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第十四話

 



 コハナが用意してくれた赤ん坊を寝かせるための柔らかい布を敷き詰めた籠にルナとレオを寝かせる。部屋の入り口そばのテーブルに籠を置いて眺めた。窓際だとすきま風が気になるからな。


「すう……んん」「うー……」


 うめき声をあげるレオが危険信号。そっと籠を揺らすと顔をしわくちゃにしてから、ふっと脱力して安眠モードへ戻った。

 ルナは健やかに寝ている。よしよし。

 ベッドでは嫁二人が疲れ切った顔で寝ていた。俺も寝たいところだが、夜のぎゃん泣きで起こされるストレスはちょっと尋常じゃない。

 苛々しながら起きて顔を合わせると、人って簡単にケンカができるのな。

 共和国時代にそれは身をもって知っている。一人だけでも大変なのに俺には嫁が二人もいるからな。

 馬車を手配することを前提に、こうして世話を見るのはそう悪いことじゃない。

 ルカルーもご懐妊状態だったんだけど、あいつは戻らないな。なのに不安も不満も口に出さないのはあいつの強さか、それとも弱さなのか。

 案外どこかに、レオとルナのように眠っているのか? はたまた世界を元通りにしたらあいつのお腹も元通りになるのだろうか。

 どちらにせよやるべきことは山積みだ。

 気が重たい状況下で、我が子二人の寝顔を見るのは至福以外の何物でもない。

 戻ってきてくれてよかった。

 仲良く健やかに育って欲しい。そのためにも、あの世界を取り戻したい。あそこは理想郷だったし、幸せになろうという気持ちに溢れたところだった。

 育てるならあそこがいい。


「ん、ぁ……う、あ、あ、」


 ルナが突然声をあげ始めた。あわてて抱き上げる。匂いを嗅いでもうんち臭なし。確認したけどおむつ戦線、異常なしであります。

 お腹がすいたか、それとも眠たいけどうまく眠れなくてぐずってるのか。

 もぞもぞと起き上がったクルルが何も言わずに俺に両手を差し伸べてきた。

 そっとルナを渡すと、躊躇いもせずに寝巻きの裾をめくっておっぱいを露出。ルナに近づける。けれどルナは吸う気配なし。


「んー」


 眠たそうに呻きながら、それでも寝巻きを戻してルナを抱いて歩き始めるクルル。夢うつつ、寝ぼけたクルルは、それでもふらふらとあやしながら歩く。

 反射的な行動にしか見えねえなあ。最初は壁にぶつかったり起き上がれなかったりしてたし。

 ぐずりながらも母親の匂いとよたよた歩きのあやしでルナの機嫌が直っていく。

 ベッドに腰掛けてうつらうつらするクルルを見ていたらはらはらするな。

 結局ルナと二人そろって寝息を立てるんだから、なんというべきか。

 ルナの機嫌が悪くならないようにそっと抱き上げて、籠へと戻す。

 涎を垂らしてガチ寝しているクルルをベッドに寝かせてひと息ついたところで、おならの音がした。見ればレオがすっきりした顔でいる。

 匂いがまた臭い。離乳食を始めて久しいからな。しょうがない。っていうかこいつ、うんちしてないだろうな?

 そっと確かめたけれど、うんちの痕跡なし。


「う、う……」


 けど隣にいるルナが顔を顰め始めた。あわててルナの籠を持って離れる。

 忙しい。このまま朝までっていうのは、なかなかハードだ。

 だからかな。

 ノックの音がして、寝巻き姿のコハナとルカルーがやってきた。


「代わります」「勉強させてくれ」


 二人が近づいてきて、籠の中にいる赤ん坊二人を見つめた。


「パンチのある匂いがしますね」

「すまん。レオがおならした」

「昨日はうんちしましたっけ?」

「ああ。便秘じゃないと思う」


 コハナと話しながらそっとルカルーの顔を見た。

 クルルとクラリスほどではないけれど、それでも優しい顔でルナとレオを見つめている。


「取り戻すからな。お前の子も」


 気づいたらそう言っていた。


「――……がう」


 小さく頷いて、目を伏せる。

 深呼吸をした彼女はコハナと目配せして、それから俺に言ったよ。


「二人の世話、代わる。おやすみ……タカユキ」


 おやすみなさい、と続くコハナに頷き、ルカルーの背にそっと触れてから俺は寝室へ移動した。

 気持ちよさそうに寝ているペロリの布団を直して、ベッドに倒れ込む。

 瞬きしたときにはもう朝だった。

 勇者業、父親業。

 どちらも大変だし疲れはするが、いい。

 痛む身体をなだめながら上半身を起こすと、着替えを済ませたペロリがベッドに腰掛けて俺を見つめていた。


「な、なに」

「ねがお。かわいいなあって」


 お前そういう不意打ちやめて。きゅんとくる。


「あさごはん、できてるって」


 離れていくペロリを見送ってから、乱れた髪を片手で撫でつけて息を吐く。

 俺たちが失ってきたものは戻ってきつつある。こんな朝の何気ない風景もその一つだ。

 壁の向こう側から赤ん坊の泣き声が二人分聞こえてきた。

 元気出していこう。何が来ようとも、なんとかしてみせるさ。


 ◆


 それは宿の食堂で飯を食べていた時だった。

 血相を変えた街人が駆け込んできて叫んだのだ。


「お、おかしな魔物たちが一斉にこっちに来てる!」


 顔を見合わせた俺たちは急いで街の外へ出た。

 すると、どうだ。

 くさった死体が群れを成してこちらに向かってくるではないか。

 ――……その中には骸骨だけになった奴もちらほらと。それだけじゃない。


「お、おにいちゃん、あれ――」


 ペロリが指差す一体の死体が着ている服、それは二回目の旅で勇者の墓で手に入れた服だった。


「……強敵ですよ」


 死神の鎌を取り出したコハナが厳しい顔つきで腐った死体を睨み、宣告した。


「あれはかつての勇者たちのなれの果てですから」




 つづく。

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