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第三章 轟教官 3

「ウエェ! ウエエ! エエエ!」

冒頭の四組よろしく柱に寄り掛かり、ゲロを吐いている者がいた。

――俺こと坂本一輝である。

クラスの皆は各々ボロボロになりながらも寮に帰って行ったが、ボロ雑巾になった俺は未だに寮にすら辿り着けずにいた。

「はぁ、はぁ、畜生」

口が酸っぱいぜ。

動くのが怠く、中庭で俺は横になる。

季節は春、温かな陽気が疲れた体に染み渡り、意識を何処かに運んでしまうようだった。

俺は静かに目を閉じる。このまま意識を失おう。そう思った時だった。

「格好悪い」

聞き覚えのある綺麗な声、天使の様なその声はしかし、言ってる事は毒まみれだ。

「うるせえ……九月」

目を開ける。相変わらずの興味のない視線の九月と目が合う。

「寝るなら寮で寝たら?」

「寝れるならそうする。でも体が動かねえ」

「それに臭うわ」

「そこら中俺のゲロまみれだからな」

しかし、女のくせに九月は特に気にした様子もなく、俺を真っ直ぐ見つめる。

「きつい?」

こいつからこんな言葉が出るとは……。

「きついね」

疲れきっていた俺は素直にそう答えていた。さっきの授業もノーミスでクリアした九月とは違いボロボロだ。

「辞めたいと思わないの?」

九月がそう尋ねる、人に物を尋ねる九月を見るのは初めてだった。

「思うよそりゃ毎日思ってる。こんなきついとこ辞めてどっか楽な所行きたいってな」

「そんなに辛いと思うなら辞めればいいじゃない。ここよりきつくない仕事なら他にも沢山あるでしょ?」

九月が理解出来ないという風に、俺を真っ直ぐ見て聞いてくる。

あぁ~本当に真っ直ぐな目だ、多分俺にはもう一生出来ない目だ。

「辛いと思ったことはないよ。」

九月の視線から少し目を離し俺は答える。

「厳しいけど辛くない」

「はい?」

九月が理解出来ないという様に首を傾げる。でも理解出来なくても良い。あの日味わった絶望と無力感は口に出すような事じゃないから……。

あの日に比べれば今の生活なんて、きついがそれだけでしかない。

もう、一度折れてしまった心は二度は折れはしない

「九月さんと違って私みたいな凡人は警察辞めても就職先がないんですよ」

だからおどけた調子でそう言った。

「何それ、むかつく」

九月はそういうと、俺に背中を向けた。

お嬢様の機嫌をそこねちまったか……俺は苦笑いしながら空を見上げて寝転がる。

『ゴス!』

「いてぇ!」

ニヒルに決めていたのに顔面に結構な重さの物が激突した。何だこりゃ!

俺は自分の顔にぶつかった物を手に取る。するとそれはミネラルウォーターが入ったペットボトルだった。

「なんじゃこりゃ?」

確かに喉はカラッカラに渇いているが……。

「……差し入れよ」

そういって俺を見下ろしたのはさっき立ち去ったはずの九月だった。

「差し入れって、有り難いけど普通に渡せないのか?」

「あなたの顔を見たらやっぱりムカついちゃって可哀相という気が吹き飛んじゃったの」

「どんなツンデレだよ……お前俺の事好きなの?」

そう聞くと、九月はスタスタと歩みより、俺からペットボトルを取り上げると。

「ふごぉ!」

俺の顔面にわざわざ落とした。

「分かった? 私の気持ち」

「分かりました」

言葉よりも雄弁に分かった。

「じゃ、私寮に帰るから」

そう言ってツンっとした様子でこちらを一度も見る事なく帰っていく九月、やはり今の差し入れは気まぐれなのだろう。

「全く……今日は女運ねえや……」

九月といい轟教官といい美人には全く縁のない事を悟る俺だった。



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