第三十一話
なんか一日休んだ気がする。
突っ込んだら怒られそうな気がするので突っ込まないけれども。
それはそれとして。
「せっかく税金の話が出たから説明するぞ」
「今日の授業は政治・経済ですね」
「……ば、ばっちこい」
乗り気の参謀役二人に俺の脳内は既に白旗を振っています。
「……はあ」
「……だめですか?」
返事のない俺の反応を見て、二人がしょぼくれ眉毛に。
いや、ちゃうねん。
「ただちょっと……理解できる自信がないんですが」
「実際何度話してもお前が誰かに税金の話をした形跡が一度もないな」
「う……」
クロリアの鋭い指摘にぐうの音も出ない。
「「 はあ…… 」」
「こうなったら……」
「奥の手を使うしかないか」
そんな俺に二人は揃ってため息を吐くと、お互いにうなずき合った。
そして一度執務室を出て行く。
なんだろう? と思いながらしばらく待つと、二人が揃って戻ってきた。なぜかシャツにぴちっとスカートで眼鏡まで掛けたクラリスと、トラの着ぐるみ姿のクロリアである。
「え。え。え。え。なに? やだ、え? なに? なにがはじまるの?」
こほん、と咳払いをする二人。心なしかクロリアの顔が赤いような。
なに。なに?
「なぜなに!」
「ぜいきん!」
「「 こーなー! 」」
……どうしよう。
「みんなー」
「こんにちはー!」
こ、これはあれだよな。応えないといけないところだよな。
「こ、こんにちは……」
俺の反応にもめげずに続けるようだ。
「クラリスおねえさん、なんでぜいきんがひつようなの?」
クロリアが純真無垢な瞳でクラリスを見ている……!
「うーん、クロリアちゃん。難しい質問だわ。なんでだとおもう?」
「わかんなーい!」
あのクロリアが……!
俺より頭のいいクロリアが身を削っている……!
トラさん着ぐるみを着たクロリアが、俺より馬鹿な振りをしてまで……!
「それはね? 国を運営するためにはお金が必要だからなの」
「えー。国をうんえー? よくわかんなーい!」
ここまで、俺はここまでやらせてしまうのか……!
なんか、ほんと、産まれてきてすみません……!
「たとえばね? 道がないとみんな困っちゃうでしょ?」
「でこぼこの道あるきたくなーい」
背中に両手を回して足を振り回す仕草まで!
しかし拙い喋りになると途端に年相応になるな、お前!
「だからみんなのために国は道をつくるの。でもそうやって、みんなのためになにかするにはお金が必要なの」
「えー。じゃあどうすればいいのー?」
「暮らしてるみんなから決められたお金をもらうのよ。それが税金なの」
「そっかー! でもそれって、どれくらい必要なの?」
「むずかしい質問だわ。たくさんお金をもらったら、できることたくさん増えるよね?」
「でもでも、クロちゃんならお小遣いもらったらお菓子かっちゃうなー」
クロちゃん……! あのクロリアが……!
助けて……! 鳩尾にきついの食らったくらいの衝撃があるぞ……!
「そうなの! 国がみんなからもらったお金をちゃあんと使ってるのか、みんなに知ってもらう必要があるの! でもちょっとむつかしいから、続きはまた今度ね?」
「うん、わかったー!」
「じゃあ、またねー!」
「ばいばーい」
俺にぶんぶん手を振って、二人が退場する。気のせいだろうか、クロリアの目元が輝いて見えるのは。
ど、どうしよう。とりあえず拍手するか。あれだけクロリアが身を削ったんだから、その気持ちに応えなきゃな。
「ま、またな!」
ぱたん、と扉が閉まる。
そっと頭を抱えた。
……俺は幼児向け番組で解説されるほど駄目か。そうか。そうだな。ずっと触れてこなかったもんな。うん。うん。
「ちゃんと仕事しよう」
クルルに働けなんて思っている場合じゃないぞ、俺。
そっと扉が開いて、耳まで真っ赤になったクロリアがクラリスと二人で戻ってきた。
とりあえずサムアップしながらクロリアに言ったよ。
「ぐっじょぶ! すげえわかりやすかったし可愛かったぞ!」
「全部お前のせいだろうが!」
違いない!
◆
それから数日を掛けてなぜなに税金コーナーで学習を終えた俺は、眼鏡の美人の悪魔と顔をつきあわせていた。
地味なスーツ姿なのだが、それでも妙に色気を放つのは彼女が淫魔だからだろうか。それとも彼女のスタイルが地味なスーツ越しでもわかるくらい抜群にいいからか。
けれど気を取られている場合でもない。
「財務省のミリアです。あなたへの謁見を切に願っていましたが、やっと実現が叶ってほっとしております」
ミリアさん、真顔。
「これまではクロリア様が窓口になっていらっしゃいましたが、今日からタカユキ様にお話を伺う形でも?」
「構わない。もちろん私は同席するが」
「かしこまりました。それではまず資料をご覧ください」
一切、和やかムードなし。
執務室の椅子で強ばる身体をなだめながら、机の上にあるファイルを開く。
一度クロリアに投げつけられた資料だ。赤字だらけのやつな。
数字一つ一つの意味を理解しようとすると意識が飛びそうになる俺の背中を、そばについているクロリアがつねっている。全力で。
「まず一つ一つご説明いたしますと――……」
どうしよう。これは長くなりそうだぞ……。がんばれ、俺!
◆
夜までかかりました。
話したかった、という言葉に嘘はないのか、ピジョウ共和国の税制について説明を終えたミリアさんはコハナの煎れてくれたお茶を飲んで、つやつやの顔で帰っていったよ。
しかし……気が重くなるな。
「忘れないうちに復習するぞ」
「えええ」
「いいから説明してみろ。ピジョウ共和国の税金は何種類ある」
「えっと」
ミリアさんのしてくれた会話を思い返す。
「消費税、関税、所得税と住民税……はまだ年度末じゃないから徴収してなくて。あと法人税?」
「……それだけでも覚えていればまだマシか」
長々と吐き出すクロリアのため息の重さな。
「間接税はどれだ?」
「消費税……」
そっとクロリアの顔を見たらまなじりがあがっている。やばい。えっと。うーん! と!
「あ、あと関税か?」
「……今日の成果が少しはあったようで良かったよ」
椅子に腰掛けたクロリアが俺を睨む。
「で、さっきのミリアの役割はわかるか?」
「税金の管理、運営、監査が目的?」
「細かく言えばキリないけど、何もわかってない頃のお前と比べたらだいぶマシだな……今日はもうあがっていいぞ」
「……お、おう」
立ち上がる。身体が強ばってしょうがない。これなら切った張ったをしていた方がよほどマシだ。
「戦ってる方が楽みたいな顔しやがって」
「う……」
すかさず図星を突いてくるあたり、お見通しだな。
「他にも国の法に基づいて設立した省庁がある。まあ……魔界はおろか、人間世界に比べてもまだまだ発展途上だけどな」
「え、ええと」
嫌な予感しかしない。
「もちろん、覚えてもらうまで教えるからな」
「……あのコーナー続けるの?」
「こっちだってやりたいわけじゃない! お前があそこまでしないと覚えないのが! 悪い! ほんと! 悪いから!」
ふうう、と殺気をみなぎらせる元魔王。怒りを買うのは得策ではない。
なにより、
「助かってるよ」
これは本音だった。
「……ふん。今日はもういい、さっさといけ。飯がまだだろ?」
「お前は食べないのか?」
「色々あるんだ、私止まりの仕事が山積みで……」
ちょっと心に刺さる言葉にすぐクロリアは顔をあげて微笑んだ。
「お前のせいじゃないぞ? 今日の機会はなるべく早くもちたかったから確かに仕事は後ろ倒しになったが、成果はあった。よくがんばったよ、お前なりに」
「……悪い」
「いいんだ。前にも言っただろ? 出来る奴に仕事を回すのがお前の仕事なの。そして決断もな。今はゆっくり休んで明日に備えてもらわないと。お前の健康管理は国にとっても重要なんだから」
さあいけ、と言ってすぐに手元にある資料を広げて目を通す彼女に内心で呟く。
ほんと、助かってるよ。
「じゃあ飯もってくるから、待ってろ」
「……ん?」
「クロリアの健康も大事だ。国にとってってよりは、俺にとってな」
「……ばか。さっさといけ」
手で追い払われたけど、部屋を出る間際に俺は確かに見たよ。
クロリアの口元は嬉しそうに緩んでいたのを。
つづく。




