第三十話
俺はリズミカルにクルルに後頭部をはたかれていた。
「この! この! 日替わりで盛って何が楽しいの! このえっち! すけべ! さいてー!」
「あう! あう!」
ルナまで一緒になって楽しそうに俺の後頭部を叩くんだから困る。
クルルはまだ手加減してくれているけど、ルナはな。小さいから容赦がない。
「……ふう! 遅刻したタカユキへの罰はこれで終わりにするとして」
最後にぺちんと叩いてから、クルルが会議室の黒板の前に移動した。
きりっとした顔で黒板を叩く。
どうでもいいけど叩いてばっかりだな、今日のお前。
「今日は提案があります!」
「なんだ」「どのようなご提案でしょう」
めんどくさそうなクロリアと小首を傾げるクラリスの温度差にもめげず、クルルが指を鳴らした。チョークが一人で浮かび上がってさらさらと文字を記す。曰く、
『共和国にもテレビ局を作ろう』
です。
「毎日暇を見てはテレビを見ていて思ったの!」
働け!
「私たちもテレビをやるべきだって!」
「いや……うん。そうか。うん。なるほど」
頭痛がするがクルルの思考が読めた。
みんなしてあきれ果てた顔でクルルを見る。
「「「「「「 要するに、見ている間にやってみたくなったと 」」」」」」
「み、みんなしてツッコミ入れなくても!」
慌てふためくクルルからクロリアに視線を向ける。
「実現できるか?」
「あのな。利点とか色々詰めなきゃこういうのは話が進まないんだ」
「それで?」
「……費用が掛かるし維持できない。作ってすぐに潰れるのが落ちだ」
そんなー! と悲しみの雄叫びをあげるクルルにルナがきゃっきゃとはしゃぐ。
楽しそうでいいな……なんて考えている場合でもないな。
「共和国に放送ネットワークができるのは、情報共有の意味でも利点があるんじゃないか?」
「はあ……」
俺の問い掛けにクロリアは長々とため息を吐いた。
「いいか? 国営放送にするにしても民間企業の放送にするとしても、お金がかかるんだ。そもそも次の祭りの費用だって捻出できるか怪しいっていうのに」
「え!? そうなの!?」
俺が思わず立ち上がると、そばにいたクラリスが苦笑いを浮かべて俺を席にそっと押し戻す。
「財政状況が芳しいとは言えません」
「そもそもお前、税金の話とか一度たりとも聞いたことがなかっただろ!」
「いって!」
ひゅん! とクロリアが投げたファイルが俺の眉間に命中した。
テーブルに落ちたファイルを広げてみる。書いてある数字が見事にぜんぶ真っ赤っかな。
お金、お金。結局そこが俺たちの壁になるわけか……。
「だから目玉が必要なんだ。人を集めてお金を入れないとすぐに破綻するぞ」
「突然の危機!」
「お前が仕事でてんぱって頭に入ってなかっただけだ。毎日クラリスとさんざん話したのに忘れやがって」
「おう……」
それは申し訳ない……。
「しょうがないよ、タカユキばかだもん」
「おいこの! この! お前には言われたくないぞ!」
クルルのツッコミに思わず言い返すけど、彼女は腰に両手を当ててどや顔で俺を見返してきた。
「ふふん。そこはほら、天才魔法使いのクルルさまですから。ちゃあんと運営可能な用意をしてきたよ」
再び指を鳴らしてチョークに自動書記をやらせる。
クルルが書かせたのは、こないだ勇者の胃袋をレポートしてくれたテレビ局の名前と契約プランが記載されていた。
具体的な数字が書いてあるんだが、俺には意味がさっぱりわからない。
ゼロの桁がすごい高いことくらいしか……あれ……俺……ばかなの……?
「どう? どう? お金ももらえてテレビ局も入るんだって! もうこれっきゃないよね!」
きらきら輝く顔で力説するクルルをよそに、クラリスとクロリア、それにルカルーまでもが渋い顔で俯く。
「どうした?」
「……話がうますぎる」
「うん。ルカルーはなしだと思う」
えっ!? とショックを受けた顔を晒すクルルだが、
「そうですねえ……」
クラリスも渋い顔だった。
何がいけないのかさっぱりわからないんだが。
「こちらが出資できない、ということは、こちらが口出しをできないということです」
……まあ、それならわからないでもない。
金も出さないでなに偉そうなこといってんの? と突っぱねられたら何も言い返せないのだ。
「そうなると、たとえば共和国にとって困る放送を流されても何も手出しできなくなります」
それはさすがに困る、というクラリスの論調にみるみるクルルが萎んでいく。
まあ、でも、これは……しょうがないな。
「ああ……憧れの役者とのツーショットがあ」
ろくでもないこと考えてるな、クルル! ミーハーか!
「テレビを見ていてルカルー思った。必ずしも国に利益のある番組ばかりじゃない」
見かねたルカルーの援護射撃にクルルの目が輝く。
「ほ、ほら! 考えてみる価値はあるんじゃないの?」
「あれに政府が困ってないとでも思ったか。コントロールに気を遣うんだ」
けど元魔王はにべもない。
みるみるうちにしょぼくれるクルルを横目に、クロリアが手を叩く。
「では、本日の朝の会議は以上だ。それぞれ持ち場へ」
さあ働くぞ、と席を立つ仲間たちを横目にクルルへと歩み寄って、そっと肩に触れる。
「元気だせよ」
「っ」
タカユキぃいいいい、としがみつくクルルの頭を撫でながら、俺は窓の外から差し込む日差しを眺めた。
平和です。なによりです。ただちょっとばかり……日差しが目に染みます。
つづく。




