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第三十二話

 



 各省庁に選出された役人(ただし現状だいたい一人、多くて三人程度)と顔合わせをし、もっと人員を募集しないとだのお金がどうのだのと話し合いを詰めて、やっとひと息ついた時にはルカルーの出産が間近に迫っていた。

 人員不足は深刻で、共和国に集まってくれているみんなの生活を守るためにみんな必死なのな。

 そりゃあクロリアがクラリスと二人で教育コーナーやったりして一肌脱いでくれるわけだ。

 みんな気概をもって働いてくれてる。聞けば人間世界や魔界ではみ出し者だったり色々するみたいなのな。

 たとえば財務省のミリアさん。

 話を聞いてみれば魔界でもお堅い役人をやっていたそうなんだが、淫魔の女子ってのは美人や可愛い子が多いそうで。或いはそう見えるような力があるのか。ともあれ、接待に呼ばれてばかりでろくに望んだ仕事をできなかったそうだ。本当の彼女は数字大好きな普通の地味女子らしい。本人曰く、だけどな。

 祭りの運営に携わってくれてる連中はルーミリアから来た狼のモンチとパンチとソンだ。ルーミリアには定期的に開かれる祭りがあるんだが、どうも伝統を守りすぎるきらいがあって。そういうのが駄目なんだそうだ。こっちは単なる問題児臭がするが、それでもピジョウの祭りを盛り上げるために尽力してくれる奴らである。

 他にもぶわーっと列挙していたらきりがないのだが、そんな連中をクロリアとクラリスがまとめあげて、情報を必要最低限に絞りまくって俺にハンコを求めてくる。それが概ねこの国の現在の仕組みなのである。

 思うに議員だの貴族だの、そういう仕組みがないうちの国は、まだまだ少数過ぎる精鋭……かどうかはわからないけどやる気のある連中で動いている。

 祭りの目玉に人間世界から連れてきた二足歩行型巨大鳥、コハナにいわせるところのチョコ●あるいはセルク●のレースをやるのはどうだ、とか。魔界の放送の変身ヒーローやヒロインのショーをやるのはどうか、とか。議論も盛り上がってきて実によし。

 どんどん話を詰めていくこの状況下で誰かが倒れたら元も子もない。

 だから、実は……今、ちょっと大変なことになっている。


「ああ……うう……」


 よろよろ部屋を出て、食堂へ顔を出す。

 マスクをつけてテーブルに突っ伏した仲間たちがいた。

 そう。揃いも揃って風邪にやられているのである。

 ……地味に窮地か!


 ◆


 ペロリが高熱を出したのがそもそもの切っ掛けだった。

 踊った後に汗も拭かずに疲れて眠ったペロリを発生源に、面倒を見たクルル、クラリスへとうつり、そうなると一緒に働いている俺とクロリアも揃って感染、そんな俺たちの面倒を見るコハナにうつるまで大した時間は掛からなかった。

 ルカルーにうつしたらことだ。ナコには俺たちに接触させずにルカルーの面倒を見てもらっていたのだが……館の中に蔓延する風邪菌に彼女が抗えるわけもなく。


「……金もなければ医者もいない」


 ずず、と鼻を啜りながらテレビをつける。

 誰も飯を作ろうとしない。そんな元気はないのである。

 なので、しばらく待つと――


「旦那、持ってきたぜ。並べるからこれ食ってさっさと寝ちまいな」


 グスタフがわざわざ勇者の胃袋から飯を作って持ってきてくれるのだ。

 至れり尽くせり、そして俺たち実に情けなし。

 頼りになる妻帯者に頭を下げる頼りにならない妻帯者の俺です。


「すまん……ごほっ! ごほっ!」

「マスクしろ。半端な鍛え方はしてないが、うつされたらかなわん」

「申し訳ない……」


 しょぼくれながら、グスタフが配膳してくれたおかゆをみんなで啜る。


「うまい……」「ああ……」「おいしいです……」「ぐすっ……」「うう……」


 さながら死者の食卓ですね。なんつって。言ってる場合か。


「上のお嬢さんにも飯をやってくる。キッチンに皿を片付けるくらいはやってくれよ。午後はうちのかみさんよこすから、なんかあったら言ってくれ」

「すまん」


 もうそれしか出ないよ、言葉が。

 俺の肩を力強く叩いて立ち去るグスタフまじかっこよし……。


「ごめ……ペロリが力使えたらいいんだけど。はくち!」

「へっぷし! ……ずずっ。しょうがねえ、元気がなきゃ使えないってんなら無理すんな」

「午後には、こほっ! こほ……神父様が、いらっしゃるので、それで、」


 ぐずぐずの鼻を布で拭って、コハナがしょぼついた目で俺を見た。


「ちょっと、これは、まずいですね」

「……まさかの風邪で全滅とか」


 あり得ん。

 そっと隣を見たらクルルが頭から突っ伏して寝息を立ててる。お前。せめてもうちょっと食えよ。

 クロリアは一口食べただけで限界がきたのか背もたれに身体を預けて大口を開けていた。口から魂抜け出ていきそうな惚けた顔してんな。

 やれやれだ。


「いっそ、ずずっ……みんなで自爆して生き返った方が、元気になるんじゃないか……」

「この世界で、それは……こほっ! こほ! む、むだです……」


 そうだった……この世界では攻撃されても死んだりしないのだった。


「うう……うううう……こ、こごえます……」


 クラリスは風邪でぐずぐずになった顔を晒さないよう、俺たちに背中を向けて寒さに震えていた。毛布を身体に巻き付けているのにやたら寒そうである。

 唯一まともなのはおかゆをばくばく食べているナコだけど、何も言わないし顔中真っ赤なので話しかけるのも躊躇われる。

 あれだ。ほんと、なんていうか。

 ……風邪には気をつけた方がいいな。

 その後やってきたグスタフの奥さんと神父様の介抱もあり、俺たちは無事に病から立ち直ることに成功したのでした。

 やれやれだ。寒いのでみなさん、身体にはお気を付けて。まじで。




 つづく。

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