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異世界商売記  作者: 桜木桜
第二章 起業編
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第8話 借金

「ハルトさん、起きてください」

 ハルトは体にかかる重みと、ロアの声で目を覚ました。眠い目をこすりながら、ハルトが目を開けると、ロアがハルトの腹の上に乗っている。


 「何やってるんだ?」

 「起こしてあげたんです。美少女に乗られて起こされるのは男性の夢なんでしょう?」

 「何が美少女だ。ガキの癖に。いいから降りろ」

 「はーい」

 ロアはハルトの腹の上から飛び降りる。ハルトは起き上がって辺りを見回すと、床に箒と塵取り、雑巾とバケツが置いてあった。

 「掃除したのか?」

 「はい。こういったことは私の仕事ですからどんどん任せてください。

 ハルトは無言で窓まで歩き、窓枠を指でなぞった。ハルトは埃のついた指をロアに見せる。

 「掃除?」

 「あなたは姑ですか!! 分かりました。もう一度掃除し直します。」

 ロアはため息をつき、再びバケツで雑巾を絞る。

 「お前が掃除してる間、顔を洗ってくるよ。そのあと、飯食ったら城壁の外に出る。取り敢えず石鹸を作るから」

 「了解です!」

 ロアは元気よく答えた。


__________


 

 「次は灰汁を入れる」

 「なるほど、油の次は灰汁ですか……本当に不思議ですね」

 

 城壁の外、鍋で油と灰汁の混ざった物質をハルトは熱していた。


 「ハルトさんの国の人は皆石鹸を作れるんですか?」

 「いや、そんな訳じゃない。俺は4歳で親と一緒に作って以来、趣味でよく作っていたから慣れているだけだ。それに市販の石鹸には遠く及ばないからな。本当は灰汁なんかより水酸化ナトリウムの方がいいしな」

 「つまりあの石鹸よりも質のいいのがあるってことですか……」


 ハルトは火を絶やさないように薪をくべる。春とはいえ、火のそばで長時間作業をしていたら暑い。


 「ハルトさん、水です」

 「ありがとう。気が利くな」


 ハルトは手渡された水筒に口をつける。水を飲みながら、ロアもこの水筒に口を付けていたことを思い出すが、どうでもいいかと思い気にしないことにする。


 しばらくロアと話ながら、石鹸ができるのを待つ。


 「最後に塩を入れる」

 ハルトはそう言って塩を鍋の中に投入した。

「ハルトさん、質問いいですか?」

 「いいぞ。俺に分かることなら答えてやる」

 ハルトは返事をする。細かいところは分からないが、趣味にしているだけあって大まかなことは分かる。


 「なんで塩を入れるんですか? 味付けですか?」

 ハルトは思わずコケそうになる。当然だが塩を入れるのは味付けのためではない。

 「違う!!料理じゃないんだぞ!簡単に説明すると、塩水には石鹸は解けないんだ。だから石鹸が浮かんでくる」

 ハルトが説明ロアは首を傾げる。

 「なんとなく分かるような、分からないような……」

 「どっちだよ! まあ、いいよ。分からなくても支障はないしな。」


 しばらくして分離した石鹸を掬い取って、5本の瓶と10個の型に入れる。型に入れた分は乾燥させて固形石鹸にする。この辺の気候は日本よりも乾燥しているから3週間もすれば乾くだろう。

 

 ハルトは作業が終わると空を見る。太陽が真上に輝いている。

 「ハルトさん、お弁当です」

 ロアはハルトに、すっかり親しくなったマルソーに作ってもらったサンドイッチを手渡す。


 「それにしても、これだけ時間をかけてできたのはこれだけですか……やっぱり商売をするなら大きい鍋と人手が必要ですね」

 商売に関してはハルトは無知なので、ロアの意見に従うしかない。

 「お前だったらこの石鹸、いくらで売る?」

 ハルトがそう聞くとロアは少し悩んでから答える。

 「泡の実の値段や、原価かから考えると再安価で500くらいですね」

 ハルトはロアの意見を聞いて、500ドラリアで売ることに決める。やはり専門家がいると心強い。

 「じゃあ、宿に帰りましょう」

 ロアは立上がって言った。


_____

 

 「ハルトさんはここで待っていてください。私は石鹸を部屋に置いてきます」

 ハルトはロアに瓶4本と型10個を手渡す。瓶を1本渡さないハルトに、ロアは不思議そうな顔をする。

 「ハンナさんに売る約束をしていてな。日頃のお礼も兼ねてあげることにした」

 ハルトが言うとロアは納得した顔をする。

 「ハルトさん、世渡りがうまいですね。分かりました」

 

 ロアと別れてハルトはハンナを探す。ハンナは裏庭でマリアと洗濯をしていた。

 「ハンナさん。これ石鹸です。どうぞ」

 ハルトがそう言って手渡すと、ハンナは嬉しそうな顔をする。

 「ありがとう。ちょうど欲しかったところだよ。いくら払えばいい?」

 「定価500ドラリアで売る予定ですが、今回はお礼も兼ねてそれはお譲りします。」

 ハンナは顔をほころばせた。

 「それはありがとう。今後もよろしくね」

 「はい。こちらこそ」

 ハルトは笑って、ハンナに礼をした。


_____


 「ロア、なんで石鹸を持っているんだ?」

 ハンナと別れた後、ロアと合流したハルトは開口一番、疑問を口にした。ロアは置きに行ったはずの石鹸の入った瓶を1瓶持っていた。

 「持って行って見せた方が融資を受けやすいと思いまして」

 ロアの言う通りだ。ハルトは納得して、ロアと歩き始める。


 しばらく歩いていると、だれから借金するのか聞いていなかったのを思い出す。

 「ロア、どこで金を借りるんだ?」

 ハルトがそう聞くと、ロアは悪戯っぽく笑い、

 「ハルトさんが一度会ったことのある人物ですよ」

 そういわれても金貸しに会った覚えはない。ハルトが頭をひねっていると、奴隷商館の前に着いた。

 

 「おい、ロア。金貸しってまさか……」

 「はい。ユージェック・マルサスのことです」

 確かにあの鋭い目つきは借金取りと言われてもおかしくない。だがユージェックは奴隷商館の管理人と名乗っていた。たしか奴隷商館は国営のはずだ。つまりユージェックは公務員、公務員が金貸しをするというのはどうなんだろうか。ハルトがロアにそう聞くと、

 

 「ハルトさんの国はどんな政治体制を敷いているのか知りませんが、クラリスは有力な商人によって政治が運営されています。ですので公共機関の管理人が商人であるのはクラリスでは当たり前です。ユージェック・マルサスはこのクラリスではトップ5に入るほどの資産家ですし、商売柄奴隷にかかわることも多いですから、むしろ当然です」

 

 そういわれてみると、借金取りが奴隷商館を運営していてもおかしくない気がする。だが、腐敗とかが横行しそうな政治体制だ。


 なんとなく納得したハルトはロアと一緒に奴隷商館に入る。見回してもユージェックはいない。ハルトは近くを通りかかった係員にユージェックを呼んできてもらうように頼む。


 「あ、ハルトさん。交渉はお願いできますか?私、実は人と交渉するのはあんまり得意じゃないんです」

 商人の娘が交渉が苦手とはどうなのかとハルトは思ったが、実際に加護を持つハルトの方が適任だ。


 しばらくすると奥からユージェックが現れた。


 「何だ、誰かと思えばお前らか。俺に何の用だ?」

 ハルトは加護の力を使いながら、用件を伝える。

 「少し金を貸してほしいんだ。担保はこいつでな」

 ハルトはロアを指さして言った。ユージェックは顔をしかめて答える。

 「まあ、そいつを担保にするのはお前の勝手だが……返済の見通しはあるのか?」(何言ってんだこいつ。せっかく助けた奴隷を借金の担保にするなんて。まあ、俺は儲かるからいいけどな。)

 ユージェックが疑問に思うのも無理はないだろ。実際ハルトの行動は意味不明だ。


 「返済の見通しならあるさ。ロア、渡せ」

 ロアはユージェックに石鹸の瓶を手渡す。ユージェックは手渡された瓶を不思議そうに眺める。

 「それは石鹸といって、泡の実と同じような効果がある。俺の手作りだ。原価は300くらいだ」

 

 ハルトがそういうと、ユージェックは一瞬驚いた顔をするが、すぐにポーカーフェイスに戻る。

 「ふむ、試してきていいか」(泡の実と同じね……確かに本当ならかなりの儲け話だが。)

 「ああ。そいつはお前にプレゼントするよ」

 

 ハルトが答えるとユージェックは再び奥へ消えていく。しばらくして、ユージェックはにやにやしながら戻ってきた。


 「なるほど。泡の実ほどではないが、かなりの落ちの良さだ。これで本当に300なのか?」(一体どうやって仕入れてきたんだ、こんなものは。聞いたことないぞ。)

 かなり驚いているようだ。ハルトは加護に感謝する。考えていることが分かるだけで、交渉はかなり有利だ。

 「こいつは俺が作ったものだ。その1瓶作るのにかかった値段が大体300くらいだ。あんたから借りた金で設備を整えて大量生産ができればもっと安くなる。どうだ、融資する気になったか?」

 ハルトは強きでユージェックに答える。ハルトの答えを聞いてユージェックは目を光らせる。


 「なるほどねえ、嘘をついている訳でもなさそうだ。いいだろう、融資してやる。そうだな……500万もあれば十分か?」(望むなら700万でも1000万でも貸してやる)

 次に驚くのはハルトとロアの方だ。ロアを担保にして借りられるのはせいぜい250万ほど。それが2倍も出すと言っているのだ。


 「おい、あんた正気か?もう1度言っておくが担保はロアだぞ」

 ハルトが言うと、ユージェックは笑いながら答える。

 「ああ、もちろん正気だ。君の売るつもりの商品ならそれくらいの借金すぐに返せるさ。そうだ、土地も貸してやる。工場も建てなくてはならないだろう。あ!その代り担保には君も入れる。それでいいな?」(こいつにはそれだけの価値がある。最悪奴隷にして聞きだせば回収できるしな)

 腹の中では悪巧みしているようだ。

 

 「どうしてそんなに融資に積極的だ?お前の真意が聞きたい」

 ハルトが率直に聞く。たとえユージェックが話さなくとも、ハルトには加護があるため一発で分かる。


 「簡単だよ。クラリスの国益になるからだ。実は最近の東方との交易は輸入超過になっていてね。都市国家連合もといクラリスの金貨は流出するばかりだ。君の石鹸がクラリスの輸出品になれば金貨の流出は止められる。そして石鹸作りの後押しをしたのが俺だ。俺のクラリスでの発言力は強くなる」(それに俺が金を250万貸そうと、500万貸そうと、遅かれ早かれこいつは商売を成功させるだろう。ならばここは大きい借りを作った方がいい。)

 

 どうやらこちらを騙す気はないらしい。それにしてもずいぶんと買われたものだ。

 後ろから袖を引っ張られて振り向くと、ロアが耳打ちしてくる。

 

 「大丈夫です。悪い臭いはしません。ここは受けておいた方がいいと思います」

 ロアの金臭の加護も問題ないと言っているようだ。ここは思い切ってユージェックの提案を受け入れてもいいかもしれない。どうせ250万も500万変わらない気がする。


 「分かった。お前の提案を受けよう」

 ハルトがそう言うと、ユージェックは服の内側からペンと紙を取り出す。

 「お前ならそう言ってくれると思っていたぜ。こいつが借用証書だ。しっかりと目を通してくれ」

 

 ハルトは慎重に借用証書の内容を読んだ後、念のためにロアにも読ます。

 「ハルトさん。特に怪しいところはありません」

 ユージェックは苦笑いをする。ここまで疑われるのはかわいそうだ。


 ハルトは借用証書にサインをする。ユージェックは紙を懐にしまった。

 「明日、昼にもう一度ここに来い。お前に貸してやる土地も見せないとな。ついでにいろいろとアドバイスもしてやる。よろしく」

 「こんなに親切にしてもらえるとは思わなかった。こちらこそよろしく」

 ハルトとユージェックは握手する。この時から二人のビジネスライクな付き合いが始まった。


_____


 「はあ、緊張しました」

 奴隷商館からでた後、ロアはつぶやいた。

 「お前何もしてないだろ」

 ハルトが苦笑いしながら言うと、

 「だって私を売ろうとした人ですよ。緊張もします」

 確かに言われてみればそうだった。ハルトがロアを買ったのは昨日だ。最近はめまぐるしい毎日が続いているせいで、ハルトの時間感覚がおかしくなっている。


 「そういえば浴場があるんだよな。この国」

 「ええ、5つくらいあったような気がします。それがどうしたんですか?」

 ハルトはロアの質問に、遠い目をしながら答える。

 「俺の国じゃあ毎日風呂に入るのが普通なんだ。それなのに最近はお湯で体を拭いて終わり。そろそろ我慢の限界でな」

 「毎日ですか。キルニシア人 (都市国家連合及び王国南部に住む人間)もよく入浴する文化がありますが、毎日はお金持ちだけですね。ハルトさんの国はすごいですね。それで文脈的に察するにお風呂に入りたいということですか?」


 ロアがハルトを見上げながら言う。ハルトは頷き、

 「そういうことだ。一番安いところ分かるか?あと作法とかも教えてほしい」

 「分かりました。取り敢えず借用証書を置きに戻りましょう。そのまま置いておくのも心配ですし、金庫でも買いますか?ちょうどそこのお店で売ってますし」

 

 確かにこれから貴重品も増えるだろう。ハルトはロアに賛同して、小さいが丈夫そうな金庫を買う



 「ほら、金庫も買ったし早く風呂に行こう」


 ハルトはロアを急かして、宿に一度帰りタオルや着替えをもって浴場に向かった。


_____


 浴場はなかなか広かった。時間が早いせいか、客はハルト一人しかいない。1000ドラリア取られたので、元を取るつもりで入浴する。


 ハルトがロアに聞いた限りだと、特にマナーに関しては日本と変わらないようだ。基本的に物の持ち込みは禁止されていて、一回分の泡の実も買わされた。


 ハルトが泡の実を泡立てて体を洗おうとすると、

 「ハルトさん。お背中流しましょうか?」

 

 ハルトが振り返ると全裸のロアがいた。さすがにハルトも全裸を見れば顔を赤くする。

 「お、おい! なんでお前がここにいるんだ!!」

 「何言ってるんですか?ここの浴場は混浴です。言ってませんでしたっけ?」

  当然だがハルトはそんなこと聞いてない。ロアはハルトを嵌めたのだ。

 

 にやにやしながらハルトに近寄るロア。慌てて顔をそらしたハルトを見て強気になっているようだ。


 「それに主人の体を洗うのは奴隷の努めですよ。ほら、タオルを貸してください」

 ロアはハルトのタオルを強引に奪い、背中を洗い始める。

 「気持ちいですか?」

 わざとか偶然か分からないが、ロアの発言にどきりとするハルト。改めてロアが女であることを自覚する。


 「ああ、ありがとう。前は自分で洗うよ」

 ハルトがそう言うとロアは素直にタオルを返す。さすがに前を洗う気はないようだ。


 体を洗い終えたハルトとロアは風呂につかる。ハルトがロアと距離をとると、ロアがすぐにハルトとの距離を詰める。

 

 「おい、お前それ以上続けると本当に襲うぞ」

 ハルトが低い声で言うと、

 「え、いや、その、襲うだなんて……」

 

 顔を真っ赤にして黙ってしまうロア。やはり逃げるより、攻めた方が効果的だと学習するハルト。


 「それにしても借りちまったな。大金。これは返せないとやばいな」

 ハルトが笑いながら、黙ってしまったロアに話しかける。

 「そうですね。でも大丈夫ですよ。必ず返せます」

 話題が変わって幸いと、ハルトに答えるロア。顔がまだ赤い。


 「お前顔が真っ赤だな。上がった方がいいんじゃないか?」

 ハルトがにやにやとロアに指摘すると、

 「え、いや、これは違うんです」

 ロアは盛大に墓穴を掘る。

 「違う?のぼせてるんじゃないのか?」

 「……ハルトさんは意地悪です」

 風呂に入っている間、仕返しとハルトはロアをからかい続けた。

収入 500万

支出 2万(金庫)

負債 500万

残金 579万

実質財産 79万

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