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第十八話

 



 領主の館、執務室。

 俺とクラリス、クロリアのいる部屋に一人の来客がいた。

 コルリだ。

 バグのいる虫かごを手にした天使は第一声、こう言った。


「今回は天界の不始末で迷惑をかけ、本当にすまなかった」


 頭を下げたのだ。

 あわててクラリスが取りなすが、クロリアは警戒を解いていない。


「人間世界を狙うかつての魔界と違い、天界は基本的に安寧を求める。だから魔界が荒れて人間世界が攻められた時に勇者を召喚するし、そうでなければ見守るのみだ」


 遠回しに、それは。


「にも関わらず、今回は本来世界を守るべき天界がその法を乱した。由々しき事態だ」


 責めていた。迷惑を掛けるな、と。するべき仕事は破壊ではなく守ることだろう、と。なのにそれを怠った責任をどう取るのかと、クロリアは訴えていた。


「事情を説明しろ」


 けれど石を投げるだけではないのが、彼女の彼女たる所以なのかもしれない。


「すまないね」


 楽器を背負った彼女は近づいてきて、虫かごを机にそっと置いた。

 見れば黒い粘液質な物体に目玉が二つ生えているバグがいる。俺たちの視線を受けても構わず、籠に何度も体当たりをしていた。けれどぶつかる寸前に光の障壁が産まれて、バグは何度もはじき飛ばされていた。

 じゃあ大丈夫じゃん、と思いたいのだが、光の障壁に黒い染みが広がるのがなんとも不気味である。その染みはすぅっと消えてしまうのだが。


「なにしてるんだ? こいつ」


 俺の問い掛けにコルリは長々とため息を吐いた。


「こんなナリでも一応、破壊神だからさ。女神の力で守られた虫かごに侵食して穴を開けて外に出ようとするんだ」

「……それは、じゃあ。出たら?」

「今回のような事件が起きる。大昔、女神がその力を極限まで奪い、こうして捕まえたけどね。女神が力を使いすぎると、その反動なのか破壊神の力が強まるんだ」


 俺たちは思わず顔を見合わせた。


「じゃあ、この世界を作ったのはまずかったのでは?」


 女神はかなりの力を使ったはずだ。何せ新しく世界を創造したのだから。


「ああ。それが原因だと言っても過言じゃない」


 コルリが頷いた瞬間だった。

 う、とクロリアの顔が苦い物へと変わる。


「おかげで彼女はこっぴどく叱られた。今回の一件でさらにこっぴどく叱られてもいる……想像できるだろ?」


 まあ。そりゃあ。

 酷い目に遭いましたし。新しく出来た世界が消えて、リセットうんたらかんたらっていう事態になった原因を作ったんだから……叱られるだろ。いい具合に、いい大人が叱られるだろう。


「あなた」


 クラリスの訴えるような視線に咳払いをする。

 わかってるって。皆まで言うな。クロリアが居心地悪そうに顔を背けているが、その理由は考えるまでもない。


「新しい世界を作れ、なんて無茶な願いをしたのはこちらの方だ。叶えた行為がたとえ女神の責任によるものだとしても……彼女が行動に移す切っ掛けはこちらにある以上、そちらを責められない」


 言い終えて、これでいいかな? とクラリスを見たら微笑んでいた。

 よしよし。妻の願いは叶えられたっぽいぞ。

 俺、亭主と領主をきちんとやってるなあ……なんて考えている場合じゃないな。


「とはいえ、同じような出来事が今後も起きるのは困る。対策は考えてあるのか?」

「宇宙に放逐しても迷惑を掛けるだけだし、封印しても破壊神だからいずれは蘇るし、そもそも殺せない。力を与えたらろくでもないことになるのは目に見えている」


 列挙されていく理由の数が増える前に片手で制した。


「待った。対応策があるなら最初に言うはず。それを言わないってことは……つまり、ないのか?」

「……残念ながら」


 肩を竦めるコルリに思わず背もたれに身体を預けた。しんどいなあ。もたれかからずにはいられないわ。天界の神々に思いつかないってんなら、人間なんかに思いつくかって話で。


「あればとうの昔に対処されているだろ。今の状態が天界にとっての最善手だ」


 クロリアも渋い顔で指摘してくる。

 ううん。


「なあ、コルリ。虫かごから出たら、こいつはまた女神の姿になって好き放題すんのか?」

「それなんですが……そもそもなぜ女神の姿になるのでしょう? 出生に関わりがあるのでしょうか?」

「さあね。どういうわけか、女神の姿にいたくご執心でね。それに何かを壊さずにはいられないみたいで……本当に迷惑なんだよね」


 クラリスの問い掛けにコルリは何とも言えない顔だ。

 天界においても謎だらけすぎるだろ。大変だな。人ごとのように考えている場合でもないけども。


「まあとにかくそういうわけだ。女神が力を過大に使わない限り、こいつが悪さをすることは二度とない。だから――」

「俺たちも無茶なお願いを女神にするのは控えるべき、か」

「そういうことだ。よろしくね」


 コルリが立ち去っていく。

 どうせならあの虫をどうにかして引き込む術が見つかればいいんだが。


「そうほいほい思いついたりはしないなあ。あれ、どうするべきだと思う?」

「籠に入れておけばいいだろ。また出番を減らされるのはかなわん」


 クロリア、メタ過ぎるからやめて!


「でも、あんな中に閉じ込められたら……ますますひねくれちゃいますよね」


 のほほんとした顔で言うクラリスはある意味すごい。破壊神の立場になって考えるとか、お前なんなの? 王の資質なの?

 ほんとそれな。確かに言えてるわ。


「自業自得だろ」


 クロリアは容赦がない。さすがは元魔王。


「世の中、味方がいれば敵がいるんだ。群れがいれば勢力は分かれる。それはどんどん細分化して、やがて個になる。言うなれば、あれは個であると同時に、この世界にとっての敵対勢力そのものなんだぞ」

「そういうのがお祭りの陣取り合戦の敵になったら、いかにも盛り上がりそうですね」

「……お前な」


 クラリスの明るい声にクロリアが肩を落とす。


「あれだけの目に遭わされて、憎くないのか! この世界だけじゃない、危うくルナとレオさえ失うところだったんだぞ!」

「でも、タカユキさまがなんとかしてくださいました」

「だからって、危ないことには違いない! そんなの、閉じ込めといた方が良いだろ!」

「何かが起きても、きっとまた何とかしてくださいますよ」

「な、んな、お前の、その、なんなの! 前向き過ぎるだろ!」

「クロリアは現実主義なので、いいバランスです」

「くっ……あながち当たっているから言い返せない……っ!」


 クロリアとクラリスの掛け合いがまるで子供のケンカみたいになってきたな。

 実にほほえましい。

 でもそろそろ割って入らないと、クロリアじゃないけど俺の出番がなくなっちゃう。


「まあ……クラリスの言うとおり、もし選手にできれば案外いい悪役になってくれそうだな。その手段が思いつかない限りは、検討案止まりだが」

「ほらみろ」

「でも検討段階には入りましたよ?」

「うぐっ」


 いやだから。二人で掛け合いしないで。

 俺の出番がなくなっちゃうでしょ!




 つづく。

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