第四章 深夜研修 3
どうする?
一瞬のうちに私は思考する。女の子を狂った男から救い出す方法を。
しかし――どれもリスクが伴う。彼女を無傷で救って尚且つこちらが無傷で済む方法が――見つからない。
ならば次善の策だ。相手の注意を引いて隙を伺う――。
そう私が戦略をたてた瞬間だった。
「うおおおおおおおお!」
獰猛な声をあげ、獣のように黒服の男に突進する警察官がいた。
さ――坂本!
見間違うはずもない。それはさっきまで私の隣にいた坂本一輝だった。しかし――。
は、速い!
まずは判断力、私が思考する一瞬の間にもう走り出していた。
そしてそれ以上に驚いたのはその走るスピード。今まで一緒に授業を受けていたから分かるが、こんなに速いはずがない。ましてや今は制服姿だ。授業中手を抜いていたなら話は別だがそんな様子も無かった。
このスピード、私よりも数段速い! 有り得ない速度に全員の注目が一輝に集まった。
「く、来るなぁ!」
男がナイフを一輝に向かって突き出した。それは必死で人を殺すかもしれないというリミッターか、解除されている。
「坂本! 危ない!」
刺さる。私がそう思った時だった。
「なめんじゃねえ!」
坂本はそう言うとナイフに刺されながらも全体重を乗せた拳を相手に叩き込んだ。
『グシャ!』
鈍い音と男は吹き飛びそのままコンクリートブロックに激突して意識を失った。
『カランカラン……』
それと共に地面にナイフが落ちる音。
「坂本!」
私は激しく動揺していた。何故? どうして? 自分がコントロール出来ない。
気がついたら坂本の元に駆け寄っていた。
「坂本!」
批難するように坂本を呼ぶと、坂本は静かにと言わんばかりに片膝をついて手を挙げる。
「大丈夫?」
そしてこんな状況だというのにニッコリ笑顔。何だこいつは。理解不能だわ。この状況でどうして……。
だがそんな私の疑問を余所に、笑顔のままで坂本は少女の頭を優しく撫でた。
するとショックで固まっていた少女の瞳に大粒の涙が浮かび、せき止められていたダムの水が決壊するように流れ出た。
「うわぁああああああああああああ!」
絶叫と共に女の子は坂本に抱き着いた。坂本はよろけながらもそれを受け止める。
馬鹿かこいつは。状況を分からないのか? 泣いてる子供をあやしてる場合か?
心がざわめく。坂本を見てると落ち着かない。
私はとりあえず泣いてる女の子の鞄から携帯を取り出すと百十番をして現状を報告した。しばらくすると、地域の警察がやって来て。男を連行し、女の子を保護した。
その間も坂本は女の子を笑わそうと必死だった。やがてそれが実ったのか、少女は泣きながらもパトカーに乗るときには微かに笑っていた。
やがてパトカーが去った時。
「馬鹿!」
私は坂本を怒鳴った。
「え? 何?」
すっとぼけた調子の坂本は私が何故怒っているのか分からないよう。
私はそんな坂本の服を問答無用で脱がせる。
「ちょ、ちょ、何!」
微かに抵抗する坂本を無視して私は坂本の上半身を脱がす。
「やっぱり」
私は現状を確認して呻く。私が予想した通り、坂本の腹部は青紫に腫れ上がり、ひどい内出血を起こしていた。
「うおなんじゃこりゃ!」
坂本は私以上に驚いていたそして。
「いた。なんだこりゃいてえ!」
激痛に腹を抑えながら絶叫した。
「当たり前でしょ。防刃衣を着てるとは言え刺されたのよ大丈夫なわけないでしょ」
今まで平気な顔してるのがむしろ不気味だわ。
「どうしてあんな無茶したのよ」
「あ、あはは、防刃衣着てるから安心かなって」
坂本は苦笑いを浮かべる。だけどそれが嘘だと私には分かった。
さっきの坂本の様子。彼はきっと防刃衣を着てなくても同じ事をしていた。
『ばさ』
そんな音と共に不意に私の体に抱き着いてくる坂本。
な! なぁ! 何! 何!
私はパニックになった。い、意外と体、がっちりしてる……じゃない。急に何!
表には出ないがぐちゃぐちゃになった内情に混乱しながらも坂本を抱き留めると。
「わ、わりぃ九月、俺ちょっと限界」
そういって坂本の体から力が抜ける。
「ちょ、ちょっと!」
そう言った時には坂本はスヤスヤと私の胸の中で眠っていた。
かぁああああっと自分の顔が真っ赤になるのが分かる。
獣の様に獰猛な顔が優しくなったり、今は無防備に寝てる。
どうしたの私……変、変だわ。自分が自分じゃないみたい。
結局。学校から迎えが来るまで私はカチコチのまま動けなかった。