第六話
結局井戸から潜入するとかどうなの、と思いつつ。
正門から行って駄目ならこっそり入って街を解放するしかないかな、と判断した俺たちは魔物たちに囲まれた。
クルルの魔法が炸裂。クルルが発情した。
はあはあ言う仲間と共に街の地下へと移動する。
俺とクラリスの顔が渋い。後ろから聞こえるクルルの声があんまりにも悩ましくて、聞いている俺たちも変な気持ちになるよね。
って言うか、それ以前に問題がある。
「このままいってもクルルの声で気づかれそうだな」
「そうですわね……」
二人して立ち止まり、後ろをもたもたついてくるクルルを見た。
短いスカートを押しつけるように両手を股間に当てて歩くクルルが何をしたがっているのか一目瞭然だ。ナニをしたがっている。なんて。
言ったらクラリスにどんな顔されるかわからないので言わないけれども。言わないけれども!
「みんなで来たし、それが約束だけど……正直手詰まりだな」
明るい光の差し込む床の上を見上げる。
そばを通る水路の水をすくい上げる桶や梯子がかけられた穴の先は恐らく、俺らが入ったのと同じ井戸の出入り口があるのだろう。
「やっぱり、俺一人で――」
「らめ……ゆるさないんらから……」
いや、クルル……お前さあ、そうは言うけどさあ。
敵に囲まれて、くっころせ、とかいいそうな状態ですよ。
「ペロリの怪力を考えると、狭いここへおびき寄せて、というのも無理がありますね」
「というと?」
「ルカルーの強さはその身体能力の高さにあります。ですから、ルカルー一人と戦うなら狭い場所へおびき寄せて戦うのが得策かと思ったのですが」
……なるほど。確かに!
「とはいえ……どうおびき寄せるのか、という話もありまして」
う……ううむ。
「ルカルーが好きなもののにおいでおびき寄せるとか、考えたのですが……思いつかず」
「そうだな。強いて言えば、あいつは葡萄酒が好きだったけど」
さすがに持ち歩いてはいないよなあ、とぼやいた時だった。
目の前に小さな水筒が差し出されたのは。
差し出し主を見る。
「……これ」
クルルだ。クルルが何かを――絶対快楽とかじゃない、強いて言えば好物を取られることを我慢する子供みたいな、そういう何かを――堪える顔で差し出しているのだ。
水筒を受け取り蓋を開ける。匂いを嗅いで心底呆れた。
「おまえ何お酒持ち歩いてんの、どんだけお酒好きなの?」
「だって……! 移動中に飲みたくなったら我慢したくないじゃない……!」
いやそんな、迫真の顔で言われても。
「しかしなあ。これくらいの匂いでつられて来たりは――」
すとん、と着地の音に視線を向けたらいたよね。ルカルーが。
あれだね。敵がどれほど悪意に満ちてどれだけ知恵をめぐらせても、俺たちのノリがそれで変わるわけないよねっていう……そういう話だよね。そういう形で納得するしかないよね。
ああでもまって、最初のシリアスモードから切り替えられない。くっ、殺せ……!
「たたたたたた、タカユキ! なんか戦闘態勢なんだけど!」
「がるるるるるるるるる……」
「どどどどどどど、どうします!? どうすれば!?」
「ええい落ち着け!」
二人の女子を背に、水筒を前に突きだす。
ルカルーのぎらっぎらに輝く赤い眼が水筒を睨んでいた。
右に動かせば右に、左に動かせば左に顔が動く。
くぎ付けか。どんだけだ。
「がうっ!」
飛びついてきたルカルーの両手が水筒に伸びる。
背中の二人と一緒に押し倒されるようにして彼女を抱き締めた。
瞬間、彼女の身体が光り輝いて、背中から黒いモヤが吐き出されて消えていく。
目の前にあるルカルーの顔と見つめ合う俺たち。
ぱち、ぱちとまばたきをしたルカルーが水筒を掴み、そっと離れる。
くぴくぴくぴ、と中身を飲み干した。「ああっ」とクルルが悲鳴をあげる。
なんともいえない空気に満ちた水路のそばで、俺たちの仲間は口元を葡萄酒に濡らして呟いた。
「おかわりは?」
それで終わりだよ、と怒るクルルの声が木霊した。
◆
ルカルーに話を聞くところによると、気づいたらおかしな力に身体を乗っ取られていたらしい。
最初の旅の時には必死に逃げ延びて村まで行ったのに、今回はエルサレンに滞在していた。ペロリにやられたことだけは同じだ。しかしそのペロリの様子が明らかにおかしかったというのだ。
恐らくは敵の――破壊神の介入によるものだろう。
「とするとルカルーの身体から出たモヤは?」
「敵のわっるい力とかじゃないかな……」
発情もどこへやら、なくなった水筒の中身に泣きべそを掻いているクルルを俺たち三人揃って生暖かい目で見つめる。
「まあ……じゃあそういうことにして、さくっとペロリを助けよう」
「エルサレンの解放は最初の旅の最初の山場……という認識ですが」
「その通りだ。街の人たちを元に戻しながらペロリを助け出す。ちょっと大変だが、ルカルーが仲間になったならいけると思う」
「はい」「がう」
俺の言葉に二人が頷く中、クルルがいきなり立ち上がった。
「やるよ! ここを解放すれば今夜はいくらでもえっちできるし、魔法全開でさっさと目的達成してやるんだから!」
「その心は?」
「お酒が呑みたい!」
まあいいけども。
「じゃあやるぞ」
四人の気持ちが一つになった。
……わけではないな。うん。それはない。一人の願いは酒が飲みたいだし、もう一人はやる気に満ちあふれているし、助けた一人のお腹が鳴ったし。
ま、まあ、とにかく片付けようか!
◆
大聖堂の前に彼女はいた。
ペロリシア。幼いながらに溢れんばかりの怪力と、死者を蘇らせることさえ可能な治癒の奇跡の使い手……聖女。
ペロリが看護師の服装で、人間大の大きな注射器を手に列を成す狼たちのお尻に注射をしていた。
「待って。え。待って」
遠くの家の影から状況を眺める俺たちは顔を見合わせる。
「あれ、なにかな」
「黒いモヤが注射器に入っておりますわね……」
「ルカルー、あれを注射されたのか?」
ルカルーの呟きにみんなで顔を見合わせる。
沈黙が訪れた後、俺は想いきって言った。
「尻、見せてみろ」
「が、う……」
かあああ、と真っ赤になるルカルーに俺は続ける。
「これは決していやらしい気持ちからではない。敵の狙いを探るためだ」
「……う、う」
え、え、と躊躇う視線を俺に向けたルカルーの腕をクルルとクラリスが掴んだ。
「じゃあタカユキは待ってて」
「えっ」
「タカユキさまがご覧になる必要はありませんわよね?」
「そ、それは、いや、しかし、確認の必要が」
「「 本当はお尻を見たいだけでは? 」」
「……ないです。どうぞ、確認してきてください」
嫁二人の厳しい視線には勝てないぞ!
三人でそばにある建物に入っていく。くそう。本音を言えばちょっと見たかったんですけど。
「あ、針の痕がある!」
「……大きいです」
「あ、あまりみるな!」
なんだろう……この蚊帳の外感。
「お、俺も仲間にいれてくれよう」
「「「 ぜったいだめ! 」」」
くそう! 覚えてろ!
つづく。