第四話
スフレの中でも大きな街であるエルサレンの外周そばにある井戸まで来て、俺は息を吐いた。
立て札は折れて読めない。井戸の底は暗くて何も見えない。
しかし、そばにいる少女二人は真剣な顔で底を睨んでいる。
「クルル、クラリス。思うんだが、ここから奇襲するのはよさないか?」
二人は顔を見合わせて、それから俺に強い視線を送ってきた。
「罠があるなら全力で踏み抜くべきかな。きっとペロリはいるはずだし」
「そうですわ。ルカルーがいない以上、何が起きるかわかりませんもの。慎重に行動するべく最初の旅の経路を辿っているのなら、ここへ入るべきです」
特にクラリスの顔がな。眉間の皺が凄い。俺を見る目もかつて見たことがないレベルで冷たい。
「……クラリス、まだ怒ってる?」
「まだ、というのと、何について仰っているのか……よくわかりませんが」
……怒ってるね。
「もしわたくしを一度置き去りにしたことについて話をしているのならば、聞くまでもないですわ」
にっこり笑ってるけど、めっちゃ怒ってるよね。
「タカユキってバカだから気づかないかな。それ地雷だよ?」
「お、おう」
クルルも未だ怒りを引きずっているからなあ。ああやばい。主導権取るどころじゃない。
「あのー……言いにくいんですが、二人ともどうか聞いて下さいますか?」
「「 ……ふん 」」
怒りは継続中だけど、いいだろう話を聞こうじゃないか、とばかりに二人とも井戸から離れた。こういうところは素直で助かる。ずっとツンツンされてたら俺の心もすぐに折れるに違いないな。それはそれとして。
「女神の偽物が出たって話はしたよな?」
「ルカルーの小屋で会ったんだよね?」
クルルの問い掛けに頷く。
「ああ。あとは妙なことを言っていた」
「世界を救う願いが満ちたとき、世界を壊す願いもまた満ちる……ですね」
クラリスの言葉にクルルが腕を組んだ。
「んー……」
それだけでは足りずにすぐ腕を解いて、両手の人差し指をこめかみに当てる。
「んんん……」
「何か思い当たることでもあるのか?」
「待って。検索中なの」
なに、お前の頭って何かシステムでもはいってんの? インテ●はいってる? うっ(ry
「ん!」
ぴかん、と電球マークでも頭の上に――ううっ、頭が(ry
「そういえば長い長い昔、世界が創造される前のこと。古の……スフレの文献にあったかな。破壊神があらゆる星を壊した可能性があるって」
「破壊神って」
またえらく物騒な名前が出てきたな。
「何もないから女神様はたくさんの世界をお作りになったの。この世界もそう」
「――……そういえば」
クラリスが空を見上げる。今日はあいにくの曇り空だが、月が浮かんでいるのが見える。
「女神と破壊神の戦いは一週間に渡り行われた。隠された歴史として、記録されてはいない、と……城のじいやに聞いたことがあります」
「文献にしても眉唾の情報だらけの、昔の人の世迷いごとレベルだからね。誰も信じてないかな」
「ですが……破壊神、ある意味で死の世界に連なる存在をわたくしたちは知っています」
クラリスの言葉に心臓が鷲掴みにされたような気がして、けれど思わず呟いた。
「コハナか……」
「ええ、死神であるコハナをわたくしたちは知っています。けれど……では死神がどのような存在であるのかを、わたくしたちは……まるで知りません」
俺たちの間に広がる沈黙はあまりにも重すぎた。
「……ねえ、タカユキ。女神様に聞いてみよう? 破壊神のこと」
「そうだな」
悩むよりも行動だ。
「おい! 聞いてるんだろ? 女神!」
空に向かって呼びかけると、光と共に空に女神のバストアップが出てきた。
いつものことながら、あれはいったいどういうシステムなんだ。
「はいはい、女神です。えー、なに? 破壊神だっけ。んー?」
腕を組み空を見上げる女神の眉間に皺が。すごい皺が。
「なんかそういうのがいたような気もするし、いなかったような気もする」
「どっちだよ」
「いたんじゃない?」
「またえらく雑だな、おい! いつものことだけど!」
「まーさ。敵がいないとさ。冒険ってなにすんだって話じゃん。昔の冒険ってのはさ、難所に命がけでいったりさ。いろいろしてたと思うんだけどさ。最近の冒険っていったら、だいたいすっげえ奴倒すじゃん」
「何が言いたい」
「女神もさー。偽物っぽく出られると迷惑なんだよね。風評被害? だから倒して欲しいなあ」
そんな雑談みたいなノリで言われても、とツッコミを入れようと思った時だった。
珍しく女神のそばに女神級の美女たちが出てきたのは。みんなスーツ姿でマイクを持っている。
「え、え、え、え、なに?」
「女神さま、あなたは本物ですか?」「世界を勝手に作った上に勝手に壊してリセット押したのはあなたですか?」「だとしたらこの落とし前、どうつけるつもりですか!」
「ま、ま、まって。え、待って。女神じゃないから。それ女神がやったんじゃないから」
「「「 でも世界は作りましたよね? 」」」
「……え、ええ、まあ、そりゃあ、その、えええ、作ったけど、え? なんで取材会見みたいになってんの?」
三人の美女に厳しい口調で詰め寄られて女神が汗だくになっている。
「天界の人々にいっつも迷惑をかけて、何か思うことはないんですか?」「だいたいあなた、クレジットの限度額いってるって情報がありましたけど、ソシャゲやりすぎじゃないですか?」
「ソシャゲは関係ねーだろ! いいだろ別に、女神がぶっこんでも!」
うわあ、切れてる。女神が切れてる。
「しかしガチャが当たらないと叫び、女神ッターで呟きすぎで天使たちから反感を買っているという情報もありますよ!」「独身なのはなんでなんですか? 男の神をあなたの天界に引き入れないのはどうしてなんですか? あなたは何をお考えなのですか?」
「やめて! わあわあいわないで! 女神のキャパ少ないから! あと独身でも別にいいだろ!」
「いい年してはずかしくないんですか!」「どうなんですか! 答えてくださいよ!」
「もうやめてえええ!」
……なにやってんの。
「おい、おい! こっちの質問に答えろ!」
「待ってタカユキ、お願いだから待って、いま女神いろいろ大変なの」
「見ればわかるけど、半分くらいは身から出たさびでしょ! 大人ならなんとかしなさいよ!」
「うううううう……も、もう知らない! タカユキこそなんとかすればいいでしょー!」
あ、逃げやがった。しょうがねえな。
残った美女三人に話しかけるしかないか。
「あのー……ところで、破壊神について何かご存じじゃないですか?」
「あ……人間だ。未来で女神とえっちしたというのは本当ですか?」「もし本当なら天界を揺るがす大スキャンダルなんですが」「ところでいいモノをお持ちだという噂ですが本当ですか?」
やばい。こっちに取材の手が伸びそう。
「答えないから! しっしっ!」
追い払ったら光と共に美女三人が消えた。
半目で空を見上げていたクルルがぼそっと呟く。
「……役に立たないね」
「いつものことだろ」
肩を竦めた。そうそう、俺の旅ってこういうノリだったわ。
思い出せたこと自体には感謝しよう。ここのところ、いくら自分の国や家族や仲間を奪われたとはいえ……問題解決できる状態には程遠いくらい余裕がなかったからな。
深呼吸をしてから、二人に告げる。
「井戸はよそう。恐らく酷い罠を仕掛けられている。そんな予感がする」
「じゃあ」「どうするのです?」
疑問を口にした二人に笑って、それからエルサレンの街を睨んだ。
「正面突破だ」
「……はあ」
「回り回って一番安直な方法のような気がします」
いいの!
「安直ゆえに裏を掻けるかもしれないし、正攻法は王道だろ」
「それは……」「そうかも……」
俯く二人を促して、正門前へ移動した。
クルルとクラリスのパンツを右腕に巻き付けて、クルルの魔法で重たく大きな扉を吹き飛ばしてもらう。
大勢の狼型の魔物へと姿を変えられた敵が大勢襲いかかってくる――……せいぜいが、その程度だと思っていた。
しかし、
「……冗談だろ」
引きつりながら睨む先にいたのは――……ルカルーであり、ペロリだった。
二人のかつての仲間は瞳を真紅に染めて、身体中に纏った闘気をほとばしらせてこちらを睨んでいた。
とても友好的な雰囲気じゃなさそうだ。
「ど、ど、どどど、どうしようタカユキ!」
「記憶を戻すためには触れる必要がある。俺が相手を――……するしかないよな」
額に汗が滲む。頬へと落ちていくが、動けない。
俺の仲間の中でも特に近接に特化した能力の持ち主が、あの二人だ。
だからこそ、動けない。あの二人を同時に相手にするなんて、無謀すぎて。
「わたくしがルカルーの相手をします」
「クラリス?」
「準備をしてきました。長くは持ちませんから」
お願いします、と訴えるクラリスに頷いた。
汗が地面へと落ちる。
その瞬間に、二人が地面を蹴った。
覚悟を決めろ。考えようによっては好機だ。逃すわけにはいかない――!
つづく。