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流星の夜  作者: 皐月 満
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仕立て屋風見鶏

 街のほぼ北端に位置するレオの家から東に歩いて、入り組んだ路を迷路を辿るように行くと、『仕立て屋風見鶏』と書かれた札の掛かる、古い店が見えてきた。この街の古い家によく見られる、北極星を象った形の屋根飾りが、冬の光を受けて光っている。そのさらに上に、傾きかけた風見鶏が揺れている。


「僕のこのベルトを作ってくれた店。腕はいいから、使いやすいものを作ってくれるはずだ」


 レオはそう言って、躊躇うことなくその店に入ると、店の奥に向かって声をかけた。


「ユーナ! ルーカ!」


 すると、緑色に塗られたドアを開けて、一人の女性がひょっこりと顔を出す。彼女はレオの姿を認めて、少し驚いた表情になった。


「あらあ、レオじゃない」


 続いて、ドアから男性も顔を出す。今度は嬉しそうな表情だ。


「また来たのか、レオ」


「おはよう、二人とも。いきなりだけど、依頼できるかな」


 レオは店に出て来た二人の大人たちに尋ねた。少し離れたところからその様子を見ていたスピカは、二人の容姿がよく似ていることに気づく。


(姉弟でしょうか?)


 どちらもこの街ではよく見られる茶髪で、仕立て屋とだけあって綺麗な服を纏っていた。まだ二人とも若く、レオとは十歳違うかどうか、というくらいだ。


「まあ、女の子じゃない!」


 女性の方がスピカに気づいたのか、こちらを見て目を見張った。飛ぶようにスピカに近づいてくると、横から覗き込むようにしてスピカを観察する。


「見てルーカ、なんて可愛い子なの! 私、こんな素敵な髪の色、初めて見たわ! 目も綺麗な鳶色。どんな豪奢な服でも似合いそうね!」


 畳み掛けるように褒められて、スピカは焦りながら赤くなった。女性は、スピカの長い三つ編みに触れたり、少し遠くからスピカを眺めたりと楽しそうに動き回る。


「赤と金が混じった髪なんて、羨ましいわ。茶髪はどんな服でも着こなせるけれど、この街じゃ目立たないもの」


 すると、男性の方、ルーカも近づいてきて、スピカの周りをぐるぐると回り始める。


「なるほど、確かに珍しい色だな。今度、布商人にあったら、こんな色の布がないか訊いてみよう」


「ねえレオ、まさか、この子にドレスを作って欲しい、なんて依頼?」


 女性の方、ユーナに尋ねられて、レオは急いで首を振る。いささか顔が赤くなっているようにも見えなくない。


「違うんだ、ユーナ。スピカはその、僕の助手だ。調査に行くための旅装を見繕って欲しいだけなんだ」


 「えー」と、ユーナが残念そうに肩を落とす。


「今ちょうど、いい濃紺の布があったのに。金の刺繍をして、銀の宝石を縫い付けて、次の祈祷祭に着られるようなドレスを作りたかったわ」


 ユーナはスピカから離れると、諦めてレオに向き直った。表情が変わり、真剣な職人の顔になる。


「それで、この子に旅装を仕立てるのね。何か注文はある?」


 レオはしばらく考えた後、スピカを見て言った。


「じゃあ、外套には厚手のフードを付けて。目深に被れるくらい余裕がある方がいい」


「了解よ。じゃあスピカちゃん、採寸しましょう」


 スピカは不安げにレオを見た。しかし、レオは心配する様子もなく軽く手を振っただけで、スピカは安心できないまま採寸部屋に入った。





 その様子を見送ってから、レオはスピカ以上に不安げな面持ちでウロウロし始めた。レオの革靴が古い床板をギイギイ鳴らす。


(まあ、採寸だけで秘密がバレるなんてことはないだろうけど)


 実を言えば、スピカよりもスピカが心配なのはレオだった。あの調子では、これまで採寸などやったことがないようではないか。てっきり、やったことがあるものだとばかり思い込んでいたから、安易に仕立て屋に連れてきてしまった。


(大丈夫だといいな……)


「なあ、どうしたんだ、レオ」


 店の椅子に腰かけたルーカが、落ち着かないレオに声をかける。


 レオは立ち止まってルーカを見た。


「何が?」


「スピカとかいう、助手、だったか。あの子、前はいなかっただろう」


 レオは、この街では有名人だ。若き遺跡守りの一人であり、遺跡の研究者。天才児という呼び方は、遺跡守りだけでなくユッカの街の人々にも浸透している。幅広のベルトから下げられた双眼鏡などは、本来なら彼の年齢ではとても手にできない代物だ。それは、彼が素晴らしい解読技術を持っていることを示している。


 ただ、その天才ぶりとは別に、レオはまた、一人で暮らしているということでも有名だった。


 碑文解読を生業とする遺跡守りたちは、解読の進捗状況に応じて王国から報酬を受け取ることができる。レオはその報酬で日々の糧を賄いながら、両親を亡くしてからこれまで、ずっと一人で暮らしていたのだ。


 そのレオが、なぜスピカと生活しているのかということに、ルーカは興味があるのだろう。


「見たところ、遺跡守りってわけでもなさそうじゃないか。遺跡守りに必要な道具の一つだって持ってないし。どういうわけなんだ」


 レオはとっさにこう言った。


「ああ、その、小さい頃に両親を亡くしてさ。しばらく違う家に引き取られてたんだけど、血は遺跡守りの一族だから、遺跡守りになりたいって言って、僕のところに来たんだ。一人前になるまでの見習いってところ」


 冷や汗が背を伝う。作り笑いを浮かべながら、レオは心底ヒヤヒヤしていた。


 それには気づかなかったのか、ルーカはふうんと拍子抜けに返しただけだった。


「なんだ、そういうことだったのか。まあ、いいんじゃないか」


 どうやら求めていた答えとは違ったらしく、ルーカは一気に興味を無くしたようだった。助かった、と、レオは胸をなでおろす。


 スピカの正体は、二人だけの秘密なのだ。


(やっぱり、とんでもないものを拾っちゃったな……)


 レオは店の中の椅子に座り、ひと月前ほどの夜を思い出した。





 レオがスピカと出会ったのは、彼がひと月ほど前にスピカの遺跡の調査に入ったときだった。


 スピカの遺跡を訪れるのは三度目で、彼のお気に入りの遺跡の一つだった。スピカの遺跡はなかなか手強く、そう簡単には碑文を見せてくれない上に、損傷が激しくて石に刻まれた文字も薄れている。天才児も手を焼く難関だった。


 異変が起きたのは、彼が五日目の調査を終えて、その日は宿を諦めて野営しようと火を起こしたときだった。


 空を、眩い光が駆け抜けた。


 それは凄まじい速さでレオの頭上を通り過ぎると、地鳴りと共に、遺跡の近くへと落下した。


 星を研究する人間として、ただならぬものを感じたレオは、好奇心から、流星が落ちた場所に向かった。


 すると、そこには一人の少女が倒れていたのだ。驚いたことに、目立った怪我も無く、揺するとすぐに目を覚ました。


 これが、スピカとレオの出会いである。


 彼女はそこで、開口一番に口を滑らせてしまった。


 「空には帰りたくないんです。匿ってくれませんか」と。


 レオは、彼女の正体に気づいた。


 彼女は、星空の神の一人だったのだ。


 数百年に一度、彼らは稀に空から落ちてくる。そういう碑文があることを、レオは知っていた。そして、人間には、彼らがあるべきところに帰るまで、絶対に触れてはならないという絶対の掟があることも知っていた。


 しかし、揺すり起こしてしまった以上、なかったことにはできない。それに、天才児は星空教の神である彼女に必死に懇願されて断れるほど、冷たくもなかった。


 こうして、二人の奇妙な関係は始まったわけである。


 レオにいいことがないわけではなかった。スピカは研究に役立つし、自分から家事を手伝ってくれるおかげで、少年一人での生活は随分と楽になった。


 ただし、レオが遺跡守りの掟を破ったことが他の人間に知られると、敬虔な信者は何をしてくるかわかったものではないし、スピカも他の神様に追われる身らしく、見つかってしまえば空に返されてしまうので、暗黙の了解として、スピカの正体をうまく誤魔化すのが常だった。


「これで採寸は終わりよ、スピカちゃん。ご苦労様」


 ユーナの声とともに、採寸部屋からスピカが戻ってくると、レオは詰めていた息を一気に吐き出した。どうやら、何もなかったようだ。その後ろから続いて、ユーナが巻き尺を持って部屋を出て来る。


「それじゃあ、あとは私たちに任せてちょうだい。スピカちゃんの旅装を、全力で作らせてもらうわ」


「うん、よろしく。お代は、取りに来るときに払うから」


「ええ」


「じゃあな、レオ」


来たときよりもあっさりと別れると、レオとスピカは店を出た。

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