第六十五話
朝、身体に悪影響がない(はずの)魔力開発料理をルナに食べさせていたら視線を感じた。
クラリスさまがクルル……私を見ていた。
そして私が気づくとすぐにタカユキを見て、それからコハナを見る。
二人とも朝のけだるい空気の中で、妙にだるそう。コハナは笑っているけど、コハナの笑顔は基本的に裏腹な類いのものだと理解している。特に目を閉じて笑っているときは絶対違うことを考えている。ある意味わかりやすいと言えばわかりやすいかも。
そこへ行くとタカユキはわかりやすい。ちらちらとコハナを見て、それからスープを飲んでため息。ずっとこの繰り返しだ。
ルカルーもナコもペロリも気づいているけど触れない。そりゃあそうだ。コハナから放たれる不可解な不機嫌オーラは触れたくない。二日目かな?
タカユキの寝室問題は領主の館破壊に伴う改修により解決をみた。タカユキのお部屋を拡張して作ったのだ。
よってコハナの部屋に寝て大げんか、というわけでもない。
強いて言えばタカユキが昨日、公務員のみんなを勇者の胃袋に連れていって帰りが遅かったことくらい。ルカルーの娘三人そろって大声で泣きまくっていたので、みんな気づいている。
どうもそこから二人の様子がおかしいの。
んー。困ったな。
食事を終えてコハナが食器を片付ける。みんなでそれとなく目配せして、クラリスさまがコハナの手伝いをしに席を立った。女子の中でコハナと一番仲が良いのはクラリスさまだ。任せておこう。
いたたまれない空気が少し和らいで露骨にほっとした顔をするペロリ。こういうの苦手なんだろうなあ。対してクロリアはこの程度のケンカには我関せず。忙しい仕事を片付けにすぐ出て行っちゃった。
ルカルーと目配せする。どちらが尋ねるか。ルカルーが瞼を伏せた。
……私か。
「ねえタカユキ」
「……ん?」
「ちょっといいかな」
「……おう」
うわ。だるそっ。
「ペロリ、ルナお願いね」
「う、うん」
だいじょうぶ? と唇の動きで問い掛けてくるペロリに笑って頷く。
まあまあ。なんとかなるんじゃないですかね。
◆
話を聞き出した私はタカユキの後頭部をまず全力ではたいた。
「ばかじゃないかな!」
「いってえな……」
「タカユキ一人の身体じゃないんだよ!? 迂闊すぎだよ!」
「……だって、俺のことを個人的に恨んでる奴が潜伏してるなんて思わなかったんだもん」
「それは――……」
困った。確かにタカユキの言うとおりかもしれない。タカユキは別の世界から男の子だ。
もしタカユキを恨んでいる人がいるとしたら、タカユキを襲った元騎士やニコリスみたいにこの世界でよくない縁を結んだ人、もしくは元の世界の……。
「待って。コハナのこと……他に何か隠してるでしょ」
「な、なんのことかな」
「私みたいなすっとぼけかたしないの!」
「いてててて! 足を踏むな、足を!」
「白状しろ!」
「わ、わかったよ……」
タカユキは一度話した気もするけど、と前置きを置いてから話し始めた。
コハナとは元の世界で幼なじみだったこと。死の間際、コハナが先にこの世界に呼び出されて勇者として戦ったこと。死神になって、長い年月を経てタカユキを待ち続けていたこと。その間に風俗で働いたりいろいろ苦労を重ねていたこと。そして、
「……あいつ、ずっと俺をいろんな目に遭わせてきたけど。笑顔の裏で俺に対して怒ってたのかなあって……ショックでさ」
タカユキはコハナの笑顔の意味について、やっと思いを馳せたこと。
まあ……男子と女子では感情の機微が違うというので、しょうがないかもしれない。
だとしても。だとしてもタカユキ。それはどうなの……。
「そ、そんな目でみるなよ」
「俺は悪くねえ、とか言い出さないかなあと思って」
「言わねえよ……ちょっと思うけど」
「まあ時間差で呼び出す女神さまのざっくりさがどちらかといえば問題だけどさ」
ため息を吐いて、それから私のベッドに腰掛けているタカユキの隣に腰掛ける。
「コハナ……俺とは何度もそういうことしたし。気持ちもあると思ったけど、それだけじゃねえのかな……」
そういうことを妻に言いますか、と思ったけど。一人妻ならいざしらず、大勢いるとなるとこういうケアも家族のための行動でしかない。やれやれだよ。しょうがないなあ。
「愛情と憎しみって紙一重でさ。タカユキが来てくれなくて待ち続けていたこと、ハルブで一度話して打ち解けたかもしれないけど……だからって苦しみが一瞬でなくなるわけでもないよね」
「う……」
「結婚を切り出してきたのも、そういうことするのも……コハナなりに、タカユキに解消して欲しいって願っているからじゃないかな」
「……解消」
「断言するけど、私たちの中で闇が一番深いのあの子だもん。あの子の心の矢印はタカユキに向いているし、どうにかできるのもタカユキしかいないよ」
「……俺しか?」
「たとえばもし仮にぽっと出の男が出てきてコハナの心をかっさらおうとしても、魔界の超大作映画みたいな出来事をやってもさ。コハナの気持ちは揺るがずタカユキに向き続けると思う」
なんで、と俯くタカユキを見て思う。すっかり弱っているなあって。
しょうがない。いつの間にか明るくて頼りになるポジに落ち着いたはずの女の子が、実はずっと怒ってましたと知ったから。
普通にひたすらショックなんだ。そういうところはタカユキ、すれてないというか素直なところがあるよね。子供ということもできるかも。
純粋なところがある。私たちは素直にそれに惹かれるし、だからこそコハナも今みたいな付き合い方をしているんだろう。タカユキがひねてたり屈折してたら、もっとえげつない出来事ばんばん起きてると思うもん。
今思えば最初の旅でコハナが私にしたあれこれ全部、タカユキへの愛憎の怒りが切っ掛けなんじゃないかなあと思う。タカユキに救われたし、お互いに不文律みたいになっちゃっているし、いまさら別にどうとも思わないけど。
でもタカユキはなんとかしなきゃ。コハナの長い年月たまりにたまった感情の処理は、コハナ本人にはもうどうにもできないレベルに育っちゃってる。たまった気持ちから救うなんて、タカユキにしかできないことだからさ。
「どうしたらいいんだ……とか、思わないでよ?」
俯く顔に手を伸ばす。悩んでいる顔が私を見た。だからいつものように笑って見せる。
「私がもし……どこかの世界に飛ばされて、長い間タカユキを待っていてさ。そこへタカユキが来たら……何をしてくれる?」
「抱き締める」
「それで?」
「待たせてごめんって謝る」
「一度だけじゃ足りないけど。それで?」
「……めいっぱい愛して、元の世界に戻れる術を探す」
「いい感じ。私とタカユキにはルナがいるもんね……じゃあ、他には?」
「他……他か」
わかんねえ、と素直に呟くタカユキに笑う。
「幸せにしてくれないの?」
「そりゃあ、だって。当たり前のことだろ?」
「……ほら、わかってんじゃん」
きょとんとするタカユキに身体を預ける。
「私とクラリス様、ルカルーは進んでる。ペロリもナコも緩やかにだけど自分のペースでタカユキとの時間を積み重ねてる。クロリアは素直じゃないから手間取るだろうけど、それはそれ」
腕を抱き締めると、タカユキが頭を預けてきた。思えばこういう時間は久しぶりかもしれない。ルナが生まれてえからは、そういう空気になかなかならなかったから。私も物足りなかったけど、タカユキも同じなのかも。すごくすごくほっとしたように身体の力が抜けていくんだ。
私がいないとだめなんだからなあ、タカユキは。
「でも多分、一番素直になれないのコハナだと思う。タカユキは私たちを幸せにしてくれるっていうなら……働いているみんなの本音も大事だけどさ」
少しだけタカユキの身体が震えた。敢えて顔は見ない。泣きそうなんだってわかるから。
「コハナの本音も、タカユキの本音も大事にしなきゃ……ね?」
「……っ、ああ」
「タカユキの本音は私が聞くから安心すればいい」
「……おう」
「もちろん私の本音もちゃんと聞いてよ?」
「わかってるよ……わかってる」
タカユキの腕が伸びてきた。抱き締めた腕で引き寄せて、もう片腕で私の腰を抱いてベッドに倒れ込む。私を抱き締めながら、タカユキがぽつぽつと話し始めた。
思い悩む苦しみすべて、タカユキが一つ話したら私も一つ話す。その繰り返しをしながら、もう言葉が出なくなった頃に見つめ合う。
少し濡れた目元を見たら、タカユキが呟いた。
「俺には……クルルがいなきゃだめだ」
「弱りすぎ、違うよ」
「……クルルがいてくれて、よかった?」
そうそれ、と言って笑う。
領主になった、世界を救った勇者さま。
タカユキには強さと潔さが求められる。国を背負う重責は思ったよりもタカユキを縛り付けて苦しめていたし、その分だけタカユキは成長しているのかもしれない。その最中にあるのかもしれない。
復讐者の仕返しに始まって至ったコハナの愛憎という暗闇が私たちのすぐ後ろにある。
最初に出会った頃のタカユキなら、それがなんだと立ち向かって解決できたはずだ。だけど今のタカユキにはいろんなものがくっついているから、前ほどがむしゃらになれないのかもしれない。
でも、それも含めて生きることだと思う。それにさ。タカユキ。
「コハナのことも、ちゃんと好きなんでしょ?」
「……ああ」
「なら、幸せにしなきゃ」
「そうだな……ほんと、そうだ」
「最初の旅の話題になるたび思い出すの。ペロリにどうしたらいいか聞いたタカユキが言われたことば」
「あれか」
吹き出すように笑って、タカユキはやっと何かから解放されたように明るい笑顔を見せてくれた。
「みんなを幸せにしろ、か」
「そうだよ」
「……がんばってみるわ」
「ん」
笑って頷く。本当は夜までくっついて、どうせだからいちゃつきたいけど……残念ながらそれはできない。身体を起こした私にタカユキが露骨にがっかりした顔をするから吹き出す。
「なに、その顔」
「いや……たまには、その……」
「だめ」
鼻を摘まんで言ってやったよ。
「コハナのことを片付けるまでおあずけ」
「えええ」
「すぐに片付けてくれるんでしょ?」
挑発的な私の言葉に、渋々だけどタカユキは身体を起こして言いました。
「しょうがねえな。待ってろ」
そう言って部屋を出て行く。去り際に、ありがとなって言葉を残して。
うん。
「やっぱり私の旦那こうでなきゃ」
かっこいいぞ、タカユキ!
つづく。




