第四十四話
しっかし不思議なのは、遠吠えが聞こえるとついつい反応しちゃうところだ。
三つ子が吠えると俺もついつい応えてしまう。
するとクルルたちにうるさいと怒られてしまうのだ。
解せない……。ルカルーはなぜ吠えずにいられるのか。尋ねたら、
「子育て中だからな。居場所を知らせて回ったりはしたくないから吠えないんだ」
「……わかったようなわからないような」
それにその理由でいくなら俺は吠えてはいけないのでは。
しかし三つ子が幸せそうに吠えるとついつい応えたくなる。そんな俺のケツをルカルーがぎゅっとつねってくるようになり、その日三つ子が元の姿に戻るまで俺の遠吠えは阻止されたのでした。
それにしてもつくづく不思議。俺マジで狼になったんだなあ。
そんなことを考えながら執務室に行くと、クロリアが険しい顔でクルルの浮かび上がらせた魔法通信映像を見ている。映し出されているのは頭から角を生やした悪魔の男の子だ。
なになに?
『犯罪者集団の抗争が整備したばかりの地下水道で起きています。先日、取り仕切っていた集団が壊滅に追い込まれたので、その後釜を狙ったものかと』
「わかった。すぐに他の仲間も送る。無茶をせず監視を続けろ」
『かしこまりました、クロリア様』
少年が頷いてすぐに映像は消えた。
そばで見ていたクラリスとコハナが俺に気づいて、次にクルルとクロリアが俺に視線を向けてくる。
「タカユキ……聞かれたからには尋ねるが、どうする」
クロリアの問い掛けを聞きながら自分のデスクに歩み寄り、肌触りを確かめた。
古びた木材デスクの艶めいた感触は長時間書類仕事をしてもやりきれるくらい馴染むものだ。平和に繋がる仕事だけをしてきたつもりだ。そういう願いを込めて作った世界であり、国だ。にも関わらず、世界にはいろんなやつがいて、いろんなことが起きる。
いちいちへこたれてはいられない。
「ナコと俺で行く」
「ペロリやクルルは?」
「ナコは警備の担当だからって理由で選んで申し訳ないが……母親と聖女に汚れ仕事をしている連中の相手をさせたくはない」
俺の言葉にクルルは顔を顰めた。けれど腕の中にいるルナをぎゅっと抱いて、言葉を口にすることはなかった。
「わかった。というか、ナコは既に出向いているんだ。現場は――」
クロリアの説明を聞いている俺にクルルが、コハナが……クラリスがパンツを脱いで俺に渡してくれた。
それらを腕に巻き付けて、デスクを軽く叩く。
「行ってくる」
誰より不安げな顔をしているクラリスと腕の中にいるレオの頭を撫でて、そっと館を出たのだった。
◆
地下水道の入り口で待ち構えていた悪魔の少年に状況の説明を受ける。
既に内部でナコが戦闘に入っているが、脱衣して尚、連中は消耗戦を繰り広げているため、警備隊が一人、また一人と捕縛して回っているのだが正直果てがない状況だそうだ。
全員気絶させて捕まえたいのだが、如何せん人数が多すぎて警備隊が苦戦しているらしい。
たまにはこういうことも起きるか。ちょっくらばしっとやってきますかね。
少年に待機を命じて、身体に満ちている力を試す意味でも地下水道へ下りる。そして疾走した。ただの人間であった頃とは比べられないくらいの速度が出る。おかげで壁に激突したよね。力加減が難しいな。
「てて……」
鼻をさすりながら獣耳を立てる。
音もよく聞こえるようになった。剣戟の音が聞こえる。服が破ける音もだ。
怪我をせず、傷つく代わりに服が脱げる。物理法則さえ無視して命を守る女神の願いに満ちた世界。
ならばバカげた犯罪は止めて、酒でも飲み交わしたい。
下水道を走っていると、縄で捕まった悪魔や魔物、狼や猫の人間を目にするようになってきた。
先へ進むと、火薬の弾ける音がした。いくつもだ。
そうしてすぐに警備隊の連中と合流した。盾を構えた前衛を指揮するナコが俺に気づく。けれど隙間から弓を射ることに忙しくて応対するどころではない。
盾を構えて攻撃を防いでいる奴の肩を叩く。頷いてみせて、それからクラリスのパンツに念じてブーメランを出した。
それだけでナコは意図を察してくれたようだ。
「合図で隙間を作れ。勇者が出たら専守防衛。いくぞ」
警備隊の練度が高い。みな頷き、ナコの3カウントで一糸乱れぬ動きで人一人分の隙間を作ってくれた。だから飛び出る。
一つ角の男が猫の額に拳銃を突きつけて何発も連射していた。その胸に狼が剣を刺す。けれど服が脱げきった彼らは傷つかず、抗争を繰り広げ続けていた。
ならば、
「う――」
るお、と吠える。木霊する遠吠えに連中が気づいた。
だが全員の目が血走っている。アドレナリンどばどば出ておかしくなっていそうだ。
だとしても関係あるか。ブーメランをぶん投げる。
当たった端から武器を奪って俺の手元に戻ってきた。戸惑う集団からあらかた武器を奪う道すがら叫ぶ。
「ナコ! 水で一気にぶちのめせ!」
即座に下水道に歌声が響く。
汚れた水から水滴が浮かび、それらはヘビの形となって暴れ回り始めた。
ふり返ればナコたちはすでに精霊を使った術式の範囲外に対比している。
あいつの凄さを改めて体感しながら、迫り来るヘビの怒りを買わないように全力で退避。二本足では届かない。気がつけば四本足で疾走していた。身体中に満ちていく力に叫び出したい気持ちでいっぱいだが、それはそれ。
ナコたちのもとへと退避しきってふり返る。
ヘビがその身体を振るい、口から水の塊を吐き出して集団をぶちのめして回っている。その塊には下水に流れた汚物も混じっているんだからたまらない。
ほどなくして沈静化したからナコは歌を辞め、ヘビたちに感謝を告げて汚水へと戻した。
「タカユキ」
手を掲げるナコに手を合わせる。叩いて鳴る音に二人で笑って、それから肩を竦めた。
「捕縛して外に出たら風呂だな」
「温泉がいいね……汚れすぎた」
元の世界で何度か見た気がするんだが。
下水道で戦う奴の気が知れないよ、まったく。
ほんと、頭痛がする思いだね。
つづく。




