第五章 トリプルブッキング 7
徳田武威は北海道をリスペクトしております
「はぁはぁ……」
息を切らして走っているのは先ほど九月とのデートを終えた俺こと坂本一輝であり、何故走っているかというと次の待ち合わせに遅れそうだからである……。
「冷静に分析してる場合じゃないっ!」
轟教官との約束の時間に遅れると言うことは則ち死を意味するのだ。
「ぜえ、はぁ……ごほごほ……」
待ち合わせ場所であるオブジェの前まで来て、腕時計を確認する。時刻は二時二十五分。約束の時間五分前だ。
俺はぐるりと一周オブジェの周りを回る。
居るのは恋人を待っているのだろう長身の女性と子供連れの親子だけだった。
「はぁ……間に合ったか?」
俺が安堵の溜息を吐くと。
「坂本」
「はい!」
聞き覚えのある声が聞こえ、俺は反射的に大声で返事をしていた。
周りの人が痛い子を見る目で俺をみる。都会の視線は厳しかった。
「こ、こら……坂本」
そんな中、可愛いらしい帽子で顔を隠すようにして、恥ずかしそうにこちらを見る女性の姿があった。
「え? はい?」
俺はしげしげと女性を眺める。
短めのスカートをはき、可愛いらしいシャツに身を包んだこの女性に俺は全く見覚えが無かった。
「何をジロジロ見ているんだ貴様」
だがその可愛いらしい女性が出した声で再び体が条件反射的に固まった。
「と、轟教官?」
俺は上から下まで目の前の女性を眺める。確かにシルエットは俺が知る轟教官だが……
余りにもその……少女趣味的過ぎる。
ピンクを基調としたファッションに、所々ふわふわがついてたり、フリルがついてたり、良く見ると靴下もハイソックスだ。きゅ~んきゅ~んした感じと言った所か。
いや、誤解されるとまずいから言っておくが、目茶苦茶可愛い。美女が可愛い格好をするとこんなに完成度が高くなるのかと唸る程の出来栄え……しかし。
自称ギャップ萌えの俺でさえクラクラする変身ぶりで脳がついて行かない。
『ぎゅうううう!』
「いだだだだだぁ!」
ぼおっとしていると頬を万力のような力で引っ張られ現実に引き戻される。
こ、このどこか懐かしい痛み! 轟教官!
「わ、ちょっと離して轟教官。すみません」
可愛い子が無言で人の頬を引っ張る絵はシュール過ぎる。
「馬鹿者、教官は止めろ。今は学校じゃ無いんだぞ」
轟教官が恥ずかしそうにスカートを抑え、顔をついっと背ける。確かに学校とは違って女性らしい可愛らしい仕草だった。
「す、すいません。つい……」
だが教官と呼んではいけないとなると何て呼べばいいんだろうか?
「きょ、教官……しかし、なんと呼んだら宜しいでしょうか?」
「そ、そうだな…………ん。分かった。私の事は美沙と呼べ」
「み、美沙? 轟教官の名前って美沙って言うんですか? ていうか名前で呼ぶって」
「わ、私は轟って苗字が好きではないのだ! だから名前で呼べ、あと敬語を使うな。プライベートって感じがしない」
「わ、わかったました。美しゃ、さん」
俺は何とか轟教官に言われた様にやってみるが、正直警察学校での轟教官が焼きついているせいで、上手く出来なかった。
「落ち着け馬鹿者。分かった敬語の件は無理しなくていい。だが轟は止めろ。これは命令だ」
警察学校外で命令されてしまった。何でだろう……けど落ち着く。
「分かりました美沙さん」
「うむ」
俺の言葉に満足そうに頷く轟教官。学校では威圧感たっぷりのその姿も、服装のせいもあってか、何だか気取っている少女の様で笑ってしまう。
「むう。何を笑っているのだ坂本」
「いや、なんでもないっす。それより今日はどこ行くんですか? アメ横でも行きますか? それともABABとか?」
「いや、今日はもう行くところを決めている」
「へ~どこっすか?」
轟教官の事だから、俺のあんまり行かないような大人なお店にでも行くのだろうか?
「うむ。黙って着いて来い」
そう言って轟教官は俺の手を握った。
「はいはい」
轟教官の力の強さを感じながら、俺は轟教官に手を引かれるまま歩き出した。




