第四十話
ルウ爺を連れてピジョウへと戻った俺たちを待っていたのは大量の仕事だった。
産後で元気になるまで休んでいてもらいたいのに、ルカルーが執務室に来て俺の書類仕事に助言をくれるんだからありがたい以外のなにものでもない。
産後は憂鬱になったりすることもあるみたいだが、少なくともルカルーは大丈夫そうだった。それでもクルルやクラリスの時を思い出して、外遊としてなるべく活気のあるところに連れていったりするべきか悩んだりもした。まあ実際にはコハナに教会とか静かな場所を勧められたのでそういうところにしか行かなかったが。
日々の仕事に忙殺されながら気がつけば二ヶ月が過ぎていた。
「次の祭りの開催だが……四ヶ月後が妥当だと思う」
会議室でのクロリアの発言に、ピジョウの重鎮たちと俺の仲間たちが一様に渋い顔をする。
「もっと……こう。三ヶ月に一回とか、そういうペースがよかったのに」
クルルの発言ももっともなんだが。
「実際問題、日々の執務と開拓事業、入国してきた新しい国民の管理に付随して国の法の不備の改善で手一杯だ」
「クロリアの言うとおりだな……ミリアさん、金はどうなってるかな」
頭痛がする思いで数字を愛する淫魔のお姉さんに尋ねると、彼女は何を考えているのかわからない真顔で言った。
「国民の増加に伴い税収は増える見込みです。お祭りのある三月――……年度末に向けて、編成は組んであります。ともあれ、他の省庁担当者からの要望に応えていくのなら、あまり余裕はありませんが」
憂鬱だ……。
「ペロリ、お風呂習慣はどうなった?」
クロリアから進行を引き継ぐ形でした俺の呼びかけにペロリが緊張した面持ちで立ち上がった。
「え、えと。えと」
みんなの視線が集まる状況で話す。踊り子としても活躍の機会を増やしているペロリだが、会議はどうしても不慣れなようだ。
「魔界からきた、お風呂の業者さんと、人間世界の工事関係者さんとでお風呂は普及してってるよ。温泉も……評判いいです」
「わかった、ありがとな」
よかったーとほっとした顔で座るペロリから視線を移す。
「クルル、放送はどうなってんの」
「ペロリの宣伝は評判上々かな。お風呂習慣に一役買ってると思うよ。お祭りの宣伝用の番組も作ってるの。私とナコでやってるかな!」
「……意外な組み合わせ」
「ピジョウの風俗を探っていく情報番組なんだけど、割と評判いいよ」
そっか。今度みてみよう。
「クロリア、各ご家庭の放送の視聴率ってどうなってんの?」
「何せ娯楽が少ないからな。まあ高いよ。新開発した魔力を動力源に動くテレビを格安で配備して、その魔力充填事業でちまちま稼いでる。こっちは効率化も含めた改善策を練っているところだ」
「……ちなみにテレビを格安で手配ってどうしたの?」
「魔界の型落ち品とか廃棄されるやつを大量に流してもらった。それの改良だな」
「お前が一人でやったの?」
「まさか。ミリアにお金を回してもらって、魔界で潰れかけだった中小企業に仕事を回して一気呵成にやったさ」
クロリアやり手か。お前に勝ったのが俺、いまだに信じられないよ。
「とすると……順調か?」
恐る恐る尋ねた俺にクラリスが苦笑いを浮かべる。
「人間世界での騎士団、魔界でいう警察機構がないので、犯罪の取り締まりを担う国家機関の設立が急ぎ求められています」
「え。犯罪おきてんの?」
悲しいことですが、とクラリスが頷いた。
「酒に酔った上での乱闘騒ぎなどはまだ可愛い方で。新世界で詐欺まがいの商売をして一稼ぎをしようとする各世界から来た商売人の取り締まり、宿の前で許可なく性風俗の客を取る人たちの取り締まりなどが目下の悩みです。あとは……牧場の牛が盗まれました」
めっちゃいろいろ起きてる!
「ごめん。どれも対処はしてるんだけど、国の規模が増していく速度に自分たちの手が届ききれない時がある」
ナコが項垂れる。ルカルーも気がかりな顔でいた。あいつも警備担当してくれていたからな。思うところがあるのだろう。ううん。そうか。
「一つずつ片付けていこう。なに、俺たちにできないことはないさ」
たぶんだけど。でも売るほどやる気があるのだから、へこたれずに対処し続ける。そうすればいずれ光明も見えてくるだろうさ。なにせ知恵役もたくさんいるんだから。
◆
日曜学校に顔を出して、ルウ爺が教会の神父さまと二人で歴史を教えていたり。
クルルとクラリスの食材によるグスタフの料理開発が佳境に入っていて試食してみたらしょんべんちびるほどうまかったり。
そういう何気ない日常に背中を押されて、今日はルカルーの寝室のベッドで横になる。
三つ子はすくすくと育っている最中だ。
ルカルーがお乳をあげるのを見守りながら、俺は三つ子の尻尾を眺めた。
獣耳があって、尻尾が生えている。
人間世界に生きる奴らはみな、そうだ。
俺の幼なじみで異世界から来たコハナにも、どういう理屈か生えている。
勇者の力を発動させている時の自分にも、獣耳と尻尾が生える兆しを感じる時はあるのだが……じゃあ俺はどの獣になるのだろうか。
何気なくそんな疑問を口にしたら、ルカルーは微笑みを浮かべて言った。
「タカユキは……狼になると思う」
「そいつはまた、どうして?」
「わからない。ただ……ルカルーはそんな運命を感じるんだ」
慈愛に満ちた顔をするルカルーは、いつか不安がっていた子供の世話をして、きちんと母親の顔をしていた。それはすごいことだ。地味にすごいことなのだ。
クラリスの苦戦ぶりを思い返してもらえればわかると思うんだが、子供が生まれたから途端に完璧な父親や母親になれるわけじゃない。子供だって成長するにつれて変わっていく。その成長に関わるやり方に正解が一つしかないわけではないし、間違える可能性だって山ほどある。
そもそも母性や父性が自然に芽生えるわけでもないからな。これは実感としてある。
だから……子供の成長に関わるのは難しい。それゆえに、ルカルーはすごいと思うのだ。
そんなすごいやつに言われる運命なら、俺も信じてみようと思うのだ。
「……そうだな。まあ、これでブタとか猪とかだったら笑えるけどな」
「いいや。タカユキは狼になる」
俺の冗談に楽しそうに頭を振って、ルカルーは断言したのだった。
つづく。




