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第十三話

 



 嫁二人が機械を離そうとしない。

 真顔でぽちぽちぽちぽち操作して、機械の中に引っ込んだ我が子に語りかけている。


「もう。ご機嫌を直すための手段がどうしていつもパンツなのです? レオ、もっといろんなことに興味を、たとえばわたくしの好きな歌を、レオ? レオ!?」

「ルナ? ねえルナってば? ちょっと、もしもしー? くっ……イケメンが呼びかけたらすぐにふり返るくせにこの子は……っ!」


 順風満帆とはいかないようだな。やれやれ。

 船はルーミリア帝国の港についた。

 のっけから魔物に変わった村人の手厚い歓迎を受けながらルカルーと協力してこれを退治。

 その日は宿に泊まって休みを取ることになった。

 クルルとクラリスが機械から出した子供をあやしてコハナが世話の手伝いに駆けずりこむ中で、俺は街の安全を確かめる意味でもルカルーとペロリと歩いていた。

 踊るように飛び跳ねて回るペロリの機嫌はいい。

 レオとルナが戻ってきたからかもしれない。本当に? 本当にそれだけか?


「タカユキ、ルカルーは高いところから見てくる」


 そっちは任せた、と委ねてくるルカルーはひょっとしたら気を利かせてくれたのかもしれない。いつだって控えめなやつだ。


「ペロリ」


 呼びかける。けれど彼女は止まらない。

 ご機嫌に飛び跳ね続ける。もはや間違いない。彼女は踊っている。

 勢いよく動いて、そのまま俺の腕の中に飛び込んできた。


「おっと……ご機嫌だな」

「ふふー」


 嬉しそうに笑うペロリの腰を抱く。


「おにいちゃん。ゆっくりと、だけどかくじつに、いろんなものをとりもどせてる」

「そうだな」


 お前のしゃべりは最初の旅の頃に逆戻りしたままだけど。可愛いからいいぞ。


「ナコおねえちゃんやクロリアも、もどってくるよね?」

「当たり前だ」


 女神の言葉からすると、どういう形で敵に回ってくるかは正直さっぱりわからないけどな。

 予測を立てるとしたら、それはろくでもない形での再会になりそうだってことくらいだ。

 それでも、俺たちは取り戻す。それはもはや俺たちの中での達成目標だ。

 どんな形の機会であろうとも決して逃す気はない。


「おにいちゃん、やくそくまもってくれる……しんじてるの」

「おう」

「……さいしょのたびから、ずっと……おもっている。ねがっているの。いつかくるみらいを」


 呼びかけようとしたけれど、ペロリの焦がれるような視線に何も言えなくなった。


「とうぶん、ペロリにはなにもしてくれないとおもうけど。まってるからね? なくされちゃったみらいがもどってくるのも……ペロリをしあわせにしてくれるのも」


 それを言いたかったのだろう。

 満足して微笑んだ彼女はそっと背伸びをして俺の頬に口づけて離れていく。

 困ったな。子供だと思っても、どんどん手の内から離れて大人になっていく。

 子供に戻ったはずなのに、どうだ。とても幼く見えない。まあ口調は相変わらずだけど、それはそれだ。

 巡回を終えて宿に戻るまでの間、二人で歩いたけれど俺のそばにいる少女のご機嫌っぷりはどこまでも眩しかったよ。


 ◆


 部屋に戻るとクルルとクラリスがルナとレオにお乳をあげていた。

 出るのか、お乳。元々の時間軸に戻す力のおかげか。

 共和国では見慣れた光景だが、久しぶりに見るとさすがにちょっと驚くな。

 ベッドにいる二人を見ながら椅子に腰掛ける。

 すぐにやってきたコハナがくれたお茶を飲んで、ひと息ついた。


「……どうなさいますか? お眠りならベッドの用意をいたしますが」

「わかってるくせに」


 お茶のコップを両手で持ちながら微笑み、嫁二人を眺める。


「嫁二人が寝たら、赤ん坊の世話をする。どうせ深夜にはむずがって起きるから」

「昼は大きな海蛇退治、夜は夜泣きの世話ですか。勇者の仕事って、いろいろあるんですね?」


 からかうように笑って立ち去るコハナの背を見送っていると、クルルとクラリスがこちらを見ていた。


「思うんだけど……子煩悩なのはいいよ? いいけど、母二人の前で父が他の女子といい雰囲気なのはどうかと思うの」

「……お乳あげてる時にそれはちょっと」


 ですね。ですよね。


「だう!」


 レオが声を上げてクラリスの綺麗なたわわにぺちぺちと叩いた。

 そっと衣服を直すクラリスに抱かれながら、レオが必死に何かを探す。

 わかってますよ、こいつめ。


「クルルのパンツですよー」


 巡回のために借りておいた布を渡すとレオがぶんぶん振り回して笑顔になった。

 ご機嫌だ。女子のパンツを握って喜ぶ赤ん坊がいる。俺の子だ。


「……いつ見ても複雑です」


 クラリスの横でクルルも苦笑いだ。


「タカユキに似たよね、絶対」

「おい」


 否定できないけれども! おい!


「あうー」


 うなり声をあげるルナの声に顔を向けると、渋い顔をして手足をばたつかせている。


「ルナさま? どうしたのかなー?」


 こしょこしょこしょー、と耳元をくすぐるクルルにルナの顔がますます渋くなる。


「あれえ? タカユキがやるといっつも喜ぶのに、なんでママだとだめなの?」


 納得いかない、という顔をするクルルにルナの顔がどんどん歪んでいく。やばい。

 あわてて手を広げてクルルが囁くと、ルナの身体がふんわりと浮かぶ。

 それだけでルナが笑顔になってきゃっきゃとはしゃいだ。


「はあ……これやるの地味に疲れるんだぞー?」


 クルルのしんどそうな声にも構わずルナは嬉しそうだ。

 俺たち全員が見つめる視線に耐えかねて、クルルが根を上げたように項垂れる。


「ええ、ええ……お察しの通り私が子供の頃もこうでしたよ」


 苦労しそうだな……。

 レオはパンツに、そして……どうやらルナは魔法に興味津々のようだ。




 つづく。

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