第四十六話
館の復旧作業が始まる中、世界樹を確認しに足を運ぶ。
小さな苗木は小さいまま、きちんと埋まっていた。
成長しても館に影響がないくらいの距離に植えたからちょっとした散歩になる。
レオとルナを肩に担いでやってきたのだが、狼になったせいか不思議と重たくは感じない。
むしろ感じるのは尿意な。まるで世界樹にしょんべんをかけたいと言わんばかりにもよおす。
誰も見てないからいいかな、と一瞬考えたが、この小さな苗木になる実をクラリスが毎日採取しているのでおしっこなどかけられない。言語道断である。
その実をもってクルルがグスタフと編み出した料理により、ルナの食育は新たな段階へと到達した。親から引き継いだ魔力の資質を強く発現し、さらに発展させる料理だとクルルは豪語していたが、俺からしたらただのうまいスープです。
透き通った琥珀色のスープは子供たちに大好評だ。俺たちにはたいした効果はなくせいぜいがMP的な力が回復する程度だそうだが、まあうまいスープであることに違いはないからな。
毎日がぶ飲みですよ。
飽きてくる頃合いを見計らってグスタフが新作レシピを編み出すので、俺たちのMPは常に満たされているのだが。
なあ、クルル。お前が頑張るんじゃなかったっけか。まあ専門家がいるんだから頼むのが吉だと思いますけどね!
そんなわけでHPもMPも満たされている俺は子供たちを連れて街中へと戻る。方々を尋ねてまわって、昼の休みが終わる前に館を目指すのが毎日の決まったルートだ。
そこかしこでしょんべん引っかけたくなるのはなんでかな。下が緩んでんのかね。水気たっぷりの飯が多いせいかな? それとも昨夜の酒のせいか?
「ぱぁ!」
「たぁ!」
べしべし俺の頭を叩いてくるレオとルナにはいはい、と答えて歩く。
二人のお気に入りの場所があるのだ。
港に辿り着いた俺は船を見上げる。そばで積み荷について指示を出していたリコが俺に気づいて歩いてきた。
「今日も来たの?」
「上の二人のお気に入りでな」
両隣をそっと確認すると、レオもルナも二人してきらきらした目で船を見つめていた。
巨大な帆船である。その隣には漕ぐための櫂が左右から無数に出た船も停泊していた。
二人とも船を眺めるのが好きらしいのだ。
「みー!」「みいみ!」
俺の獣耳を掴んでぐいぐい引っ張る。もっと近くで見たいといわんばかりである。
「じゃあ見てくといいよ」
「邪魔じゃないか?」
「領主で勇者の頼みじゃね。それにあんたの子供はこの国みんなの子供みたいなもんだから」
好きにして、と言ってくれた海賊娘に礼を告げて船へ。
柱から縁から何まで触りたがるレオとルナをなだめる。下手なところを触って船員に迷惑をかけたら申し訳ないからな。すると自由にしてもらえないのがよほどいやだったのか、二人が泣き出した。
もうてんやわんやでしょうがない。
あわてて船を出る。身体のがっちりした男達の仕事の邪魔をするのはあらゆる意味でおっかないからな。
「もういいの?」
呼びかけてくれたリコにまたくると告げて、そそくさと離れる。
文句を言うように怒るレオとルナが大声をあげてはたいてきて、ますます泣く。
必死に変顔したり、気を引く場所に連れて行ったり。
そうして逃げるように中央広場へ。
そこではよくペロリが踊っているのだ。
辿り着いた俺の惨状を見たペロリが苦笑いして、駆け寄ってきてくれる。
あやそうとするペロリの服や髪をレオとルナが容赦なく掴む。
けれどペロリは怒りもせず、悲鳴もあげずに二人をやんわりとさとす。
「だあめ。いたいことしちゃ、めー。ね?」
「めぇめ……」
「ぺろ……あぅ」
するとどういう理屈が働いているのか、二人は大人しく言うことを聞くのだ。
まじで、もう。
「お前、実は次の女神になったりしない?」
「ペロリ、たまにお兄ちゃんの言うことがわからないな」
困り眉になる美少女が二人を抱いて子守歌を口ずさむ。
それだけで不思議と二人の目がうとうととして、終いには寝ちまった。
俺よりよっぽど育児スキル満ちあふれているんだけど。ペロリお前ほんとなんなの。聖女なの? 聖女だよ。
「言うこときけとかいって、怒鳴ったりしかりつけたりしてない?」
「してないしてない」
ジト目で俺を睨んでくるペロリに慌てて答える。
母三人の教育方針をきっと俺より心で理解しているに違いない彼女は、俺が子供に強く出ることを警戒する。
クラリスがレオとトラブって本気で怒りそうになったところを何度も目の当たりにした俺は、せめて俺が明るく楽しくいなければならないと心に決めていた。
そうでなければ両親そろって子供にきつくあたるわ、それで家庭がぎすぎすするわでいいことなさそうだからである。
まあそれが絶対唯一の正解だ、などとは思ってないのだが。
「今日も船を見てきたけど、騒ぎ始めたから逃げてきただけ」
「お仕事邪魔できないもんね」
確かに、と言って微笑むと、ペロリがレオとルナを抱え直した。
「かえろ。午後のお仕事あるんでしょ?」
「ああ」
歩きながら、隣を歩く聖女の腕の中にいる息子と娘を見た。
すやすやと寝ている。
家に帰れば三つ子も同じようにすやすやと寝ているのだろう。
やや憂鬱。そして楽しみだ。
レオとルナはどんどん成長している。レオはクラリスの面影も強いが俺に似た目をしている。ルナは本当にクルル似だ。成長するにつれ、それがはっきりわかってきた。
三つ子にも夜泣き以外に手を焼く時期が程なくくるのだろうが、それでもそれぞれの性格が見えてきて、顔立ちもはっきりしてくるのだろう。
やっぱり楽しみだ。
そう思えるから、大丈夫。頑張れる。
「やれやれ……それにしても二人揃ってペロリのこと好きすぎるだろ。姉代わりかな?」
「乳母みたいなものだよ。ちっちゃいけど!」
ふふーと楽しそうに笑うペロリが二人を見る目もまた、とびきり優しい。
そういう瞬間を目にすると、俺は確かに幸せな気持ちになるのだった。
つづく。




