第三話
しっかし、まあなんだな。
クルルの両親とクラリスに触れて記憶を戻してもらった。泣き崩れるクラリスをなんとかなだめて旅立ったさ。
目的地の村へ向かったのはいい。
魔物を片っ端から斬って斬って、魔界へ送り返してやっとの思いで村に辿り着いた時には全身がくたびれていた。だが、それもいい。
待ち受けているのは、最初の旅と同じなら狼と化したスフレの民たちだ。
しかし。
「どういうわけだ?」
村人連中が全員、普通に過ごしていたのはどういう理由なんだ?
魔法を使わせずについてきてもらったクルルもまた、冷静に周囲を見渡して首を傾げる。
「わからないかな……ルカルーはこの村に来てないのかも」
「待て……なあ、おい!」
家の前にたむろしている子供たちに手招きをした。
集まってくる猫耳の子供たちに尋ねる。
「狼のお姉さんがこのあたりに引っ越してこなかったか?」
「お前しってるー?」「しらねー」「きいたこともねー」
はなたれ坊主たちの言葉に俺とクルルは思わず顔を見合わせた。
「……いきなり予定と違うんだが」
「今夜はここに泊まることにして、探査してみる?」
「いや、ここで魔法を使う理由が――相手から見た理由が何もない。襲われているはずの村の調査の範囲から出ないなら、それはすべきじゃない」
肩を竦めた。
「泊まろう。夜まで様子を見る」
「……いいの?」
思わず叫び出しそうな気持ちをぐっと堪えて、絞り出す。
「失いたくない。誰も。絶対に」
「あ――……う、ん」
頷くクルルを連れて早急に宿を取った。
浮かない顔でいるクルルを宿で待たせて、あちこちで尋ねる。
村に異変はなかったか。だが、みんな口を揃えていった。
何も起きていない。
……どういうことだ? クルルは、クラリスは……この村がおかしいって、そう伝えてきた。
なのに何も起きていない? そんなことがあるのか?
それともルーミリアの港町の時と同じで、夜に変貌するのか?
宿に戻った俺をクルルが不安げな顔で見上げてきた。
「ね、ねえタカユキ。なんか、その……あのね? ちょっと、話が――」
「小屋へ向かう。闇に乗じて確かめてくる」
「じゃあ一緒に――」
「だめだ。敵が何をしてくるかわからないから、お前はここにいろ」
「待って! ねえ、なんとかしなきゃいけないのはわかるけど、今のタカユキはなんか――」
言いつのるクルルを片手で制して、
「行ってくる、待ってろ」
俺は走りだした。
女神にもらった力の使い方は覚えている。
当然、使う。頭の上から、ケツから何か力を感じはするが、どうでもいい。
獣になって駆ける。二本足じゃ遅い。足りないから、四本足で。
なるほど、身体に満ちる全能感はちょっと並みじゃない。
ああ、本当に戻れなくなるな。戻れなくなる。いいさ。戻るつもりなんてとうの昔に失せている。獣にならなきゃ何もできないなら、なればいい。
森の中を駆け抜けて、小屋へと辿り着いた。
荒い呼吸を繰り返しながら扉を開き、中を覗く。
もぬけの空だ。誰かがいた気配もない。
「いないよお。いない」
ふり返る。女神の声がしたからだ。
すると眼前に顔があった。
間違いなく女神の顔なのに、邪悪に歪んだ笑みと赤い瞳はあの女神のものじゃない。
「ここには狼なんていないんだよ」
咄嗟に首を掴んで引き倒す。
「いたあい……あはははははは!」
「誰だ」
「あはははははは! あはあ、あはあ……はは。女神だよお」
一度引き起こして、全力で地面に叩きつける。
「もう一度聞く……お前は、誰だ!」
「前に見ただろお? リセット押す前にさあ! 世界を救う願いが満ちた時、同時に世界を壊す願いもまた満ちる……くふふふ!」
掴んでいた手から先が溶けて、ぐずぐずになって――……地面に吸いこまれて消えた。
「――……ウサギはどうなるかな」
鳥肌が立った。
急いで走る。全力で、ただただがむしゃらに走り抜ける。
村へと戻った時、目にしたものを見て総毛だった。
「嘘だろ」
狼になった村人たちが群がっている。
光の箱。ひび割れ今にも砕けそうな箱の中に誰がいるのか、考えるまでもない。
「――……!」
どんな声を出したのかさえわからない。
ただ夢中で狼を引きはがし、投げ飛ばし続けた。
箱の中で着衣を乱され、涙をこらえて身体を震わせているクルルを抱いて逃げる。
逃げることしかできなかった。
◆
村から離れる俺たちを追い掛けてくる狼をちぎるくらいにがむしゃらに走って、やっと二人きりになった。
クルルはずっと泣いていた。
立ち止まってすぐに俺を突き飛ばして離れ、着衣を直して身体を抱いて崩れ落ちる。
「……わるい」
手を伸ばすことさえ躊躇う。
「――……急に、襲われて、倒しちゃう、わけにも、いかなくて……で、逃げた、けど、追われて、服、めちゃくちゃに、されて」
「ああ」
「タカユキ、いないから……いないから!」
殴られた。痛くない。力なんてまるで入ってなかった。
屈む。手を差し伸べたけれどはね除けられた。そしてすぐに抱きついてきた。
今度は凄い力だった。
「なんで、なんで置いてくの……!」
「悪い……悪かった」
「どんな時でも一緒じゃないの!? やり直したから指輪はなくなっちゃったけど、でも、でも!」
揺さぶられる。
「……ああ、そうだな。結婚していた。なのに離れたのは俺だ……悪かった」
「私、危なかったんだよ? 無事だったけど、でも……危なかったんだよ?」
「……そうだな」
ちゃんとしてよ、旦那でしょ? と絞り出された声が一番堪えた。
「一緒にいるの。だから、これまでも、これからも、ずっと一緒にいるの!」
肩を掴んで俺を見る目は明らかに怒っていた。
「クラリス様を呼ぶ。カナティア様の協力も得る! みんなで乗り切るの! タカユキ一人じゃなく、みんなで!」
叩きつけられるような言葉に一瞬、口を開いたけどすぐに閉じた。
頷く。
「……そうだな」
「だからルカルーだって一緒に探すの! いい!? わかった!? 一緒にだからね!」
「ああ」
「じゃあ、さっさと村のみんなを救って!」
ぐっと押しつけられたパンツを握る。
「ただし片腕に私を抱いていくの! 離したら一生ゆるさないから!」
いやいや。それめっちゃハードルあがってますよ、と思ったけど。
怒りすぎて無茶苦茶なことを言うクルルがあんまり可愛すぎて、そんな彼女を一人にした自分が許せなかったから頷く。
「わかった。じゃあ……めいっぱい、しがみついててくれ。俺がもう二度と、馬鹿な真似をせずに済むように」
「当然だよ!」
怒って頬を膨らませて、しがみついてくる彼女をまずは離さない。
その上ですべきことをする。
あの悪意と立ち向かうために、全力で。
一人でいてしくじった俺はもう、ヘマはできない。
一人でだめなら、みんなで。
思えばずっとそうしてきた。てんぱって、一番そばにいるクルルさえ見えなくなっているようじゃ何もできない。
「いくぞ。全力で飛ばす」
「わかったかな!」
走れ。少しでも早く。間に合うように。
守るべき仲間にこの手が届くように。
ただ、少しでも早く走れ。
つづく。