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流星の夜  作者: 皐月 満
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星片の実験

 冬のよく晴れた朝。ユッカの街では恒例の市が開かれ、いつも通り人で賑わっていた。大通りに乱立する露店の間を縫うようにして、様々な人々が忙しなく露店を回っている。


 その人混みの中を、一際目を惹く少女が一人で歩いていた。ぱんぱんに膨れた大きな袋を背負い、それを人にぶつけながら、ゆっくりと人混みをかき分けていく。


 彼女、スピカは、買い出しの最中だった。


 巨大な袋の中には、保存のきく食料や新しい布など、市で買い揃えた品物が山ほど詰め込まれている。こんなにたくさんの買い物をするのは、スピカにとっては二度目だった。


 スピカは通りの外れに立つ小さな露店まで来ると、馴染みの店主にいつも通り声をかけた。


「あの、レオの使いで来たんですけど」


 すると、スピカに目を向けた店主が、笑って答えた。


「また嬢ちゃんか。あいつも人使い荒いなあ」


 はは、とスピカは苦笑いを浮かべながら、懐から数枚の銅貨を取り出して、店主に手渡した。


「また少し旅に出るので、日持ちのいい干し果物を買えるだけお願いします。それと──」


「砂糖漬け、だな」


 店主が眉をあげて、「だろう」と訊く。


「はい。そっちはきちんと油紙に包んでくれって言ってました」


「はいよ」


 店主はスピカに背を向けて、大きな瓶から干し果物やら砂糖漬けやらを取り出し始めた。


 その間に、予定の品が全て揃っているかどうかを確かめる。こんな大きな袋を持って歩くのはなかなか疲れる。そろそろ終わって帰りたかった。幸い、何か買い残しているものはないらしい。


 店主は慣れた手つきで油紙に果物を包むと、スピカに手渡した。


「ありがとうございます」


 スピカはそれを両手で受け取ると、袋を背から下ろしてそれにしまいこんだ。これで今日の買い出しは終了だ。


「これでよし」


 スピカは袋を背負い直した。


「それと、おまけだ」


 立ち去ろうとしたスピカに、店主が紙に包んだ何かを手渡してきた。開けて見ると、黄色い果実の砂糖漬けだった。


「わぁ……! ありがとうございます!」


「レオと仲良く食ってくれ。まいど」


 店主は白い歯を見せて笑うと、スピカに手を振った。スピカは砂糖漬けを片手に、手を振り返して店から立ち去った。


 スピカは包みを抱えてしばらく歩いた。市として露店が立っている区域を抜けて一本細い路に入り、迷路のような路地を進んでいく。この街には細い路が多く、初めて訪ねてきた人は必ずといっていいほど迷う。しかし、この街で育ってきた人間には、この路がどこに続いているのかがほとんど頭に入っているのだという。


「今日は迷子になってないといいんですけど……」


 そう呟きながら、スピカは角を曲がった。路が正しければ、この突き当たりが家であるはずだ。


 スピカは恐る恐る路の突き当たりに目を向けた。


 そして、大げさなため息をつく。


「はあ、よかったです。また迷ったらどうしようかと思いました」


 スピカは背中の袋を揺すり上げ、突き当たりの小さな家に戻った。





 本がうず高く積み上げられた部屋の片隅。朝の光が射し込む窓際に寄せられた机の前。そこに腰掛け、背を丸めながら、一人の少年が熱心に一つの瓶と卓上の地図とを見比べていた。


 少年の前の瓶の中には、緑色に透き通った石が入っている。彼が数日前に発見した、貴重な『星片(せいへん)』だった。


 少年は一瞬でもその二つから目を話すのが惜しいといった風に、素早く時計を見て時間を確かめた。


「よし、そろそろだな」


 少年は机に頰をつけて微笑んだ。瓶に少年の黒い瞳が映る。


 星片は滅多に見つからない珍品だ。王族や貴族でも入手することは難しい。これを手に入れてとある実験を行うことが、長い間彼の憧れだった。


 少年が何度目かの瞬きをしたとき、ふいに星片がぼんやりと輝いた。


「きた!」


 少年はがばりと起き上がり、食い入るようにそれを見つめた。


 輝きは徐々に光の筋を形作り、どこか一方向を指し示した。少年はそれを確認してから、地図に目を戻す。


「南の方角。この先にある遺跡は、と」


 少年は地図に線を書き加えて呟いた。


「えーと……アルデバラン、かな」


 地図上の遺跡をぐるりと線で囲む。そして、彼は腰のベルトに差し込んである手帳を抜き出して開いた。


「次の遺跡はアルデバランにしよう。よし」


 少年は嬉しそうに頷いた。


「よし、じゃないですよレオ!」


 その部屋のドアを、スピカが勢いよく開け放つ。


「行き先も決まってないのに私を買い出しに行かせたんですか?」


 スピカは腰に手を当てて彼を睨んだ。


 レオと呼ばれた少年は、スピカを振り返って「うん」と悪びれずに頷いた。鼻筋の通った綺麗な顔も、全く悪いと思っていない。


 スピカは呆れてものも言えなくなった。


「もういいです。とにかく、朝食にしますよ。ちゃんと砂糖漬けも買ってきましたから」


 ため息混じりにスピカが言うと、レオは砂糖漬けという言葉に飛びついた。


「本当に? ちゃんと油紙に包んでもらった?」


「しっかり包んでありますよ。だから早く、朝食にしてください」


 半ばスピカに押されるように自室を出ると、レオはスピカとテーブルに向かった。

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