第二章 同級生 6
回想終わり。
「したっけお前、あんまり笑わすなよ。俺まで怒られる所じゃねえかよ」
「だってしょうがないじゃん。あのクソ教官が進めって言うんだから」
「いや、あれは普通フェンスの前で行進するだけでしょ? 後であの教官と菊池教官が話してるのを聞いたけど、フェンスに向かって激突した生徒はお前が始めてだってよ? それで止めるタイミング失くして、ずっと見ちゃったって、メッチャ爆笑してたよ」
「え? マジで? いいのそれで!」
しまった、恥ずかしい! 死んでしまいたいよ!
「いや~したっけ、坂本にも驚いたけど一番驚いたのは九月だね」
「ああ九月ね……」
俺は永井君が何を言いたいのかがすぐに分かった。
「完璧すぎるでしょ九月。この一週間で怒られてないの彼女だけだぜ。したっけ本当は教官も怒りたいのは分かるけど全く隙がねえんだもん。三時間全く動かない姿は石像かと思ったし、訓練で見たダッシュも多分インターハイに出た俺より速いんじゃないの?」
永井君より速い。それが意味する所は、九月は男子のトップクラスのアスリートより上の運動能力を有しているということだ。
「いや~したっけ、顔も良い、頭も良い、運動神経も良いって。完璧な人間も世の中にはいるんだな」
永井君はそう言って感心したように頷くと、
「したっけ、どうして坂本はそんなに苦い顔してるのさ?」
「……俺九月の事、苦手なんだよね」
「? どうして? 確かに無口な方だけど悪い人じゃないさ」
「悪いかどうかは知らんけど……俺は合わないな。何か、可愛げないじゃん!」
入校の時の事を未だに根に持っている俺である。
「まあ完璧すぎて可愛げはな……」
いと言おうとしたらしき永井君の言葉が途切れる。
「? どうしたの永井君?」
永井君の目線を追い振り返ると……いた。
九月レナが俺の背後に立って冷たい視線を落としていた。
「九月……」
俺絶句。やべ~本人の前で可愛くないとか言っちゃったよと俺が戦々恐々としていると。
「別に……」
九月が口を開く。
「別に貴方に可愛く思われようなんて思ってないわ」
「いや……悪かったよ、陰口言って」
俺はばつが悪くて目を逸らす。
「何で謝るの? 別に貴方に何て言われようと私は全然構わないのだけど」
本当にどうでも良さそうに首を傾げる九月。その仕草がどうしようも無く俺の神経を逆撫でした。
「おい九月」
バンッ! と俺は机を叩き立ち上がり、九月を真正面から睨みつける。
「ちょ、待てよ坂本」
永井君が止めようとするが、俺はそれを制する。
「何?」
九月は相変わらず無関心の様子。
「いい加減その貴方って言うのは止めろ! 名前で呼べよ! 名前で!」
「ええ……したっけ、そこ?」
「名前……」
九月が首を再び傾げる。
「私、貴方の名前知らないわ」
「嘘付け! 知らないわけあるか! どんだけ自己紹介したと思ってんだ!」
「私、無駄な事は覚えないから」
「うぉい! よりタチが悪い!」
俺は無駄な存在か?
「あっ……思い出したわ」
九月がちっとも嬉しくなさそうにそう言うと、俺を指差す。
「フェンス男」
「思い出してない!」
仰け反る俺。何だこれは、ボケなのか?
「うるさいわ。宮本」
「おお、名前になった。やった!」
「いや、したっけ坂本。それでいいのかお前……」
「そうだ。良くない! 失礼だと思わねえのかい? お前は。ああぁ?」
ヤンキーの様に上からガンをつける俺に九月は動じる事無く見返してくる。
「私が失礼なら、貴方は卑怯だわ。陰口といい、大声といい」
「ぐぅ……」
九月の的確な指摘にグゥの音も出ない。
「大声は……地だ」
「そう」
九月は全く興味が無いように返事をすると、スタスタと自分の席に向かった。
「…………クソッ!」
ムシャクシャしながら席に荒々しく座る。舌戦ではまるで歯が立たない。どこか馬鹿にしようにも欠点が無くて、どれも百倍で返ってきそうだ。
俺が苛々と指を机に打ちつけていると。
「したっけ、坂本はすげえな」
永井君がそんな事を言い出した。
「何がよ永井君?」
「したっけ、九月があんなに話してるのを見たのは初めてだよ。誰にも興味がない奴だと思ってたからさ」
「え~何それ、それじゃあいつが俺に興味あるみたいじゃん。多分俺あいつに一番嫌われてるよ?」
「したっけ、嫌ってるってことは相手の視界に入ってるってことだよ。俺なんてさっきの会話中、一度も目が合わなかったもん」
「ふ~ん、別にいいよあいつなんか。畜生、納得いかねえ~」
俺は憮然と呟いて前を向く。そろそろ教官が来る時間だ。
「したっけ……やっぱりお前らそっくりだわ」
だから最後に永井君が言った言葉は聞いていなかった。