第六十三話
ピジョウに戻った俺に突きつけられた退職届の封筒の山に、顔を引きつらせた。
前を見る。ミリアさんを始め、ニコリスを誘い出すために協力してもらった処女のみなさんが並んでいる。
「……ええと。これはいったい?」
「セクハラです。訴えます」
「……うん」
目元を手で覆う。領主の館の執務室には、ぎゅうぎゅうになるくらい女性が集まっていた。
集まったみなさんの視線がね。すげえ冷たいのね。俺を見る目に殺意がこもっていそうです。
戸惑いと焦りから、指の隙間を作って真っ先にクロリアに助けを求めた。
俺の視線に応えるように元魔王の幼女の唇が動く。
「し、ら、ばっくれ……ああ! え、ええと」
咳払いをしてから、俺は努めて明るい笑みを浮かべて女性のみなさんに言いました。
「具体的にはどのようなセクハラを行ったと?」
「「「 はあ 」」」
その瞬間、まるで計ったかのようなタイミングで一斉にため息を吐かれました。
もし呼吸に重さがあったら、俺の身体なんて一瞬でつぶれるくらいの破壊力があったに違いない。
「今のもセクハラです」
ミリアさんの冷たい視線にぞくぞくしちゃう。具体的にはヘイトが溜まりすぎた視線が怖すぎて。
「……と、とにかく俺には覚えがない。急に退職届はないだろう。な? いったん引っ込めて、冷静に考え直してくれ」
喋れば喋るほどに彼女たちの怒りが増していくような気がする。だってみんな顔がどんどん険しくなっていくんだもん。
「みんなピジョウにとって大事な仲間なんだ。急に辞められたら困る」
「……給料あげて待遇を改善してくれないなら辞めます」
「ううん」
きりっとした顔で眼鏡のツルをくいっとあげるミリアさんに唸る。
「ち、ちなみにミリアさん。お怒りのあなたにしか聞けないので率直に尋ねるけど、財政的にいけるのだろうか?」
「ちっ」
舌打ちマジこええ!
「書類を提出します。要求が呑まれない場合はこの場にいる全員が一斉に辞める覚悟です。では」
ミリアさんがばしっと書類をテーブルに叩きつけてまとめてすぐ、みなさん揃って出て行きました。
沈黙の後、俺は思わず叫んだ。
「クロリア! お前の作戦のせいでえらいことになったぞ! どうすんの!」
「待て。落ち着け。こじらせ女の面倒なヒステリックに付き合う必要はないさ。要求だってどうせかわいい、もの……」
席を立って書類を見たクロリアが固まった。
ん? どうした? ん?
あまりの事態に固まったまま硬直から抜け出せないクラリスの代わりに、クロリアの隣に立って書類を覗き込む。
「なになに? ……給与の一割増、清潔なトイレの設置? 更衣室の設置に、男性職員の定期的な入浴の義務づけ」
給料一割か。途方もない金額じゃなくてよかったけど、人数が人数だから頭が痛いな。
トイレもわかる! 綺麗なトイレ欲しいよね。更衣室はいまないからなー。必要だというなら考えよう。ところで男子あれか? 風呂入らないのか? におっちゃうのか? えげつない要求だな!
だんだん喋るのが億劫になってきたけど、続けるぞ。
「それから……定時の設定と残業代の支給」
真面目に頭が痛くなってきた。
「そして毎週かならず定時退勤日を設定すること、か」
「あ……」
固まって動けなくなってるクロリアの代わりに呟く。
「俺たちの国ってブラック企業か何かなの?」
「ば、ばかなああああああ!」
執務室にクロリアの絶叫が木霊した。
◆
居間のソファでルナとレオを膝上に置きながら、テレビを眺める。
『いま世界でもっとも旬のピジョウ共和国! いろんな職が日夜生まれているようです!』
隣に座っているクルルがどや顔。何せテレビが映しているのはクルルの作った番組だからだ。
魔界にある録画装置を使って、録画した番組を流せるように進化したらしい。
今はいわゆるワイドショー的な番組をやっている。
『となると、どんな職や会社が人気か気になるところ。たとえばピジョウ共和国の公務員さんの評判はというと?』
ピジョウの街中にマイクを持ったクルルが出て行く。
そして道行く人にマイクを向けて尋ねるのだ。公務員、どう思いますか? って。
するとどうだ。
『ああ。勇者の胃袋へ毎日夜遅くにきてるよね。やっと仕事終わったって愚痴ってる姿をよく見かけるよ』
『給料安いって噂だよね』
『やりがいはあるみたいだけど。それってブラックの典型的な誘い文句だよね』
呆れるくらい評判が悪い。
三つ子にのしかかられて床にへばっているクロリアはもはやうんともすんとも言わない。
「クルル。国にとって後ろ向きな情報発信しないでくれよ……」
「だってみんなに受けるんだもん。公務員募集してるけど実際どうなの? 調べてよって街で言われるからさー」
う、ぬう。
いや、わかってるよ。わかっているとも。
楽しそうに番組を眺めるクルルにもインタビューに応えた人たちにも罪はない。
いまの実情を第三者から見たらどうなるのか。その結果でしかないのだから。
とはいえ頭痛がする。
「先日のお祭りで税収も潤いはじめました。体制を整えるいい時期なのかもしれませんね」
クルルの反対側、俺の隣に腰掛けたクラリスが憂鬱そうな声で言った。
「まあ職員の一部でしかないとは言え、彼女たちにとってすごく個人的な情報をネタにしたら揉めるよ」
「違いない。警備隊の連中も給料と彼女がいないという話題はよくするから」
晩酌を楽しむナコとルカルーの言葉に項垂れる。
確かにみんなには過酷な労働を強いてきたのかもしれない。
誰かが倒れたらそれだけで国が危うくなるという自転車操業だった。自覚はある。
とはいえ、急にこれはなかなかしんどいぞ。
「こういうのって……ただ要求に応えるだけでも問題解決しないんですよね」
「うう……次は過剰な要求がくるにちがいない……いまから頭が痛い」
憂鬱なクラリスの言葉にクロリアが呻く。
「退職を申し出た彼女たちの問題はもはや感情的なところにまで至っている気がします。こうなるとこじれるんですよね。どうしましょう……」
「ねーねータカユキ。思うんだけどさ」
クルルの明るい声に誘われて隣を見たら、なんてことないと言わんばかりに笑っていた。
「もっとみんなと仲良くなる機会を作ったら?」
「……どういうことだ?」
「勇者の胃袋でくだを巻いてるんでしょ? だったらさ。上司としてみんなの不満を聞くのも、領主の仕事なんじゃない?」
いやいや。それくらいでどうにかなるとは思えないんだが。
「そうですね……過剰な部分に踏み込んだ手前、いろいろな問題がこちらにあったことを認めた上で、日頃抱えていることを吐き出して発散する場が必要なのかもしれません」
「つまり?」
クラリスの言葉に疑問を抱く俺ですが、クルルは俺の腕を抱いて笑って言いやがりました。
「飲んでくればいいよ、タカユキ!」
本当にそんなんで大丈夫かあ?
つづく。




