第三章 轟教官
「ウェ~! ゲホッ! ゲホッ!」
柱に寄りかかりながら吐瀉物を地面に撒き散らしている者がいる。
「ぜぇっ、はぁっ、ぜぇ、ハァ!」
他の者もそこまではいかなくともほとんどが地面に座り込んで肩を落としていた。
死屍累々。泥だらけになったその姿はまるで敗残兵のよう。
「なんだぃこいつあ……」
目を背けたくなるような光景に、俺は慄いていた。
「ちょ、どうしたのお前ら」
そんな中、俺は見知った顔がいたので声をかける。
「…………はぁ、はぁ……坂本っつあんか?」
焦点の合わない視線で田中君が顔を上げる。
「そうだよ。坂本だよ! どうしたんだ一体。誰がこんな惨いことを……」
俺は口を押さえた。惨い。大の大人のこんな姿、直視出来ない。
「はぁ……はぁ……坂本っつあん」
田中君が震える手を俺の手に重ねる。
「気を……つけろ……坂本ちゃん」
田中君は息を切らせながらも必死で何かを伝えようとしている。短い付き合いだが、田中君は他人を笑わせることが大好きな気の良い男だった。
「何に気をつけろっていうんだ! 田中くん!」
「と、轟教官は、あ、悪魔だ……うぷっ」
それだけ、言い切ると、田中くんは地面に吐瀉物を撒き散らした。
「たなかぁー!」
俺は吐瀉物をかわしながら叫ぶ。
「したっけ、坂本、もう時間がない。早く校庭に行くぞ」
俺と田中くんのテンションとは正反対な、永井くんにうながされ。
「あ、うん。分かった。田中くんじゃあまた」
「おうまた」
ひらひら手を振る田中くんを残し俺は永井くんの元へ駆け寄った。
「したっけ、凄い有様だったな」
「うん。びっくりしたよ。まじで」
「したっけ噂では聞いてたよ。轟教官の授業はやばいって」
「噂って? 教練の授業がきついのは聞いてたけど……」
俺は轟教官について何も聞いてない。
「したっけ、坂本は知らないのか……何でも有名人らしいって、色んな伝説があるよ。例えばオリンピックの柔道金メダリストに勝ったとか。剣道全日本ナンバーワンとか、トーイック十年連続満点とか、連続殺人事件の凶悪犯を逮捕したりとか、他にも色々と」
「何それどんなターミネーター?」
そんな完璧超人いるわけねえ……。
「いや、したっけマジらしいよ。更にそれに加えて本人、超性格がきついらしい、魁男塾みたいな授業らしいよ」
「油風呂ですか?」
「したっけさっきのやつら見たらそれもありうるね」
「永井くん」
「うん?」
「辞めていいかな僕」
根性無しの俺にはまるで耐えられそうにない。
「したっけいいけど……この授業が終わった後なら」
「何の意味もない!」
何の意味もない!
「したっけ大丈夫だよ坂本。取り合えず、さっきの授業でも死人は出てないし」
「いやぁ! 基準が既に変!」
「したっけ、それに死ぬなら坂本の気がするんだよね」
「いやぁ! 何その予感!」
不吉過ぎる!
俺が頬を抑え、くねくねとうごめいていると、永井くんが腕時計を確認する。
「あちゃーとりあえず急ぐぞ坂本、もう時間だわ。まじで目を付けられてしまうわ」
そういって陸上インターハイ選手は颯爽と駆け出した。
「あぁ! ずるい!」
完全にイケニエにされた俺も急いでその後を追った……