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第二章 同級生

「俺がこれから約半年間、お前らの教官になる菊池栄次です。みんな、よろしく」

 そう言って、溌剌な態度で俺達の教官になった菊池教官は挨拶した。

 なんというか、俺の第一印象は爽やかだなぁ、という感じだ。どことなく俳優の舘ひろしに似てる。警察官の制服を着ても分かる二の腕が逞しい。

「あ~副担の油井です。よろしくお願いします」

 次に紹介したのは、白髪の混じった初老の男性だった。菊池教官に比べると小柄だが、どことなく鋭い目をしている。

「以上、こちらの油井助教と、俺で皆の面倒を見ていくわけだが、このクラスでやっていくにあたって皆に一つ聞きたい」

 そう言って菊池教官はクラスを見回すと。

「このクラスで今、警察を辞めたいと思っている者! 手を挙げてくれ!」

 俺の予想の斜め上を行く発言だった。始まって早々辞めたい奴って……。

 皆がシーンとしていると菊池教官が続ける。

「皆、分かっていないかも知れないが、警察官はとても厳しい。徹夜なんて日常茶飯事、怪我も絶えない。その上、給料も高くない。はっきり言って割りに合わない……だから今考えてくれ、それでも警察官をやりたいのかどうかを、もし始めてしまって途中で辞めたら、一生元警察官の経歴が付いて回るぞ、それでもいいのか?」

 そう菊池教官が問いかけると、別の意味で俺達に沈黙が訪れた。

 しかしまあ、ここで手を挙げられる奴はいねえだろ、逆に度胸があるよそんな奴。

「まあ、今手を挙げる奴はいないよな」

 菊池教官もそれが分かっているのだろう、軽く笑うと話を進める。

「じゃあ取りあえず自己紹介しておくか。これから半年間暮らす家族だからな、お互いの事を知った方が良いだろう。じゃあ出席番号順に。話す内容は教壇の紙に書いてある」

 そう言うと菊池教官と油井助教が教室の後ろの方に移動した。

 後は俺達に任せるという事だろうか?

 何はともあれ、出席番号一番の奴が教壇に立った。

「浅瀬です」

 そう切り出し、浅瀬君は自己紹介を始めた。だがなんというか凄くやり辛そうだ、それもそのはず、教室の空気はとても重たい。全員がこの警察学校のプレッシャーを感じており、笑み一つ無い。

「頑張りますのでよろしくお願いします」

 浅瀬君の自己紹介が終わるとパチパチとまばらな拍手が鳴り響いた。

 まあ、こんなもんだろう。浅瀬君が席に座ると次の奴がハキハキと教壇に向かう。

 そんな感じで自己紹介が続いた。そしてこの自己紹介が中盤に差し掛かり、俺の順番が回ってくる。

「はい。じゃあ次……え~と誰だっけ?」

「はい。あ~坂本っス」

 俺は他の奴に比べると緩慢な動きで教壇に立つ。

 やばい……教壇に立つとなんか緊張してきた。

 俺はこういった行事が一番苦手なんだ。

 とりあえず、教壇に置いてある自己紹介の紙を見ながら話そう。

「あ~坂本一輝です。年齢は二十二歳、出身は東京の世田谷区です」

 そこまで一気に言い終えて視線をメモに落とす。他の項目は……趣味と志望動機か……。

「え~趣味は釣りです。よくヘラブナを釣りに行きます。後は……志望動機……」

 志望動機を言おうとして一旦詰まる。俺、良く考えたら志望動機がねえ……。

 普通こういう時は嘘でもなんか正義感がどうとか言った方が良いかも知れない。だが、俺自身そんなに器用な方じゃねえし……。

「あ~特にありません」

 だから馬鹿正直にそう答えてしまった。

 それに教室がざわざわとざわめく。俺を見てニヤニヤ笑っている奴、爆笑している奴、苦笑している奴、リアクションに困っている奴、まあウケ狙いかと思われてしまったのかもしれない。

 けど、まあ、それでもいいや。どう取るかは自由だしな。

 俺がありがとうございました。と言って教壇から離れようとした時だった。

「坂本」

 菊池教官が俺を呼び止めた。

「はい。なんでしょうか?」

 俺はビクつきながら腰も低く返事をする。

「特に志望動機が無いそうだけど、何の因果かこの場所に来たんだ。これからの目標を聞かせてくれないか?」

 目標……確かに、目標も無いんじゃ意識が低すぎるか。しかし、目標ね……。

「あ、う~ん」

 俺は額を抑えてしばらく唸った後。

「子供が……泣かないように頑張る……です」

「子供が? 何だ坂本、お前子供が好きなのか?」

「いえ、別に好きじゃないですけど」

「じゃあ何で?」

 俺の答えに納得出来なかったのか菊池教官が眉を顰め尋ねる。

「子供が泣いているのが嫌だから……です」

 俺は思ったままを口にした。すると菊池教官はブルブルと肩を震わせる。

 やばい、怒らしたかな? と、俺が傍目にもビクビクしていると。

「アッハハハハハハハハハ! ハハ! 嫌だからか、そうか、それならしょうがないな。嫌なもんは嫌なんだからしょうがない」

 怒りの代わりに引き攣った笑みを浮かべ、苦しそうに腹を抱えて悶えている。

 そんな様子をクラスの連中は呆然と見ていた。だが、菊池教官の横に立っている油井助教だけは平然と真っ直ぐ前を見ていた。

「あ、あのおぅ……」

 俺が恐る恐る菊池教官に尋ねると。

「ああ悪い、悪い。ちょっと昔の事を思い出してな。うん分かった坂本。席に戻れ」

 そう言われそそくさと戻るあたりが小者の俺である。

 こういったアクシデントが有ったが、まあ、自己紹介は続き、ついに最後の奴になった。

「次、最後、九月レナ」

 菊池教官が呼ぶ、だがそんな中、俺はおねむだった。

 皆真面目くさっていて自分を含めちょ~つまんねえ。マジ眠いよ。あ~でも欠伸したら怒られそう。

 俺がうつらうつらしていると(後に聞いた話だと首がロックのライブの様にガクガク揺れて気持ちが悪かったらしい)。

「おおぅ……」

 教室からどことなく嬉しそうな歓声が上がる。

 その声に若干意識が回復した俺は教壇の方に視線を向けた。

「九月レナです」

 そう言って物怖じしない実直な瞳に、涼しい耳に心地良い声で自己紹介する女に俺は思いっ切り見覚えがあった。

 ええ~まじで? ていうか俺、今まで全く気が付かなかったよ。ていうか男子クラスじゃねえのここ? 何で女子が? ニューハーフ?

 頭の中を疑問符が飛び交う中、九月の自己紹介は続く。

「警察官を志望した理由は、犯罪の現場に最も多く関われるからです。そういった場所で経験を積み、将来的には警備課員として、組織犯罪に対応したいです」

 警備課って何? という俺の疑問を置き去りにして、九月はまるで台本が有るかの様にするすると自己紹介を続ける。

 しかし、それは必要最低限の物でしかなかった。自分の私生活などには全く触れずに、ただただ、仕事をこなすかのように自己紹介は終了した。

 そして九月が席に戻ろうとした時だった。

「おい、九月」

 唐突に九月の事を俺と同じ様に菊池教官が呼び止める。

「はい」

「そうだな。最後にお前の好きな物と、嫌いな物でも教えて貰おうか」

 あまりに素っ気無いと思ったのだろうか? そんなオーダーを出す菊池教官。

「好きな物は特にありません」

 それに対しあっさりとした口調で九月は答えた。好きな物が無いってどんな女だ……。

 ある意味男らしい九月に俺が感心していると、九月はこう続ける。

「嫌いな物は、動機も無く、警察官になった人です」

 グサっとくる言葉だった。まるでさっきの俺の自己紹介と真っ向から対抗する意見。

「お前それ嫌いな物じゃなくて、嫌いな者だろ」

 菊池教官が笑う。いや、全然俺は笑えねえ。

 そんな俺を横目に、菊池教官は咳払いをして続ける。

「よし、まあ自己紹介は九月を含め、全員済んだな……お前ら九月がどうして男子クラスに一人だけ居るのか気になるだろ?」

 菊池教官は教壇に立つとそう俺達に尋ねてくる。

「…………」

 俺達はそれに対して無言だった。何と言えばいいんだ?

「おいお前ら、返事は『はい!』だぞ、それ以外はここでは認められない。良く覚えておけ、厳しい教官、例えば轟教官とかだと普通にど突かれるぞ」

 轟教官……名前からしてアンタッチャブルな感じだ。

「お前ら、どうして九月が男クラに居るのか気になるだろ?」

『はい!』

「何だ何だ? 女の事が気になるなんてスケベだなお前ら」

『………………』

 どうしろと?

「無言になるな。まあ九月が男クラに居る理由だが、これは九月の強い希望からだ。まあ希望したからといって、それが普通叶うわけじゃないんだが……九月は国家一種に合格していて、本来なら警察大学校に警部補つまり、俺と同じ階級でスタートするはずだったんだが、本人が一線で働きたいという事で、こうして、まあ何だ、お前らと同じクラスに入校してきたわけだ」

「すげえ」

 俺は思わず呟いた。いやな女だと思っていたが、そんなに凄い奴だったのか……。

「というわけでだ。九月はお前らと全然レベルは違うけど、仲良くするように。特に坂本、お前と九月は相性が良いみたいだから仲良くしろよ」

「………………」

 何で! どこの占いだよそれは。

「あぁ~だが恋愛は駄目だぞ? 禁止な。まあ九月は空手の女子世界大会優勝者だから、下手なことしたら殺されると思うぞ?」

 思うぞって……。

「狙わ…………ないです」

 言いたいことは色々あったが、口から出たのはそれだけだった。

「狙えよ馬鹿野郎! 男はひたすらにアタックだぞ! ……まあいいか。え~取りあえず、配った学生必携を読め。そしてスケジュールだが、配った資料の通り、午後から警察礼式があるから、それまで寮に戻って荷物の整理だ。はい。解散。そしてダッシュだ!」

 そう言って菊池教官と油井助教は教室から出て行った。

「結構ほったらかしだなおい」

 戸惑いながらも、俺達は寮に向かう。その時に集団から離れて一人、スタスタ歩く九月を俺は見送った。


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