掛けにペロリはふるふると頭を振る。
ううん。これもだめか……。
「ごめんなさい……」
「い、いや、いいんだ! お前が無事ならそれで! なあ?」
慌てて仲間に振る俺です。みんなして口々にそうだそうだ、いいぞいいぞ、と適当な相づちを打つんだから、なんだかなあ。もう。
「じゃあそろそろいいかな。お酒飲んでくるね」
「空気を読め! 空気を! いまじゃないでしょー!」
「こっちはいろいろと我慢してるの! 日常を過ごすのが一番いいの! だから飲むんです!」
言うだけ言って、クルルはルカルーを連れて行ってしまった。
やれやれ。クロリアに襲われたエルサレンに酒がそんなに残っているとも思えないが。
「あの、おにいちゃん、クラおねえちゃん」
どうした、と声を掛けると、ペロリが俯いたままで呟いた。
「ルナとレオのね。なきごえがきこえたきがするの」
思わずクラリスと顔を見合わせる。
「そ、それは……どこでですか?」
「……くろいくろいきもちがひろがっていくとき。ふたりのなきごえ、きこえたきがするの」
ぽた、ぽたとペロリの膝に涙の粒が落ちた。
すぐにペロリを抱き締めるクラリスに続いて、俺も二人ごと抱き締めた。
「だいじょうぶだ。二人は絶対に取り戻すから」
「……ごめん、なさい」
謝るペロリにクラリスが努めて優しい声で「あなたは悪くない」と言う。
「でも、きこえてたのに、なにもできなかった」
視線で戸惑いを伝えてくるクラリスに頷いて、ペロリの髪をそっと撫でる。
「お前は悪くない。こうして伝えてくれた、それで十分だ。あんまりペロリが気にして落ち込んでいたら、レオとルナが泣いちまう。そっちの方が大問題なんだぞ?」
「うう……っ」
「だからご飯を食べて、ぐっすり寝て。明日から張り切っていこう。俺が大事な約束破ったことあったか?」
頭を振るペロリの後頭部をそっとぽんぽんと叩いて息を吐く。
「飯、いこうか」
ペロリが頷き、クラリスがほっとした顔でそれに続いた。
◆
翌朝、エルサレンの領主の誘いを辞退し、クルルに王都の状況を確認してもらう。
最初の旅ではエルサレンを取り戻した俺たちはクロリアに操られたカナティアを助け、城を取り戻したのだが、今回は賊をクルルの父親で戦士長のネイトさんと母親で超強い魔法使いのプリスさんが追い払ってくれた。
最初の旅の時には国の防衛で離れていたんだろうか。だとしたらクロリアの作戦実施能力や調査能力はバカに出来ないな。
気をつけるべき事は多い。乗り越えなきゃいけない壁も山ほどある。割と勢いとノリという思春期の過ちを犯す要素ベスト3に入りそうなので俺たちの最初の旅は推敲されてたからな。目的地は? ざっくり北、そんな方針を打ち出す女神にも色々言いたい所存。
まあ言っても何も変わらないだろうけど、とはいえここらで一発話を聞いておかないとな。
「おい、女神!」
空が光り輝いて、出てきたのは……
「板? 数字が書いてあるような気がするな」
神さまですらないのかよ、と思ってよく見たら、音声のみとか書いてあんの。
果たして、
「もしもし、タカユキ?」
板きれから女神の声が聞こえた。
「……なにその出方。なんなの? なに演出なの? お前はなにがしたいの?」
「いやそれがさ、女神いつもの自室から謹慎部屋に入れられちゃってさ。愛の説教部屋とか名前ついてて、ボケたら金だらいが落ちてくるシステムなの」
「……」
頭痛しかしない。
「ちょいちょい思ってたんだけど、天界ってどんなところなの? お前はなに? 芸人かなにかなの?」
「ばっかおまえ、受けるわ-。女神が芸人とかうけるわー……へぶっ」
がん! という音がした。したね。仲間を見たらみんな頷いたもん。
「お前も大変だな。今のがボケ判定とか」
「ちょ、やめて! 理解を示さないで! 何か言わずにはいられない、えっと、えっと、なんていおう。にゃーん! ……へうっ!」
がん! という音がまたしたね。
俺たちは一斉にうなずき合った。
「隣の家に塀ができたんだって」
「へー……あぅっ」
「お腹空いてない? カツ丼あるよ」
「女神べつに監獄にいるわけじゃないよ! 女神反省を促されてるだけだよ! 反省促される女神とかないわとかいうなよ! なめんな――へぶっ! ぼ、ぼけてないのになんで落とすの!? え? 気に入らないから? 面白いことを言え?」
だから、誰と喋ってるんだお前は。
「無理-! それができてたらもっとタカユキに絡んで女神の中のおもしろ路線目指してますー! なんなら仲間になって、タカユキの世界で流行ってる女神みたいにはいてない格好で――いたい!」
がんがんたらいが落ちてるな。落ちてる。まるで神の裁きでも受けているかのようだ。
いや、神の裁きか。それが金だらいか。世も末だな……。
「う、ううっ」
泣きべそかき始めたので、俺は咳払いして気持ちを切り替えた。
「北の港町ハルブの様子はわかるか? 俺たちの目的地はそこでいいの?」
「死神のコハナが悪魔にされて待ってると思うよ……女神もういい? 金だらい痛いよ……痛いのやだよ、っらぃょ……はうぅっ」
最後のそれ、どうやって発音してんの。あと素で金だらいを落とされる残念クオリティなの問題あると思うよ。最初の旅からそのクオリティには気づいていたけど。
「たんこぶできてたら冷やすといいぞ、じゃあな」
「ううっ……タカユキの優しさがしみるよ……またね」
光が消えた。
はあ……やれやれ。
「いくか、ハルブ」
「……女神さま出るとさ。脱力するね」
クルル、それは言ってやるな。そういう存在だ、あれは。
「気を取り直して行くぞ。コハナもきっと、破壊神に何かされているだろうからな」
つづく。