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第五章 トリプルブッキング  10

「一輝ぃ……もう一件行くよ~」

 結果ベロベロになった佐伯を俺が抱えながら歩く事になった。

「馬鹿かお前、今日はもう帰るの。終電が無くなるだろ。俺が送っていくから」

「送る、送るって私をどうするつもりなのよ! 変態! 皆さん~ここに女の子をホテルに連れ込もうとする変態が居ますよ~はははは!」

「はは! じゃねえ! お前マジで警察呼ばれたらどうすんだ! 職を失う! 俺が!」

「そしたら俺が養ってやるって言ってたジャン、さっき」

「それはお前が職を失ったらって話だ。俺が職失ったら養えないだろこの酔っ払い」

 発言が支離滅裂な佐伯に悪態をつきながら、俺は山手線を目指していた。  

「…………何をしてるの坂本?」

 そんな状態だったから、その聞き覚えのある声に即座に反応出来なかったのは仕方のない事だろう。

「あ~一輝君じゃん!」

 だが、二人目の聞き覚えのある声までは無視出来なかった。俺は佐伯を肩に抱えながら、首だけを背後に向けた。

 するとそこには、俺の事を睨みつける九月と、姉と俺を交互に見て、楽しそうに笑う杏ちゃんの姿があった。

「九月……お前どうして」

 帰ったはずじゃ? という顔を浮かべると、九月はムスっとした顔で答える。

「帰えったわよ一度。でも家にいたら杏から電話があったのよ。もう直ぐ皆と別れるから、上野でご飯食べようってね。だから来たの。何か問題が?」

「それは……無いけど」

 妹思いな事で……ていうか、なんか雰囲気が怖いぞ。

「それで? そちらは何? 帰ったんじゃなかったの?」

 九月がまるで、犯人を追い詰めるベテラン刑事の様な眼差しで、こちらを見た。俺は、なんだか訳の分からない緊張感に苛まれながらも、口を開いた。

「いや、こっちは大学の友達で……ただ飲んでただけだ」

「何よ~一輝ぃ。この女は! 私という物がありながら、こんな可愛い子ちゃんに手を出したのか!」

「おい馬鹿喋るな! 余計に混乱する!」

 酔っ払ってふざけた様に佐伯は俺に抱きついた。俺はそれを必死に引き剥がそうとするが、完全に抱きついた佐伯を引き剥がすのは困難だった。

「く、九月。何というか、これは違うんだ。お前が思うような事じゃない」

 俺は引き剥がすのを諦めて、九月に良い訳をする。しかし、それに九月はこれ以上ないほどの冷たい視線を俺に投げかけた。

「最低……告白したその日に別の女とべたべたしてるなんて」

「う……」

 九月の言葉がナイフの様に鋭く突き刺さる。

「…………何? 一輝。この子に告白したの? しかも今日? 何? 私に会う前にこの子に会ってたんだ?」

 すると傷付いている俺に、何故か酔いが醒めた様な鋭い声で、佐伯が耳元で問いかけてきた。

「う……べ、別に良いだろ。約束は夜だったんだから」

「そう? 良いんだ? なら一輝は私が男の人とイチャイチャした体で、一輝に会っても何とも思わないわけね?」

「い、いや……そんな言われ方されると正直不快だが……」

 な、何故さっきまで酔っ払っていた女がこんな理詰めで話せる!

「あれあれ? 一輝君。もしかして結構修羅場?」

 杏ちゃんがふざけた様に茶々を入れてくる。止めて杏ちゃん! これ以上空気を悪くしないで!

「…………杏。帰るわよ」

 ジト目というか、心底軽蔑しきった目で俺を一瞥すると、九月は俺の側を抜けるようにして、スタスタと歩いていった。その歩みは普段九月が見せる事のないほど、荒々しく、今まで散々九月を怒らせてきた俺をもってしても、見たこともないほど、不機嫌を全身で表現していた。

「待てよ! 九月!」

 俺はそれを見て無性にざわついた気分になって、佐伯の手を振り払い九月の手を掴んだ。

「…………離してよ」

 小さな。耳をすまさなきゃ聞こえないような声を、俺は必死で聞き取る。

「だから話を聞けって。佐伯は大学時代の親友で……ていうか、何をそんなに怒ってるんだよ。お前らしくもねえ」

 俺がそう口にした時だった。九月は何故かその一言に、キッと強く俺を睨みつけると。

「触らないでよ馬鹿!」

 その言葉と共に俺の頬を思いっきり九月が引っ叩いた。いつもの冗談が混じった一撃ではなく、弾みから出たであろう本気の一撃だった。

「っ……」

 俺は思わず顔をしかめる。

「何がお前らしく無い……よ。勝手な事言わないでよ!」

 ミニスカートの裾を掴みながら、叫んだ九月。俺はその時、殴られた時以上に、顔を歪めてしまった。

 何故なら、叫んだ九月の目にはぽろぽろと涙が浮かんでいたから。

 九月はゴシゴシと目を擦ると、そのまま自らの顔を隠すように駆け出した。

「あ、お姉ちゃん待ってよ!」

 杏ちゃんの制止も聞かず、九月はあっという間に見えなくなった。

「あ~あ。お姉ちゃん泣いちゃった。久しぶりだよお姉ちゃんが泣いてるの見たの」

 杏ちゃんは軽い調子でそう言ったが、その言葉は俺の心を深く抉った。そしてそんな俺に気付いたのか、杏ちゃんは俺に優しげな笑みを浮かべる。

「ふふ、そんな顔しなくても大丈夫だよ。お姉ちゃんは自分が興味の無い人に対しては、本当に、何をしていも無関心だから。あんな風に取り乱したのはきっと相手が一輝君だからだろうね。しばらくしたら、自分のした事が恥ずかしくなって。ベッドでバタバタする事になるよ」

 ふふと笑う杏ちゃん。だが俺はとても笑える気分じゃなかった。

「だからね。一輝君。その時になったら、お姉ちゃんの事、優しく受け止めてあげてね。お姉ちゃん。本当に一輝君が好きなんだよ。大事にしてよ。お姉ちゃんの事」

「…………ああ」

 俺は何とかそれだけ答えた。するとその答えに満足したのか杏ちゃんは満面の笑みを浮かべた。

「それじゃ。私も帰るね。えっと、佐伯さん? 何だかお邪魔してすみません」

 杏ちゃんは俺の隣に居た佐伯に頭を下げた。佐伯はそれに対し、悪戯な笑みを浮かべる。

「いいよ。けど。二対一はちょっと卑怯じゃない?」

「へへ、やっぱり私はお姉ちゃんの味方なんで。それに、付き合いは佐伯さんの方が長そうだし、イーブンでしょ?」

「ふふ、そうだね。私、譲るつもりないから、お姉さんにもそう言っといて」

「分かりました。けど、手加減してあげてください。お姉ちゃん。恋愛には本当に不器用だから」

「どうかな……私も似たようなもんだよ」

 そこで佐伯はままならないといった様な苦笑いを浮かべた。俺には二人の遣り取りの意味が全く分からなかった。

「じゃ、バイバイ~」

 杏ちゃんはそう言って元気に小走りで姉である九月が去っていた方に立ち去っていった。なんというか、姉妹二人とも俺にとっては嵐の様な存在だ。

「あんな人が居たんだね。一輝」

 顔はまだ赤いものの、しっかりとした眼と口調でこちらを見る佐伯に俺はこの世の終わりの様な深い溜息を吐く。

「たくよお。適当な事言うなよ佐伯。九月怒らしちまったじゃねえかよ」

「適当……ね。ふふ、まあ一輝がそう言うならそれで良いや。でも、告白したんだ?」

「…………まあ、そうだな」

 俺はなんか決まりが悪くなって、そっぽを向いたままそう答えた。

「確かにあの子は良い子だよね。可愛いし純粋そうだし……一輝が惚れちゃったのも分かるかも」

 佐伯は俺をからかう様に、小突いた。

「でも、簡単に譲るつもりはないから」

「あん? 何だって?」

「うんうん。何でも無いよ?」

 小声で言った佐伯の言葉は俺の耳には届かなかった。

「そうかよ。まあいいや……取りあえず帰るぞ。送っていくから」

「? こんな事が有ったのに私の事送ってくれるの?」

「? 当たり前だろ。それとこれとは、関係ないし、正直お前がこのまま帰ったら、どっかで寝ちまうんじゃねえかって、心配で俺が寝れねえ」

「ふふ、そういうところだよ。九月さんが一輝の事怒ってるのって」

 俺は佐伯の言っている事が良く分からず、答えを求める様に佐伯を見詰めた。

「でもきっとそこが好きなんだろうね」

 しかし、佐伯から帰って来たのはまたしても俺にとっては良く分からないものだった。




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