第7話 今後の方針
「ところでハルトさん」
「ん? どうした。」
ロアはお互い握手した手を放してから言う。
「あの石鹸ってやつすごいですね。ハルトさんが作ったんですか?」
「まあな、そんなに難しくないぞ。材料も安いし少ない。」
ハルトがそう答えるとロアは目を丸くする。
「そうなんですか! てっきりもの凄い高価な物かと思ってました。泡の実ほどではないですがかなり使い心地もいいですし……あれ、売れますよ」
ロアの金臭の加護にも引っかかるようだ。ロアは商会の娘。幼いながらも跡取りとして基礎くらいは教わっている。ロアの加護と知識があれば安心して商売ができるだろう。
「やっぱりお前もそう思うか。俺もあれを売ったら儲けられるなと思ってたんだ」
「そうですか! 私、経営の基礎くらいは学んでます。お手伝いできますよ」
ロアは嬉しそうに言う。ようやく自分の仕事が見つかって嬉しそうにしている。
「無論だ。お前にはしっかりと働いてもらう」
「じゃあ早速「その前にだ」
ハルトはロアの言葉を遮る。
「お前の服とか買わないとな。いつまでも俺の服を着たままだと困る」
ハルトは笑って言った。
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「ありがとうございます。でもこんなにいい服じゃなくてもいいんですよ。私は奴隷ですから。もっとぼろいのでも構いませんし。ハルトさんが望むなら裸でも……」
ロアは後半顔を赤らめて言う。ハルトはそろそろロアの冗談には慣れてきたようで、適当に流す。
「ぼろいの買ってもすぐにだめになっちまうだろ。それにお前とは末永くやっていくんだ。気にするな。それに250万に比べれば1万ドラリアなんて大したことない」
ハルトがそう答えると、ロアは顔をさらに真っ赤にする。
「そ、それは結婚の申し込みですか!か、考えさせてください」
「違う」
ハルトは即答する。
「ところでハルトさん。図書館に行きません?」
「ああ、俺の加護を調べに行くってことか」
善は急げという。調べるのは早いに越したことはないだろう。
「そうだな。行くか」
ハルトがそう言うとロアは少し申しあけなさそうな顔になる。
「実はですね。2級市民や3級市民は図書館に入れないんですよ。納税義務を果たしていませんから。ですので先に宿に帰ってハルトさんの帰りを待つ形でいいですか?」
義務がないものは権利がないと。実に理に適っている。ハルトは納得しかけるがふと疑問が浮かぶ。
「外国人はいいのか?」
ハルトが外国人だったとき、ハルトはマリアと一緒に図書館に入った。だが外国人は納税の義務が基本的にないはずだ。
「クラリスには図書館目当ての外国人も来るんですよ。この国に入国する外国人の1割は図書館目当てですからね」
そう言われてハルトはクラリスが都市国家連合最大の図書館であることを思い出す。この国を訪れた研究者が国にお金を落としてくれるということなのだろう。
「なるほど、分かった。すまん、話が逸れたな。宿に戻るんだっけ?だったらオリーブオイルと塩、灰を集めてくれないか?オリーブと灰は3対1くらいで。塩は一袋あれば十分だ」
ハルトはロアに3万ドラリア渡す。
「はい、わかりました。もしかして石鹸の材料ですか?」
ロアが不思議そうに聞いてくる。たしかに泡の実と同じ効果の物を作るのに灰と油と塩は意外なのかもしれない。
「まあな、今日は時間がないから作らないけどな。明日作る予定だ」
「そうですか。では奴隷としての初任務、果たして参ります」
ロアはそういってあっという間に駆けていく。相変わらず足が速い。
「じゃあ、俺もとっとと済ませますか」
ハルトはそうつぶやいて図書館に向かった。
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ハルトは前回と同じように受付を済ませた。前回と違うのは入国許可証と市民登録証の違いだけだ。
本棚を見ていくと加護と書かれた案内を見つける。ハルトはその本棚を眺める。かなりの量があったが、ハルトはその中から役に立ちそうな本をいくつか選ぶ。
・加護とは何か。分かっているつもりで分かっていない『加護』について徹底解説!!
・サルでも分かる加護入門
・今までに報告された加護一覧(図鑑)
この3つだ。加護のところを法律とか数学に当てはめたら日本にもありそうだ。こういった本のタイトルはどんな世界でも同じようなものなのだろう。ハルトはなんとなく懐かしい気持ちになった。
まずは『サルでも分かる加護入門』と『加護とはなに(以下略)』を手に取る。タイトルの割に分厚い。
しばらくしてハルトは本を閉じる。サルでも分かるとか書いてあるくせにやたらと分厚く、専門用語ばっかりだ。ハルトはすべて理解するのは諦めて、重要そうなところだけを読む。
本の内容をざっとまとめるとこうなる。
・加護の正式な名称は『妖精の加護』であり、『妖精の寵愛』とも言う。
・加護は先天的、または後天的に得られるもので、原因は分からない。
・1万人に一人の割合でいる。
・といってもほとんどが頑張って透視するとかスプーンを曲げるとかで役に立たない。
・特に判別する方法はなく、なんかすごい力はとりあえず加護。
・発動方法は人それぞれで、回数制限も人それぞれである。
・ちなみになぜ妖精なのかと言えば、もともと都市国家・王国・帝国では不思議な出来事は妖精の仕業であるという考えがあり、不思議な力→不思議といったら妖精→妖精の加護、となったと考えられる。
・一言でまとめればよくわからん。
分からないなら入門とかサルでも分かるとか言う文句をつけて堂々と本を書かないでほしい。ハルトは大して役に立たなかった本をしまう。そして図鑑を開く。図鑑はいくつかの項目に分かれていて、ハルトはその中から感覚器官の能力~聴覚~を選んで読んでいく。
遠くの物音が聞こえるといったものや音程を当てられるといったすごい耳がいいだけの能力や、1キロ以上先の話声が聞こえる、耳で聞いたことは絶対に忘れないといった超能力まで様々だ。ハルトが流し読みしていく。残念ながら聴覚の項目にはハルトの能力に当てはまるようなものはなかった。ハルトは冷静に自分の能力を思い返す。
(たしか言葉が自然に頭で翻訳されて、会話が通じるんだよな。あと意味が分かった文字も自然と脳で翻訳される。相手の本音が聞こえる……そう考えてみると耳じゃなくて脳なのか?)
ハルトは脳の項目を探すが見当たらない。感覚器官以外の項目を見ていくと、思念という項目を見つける。ハルトは思念の項目を調べていく。
・言語の加護……異言語を自在に話せる。報告例30人
・言霊の加護……言葉の本質が分かる。本質が分かるだけなので、異言語間で会話が成り立つが、実際に話せている訳ではないので、齟齬が生じる場合がある。成長によって文字の本質や、本音を聞き分けられる。報告例5人
・読心の加護……相手の考えていることが分かる。相手が異言語で思考をしていても、自分の言語で翻訳して読み取ることができる。成長によって、より深い心理が分かる。報告例3人
ハルトの能力に似ているのはこの3つだ。ハルトの加護が1つだった場合は言霊の加護である可能性が高いが、言葉と読心の両方である可能性も否定できない。
とりあえず候補が分かったので、ハルトは帰ることにする。
ハルトが外に出ると、すっかり暗くなっていた。ハルトは小走りで宿に向かう。
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ハルトが宿に帰るとロアとマリアの声が聞こえた。
「これはどうやってやるの?」
「見せてください……ああ、くり下がりの引き算ですね。補助数字を立てると簡単ですよ」
「ほんとだ!!ロアお姉ちゃんすごいね!!」
「いえ、算数はどんなものでも公式に当てはめれば簡単に解けるんですよ」
どうやら仲良くやっているようだ。
「おい!ロア。帰ったぞ」
ハルトがそう呼びかけるとバタバタと音を立てて二人が走ってきた。
「ハルトさん、お帰りなさい。ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも……わた痛!!」
ハルトがロアの頭を叩くと、ロアは頭を抑えてうずくまる。
「叩くなんて酷いじゃないですか!最後まで言わせてくださいよ!!」
「じゃあ、そのまま無視したほうが良かったか?ツッコんでもらって感謝しろ!」
不服そうな目でハルトを見上げるロアを無視してハルトはマリアに話しかける。
「ロアに勉強を教えてもらったのか?」
「うん、ロアお姉ちゃんはすごいんだよ!」
マリアが嬉しそうに言う。ロアは照れ隠しか頭を掻いた。
「そうだ、お前ら『覆水盆に返らず』って言ってくれないか?」
「「取り返しのつかないことをしてしまった」」
口をそろえて声を出すロアとマリア。
「そうか、ありがとう」
ハルトが礼を言うと、二人は困惑した表情をする。
「『取り返しのつかないことをしてしまった』がどうかしました?」
ロアが不思議そうな顔でハルトに聞く。
「いや、ちょっと加護について実験してみたんだ。とりあえず飯を食いに行こう。そこで話す。マリア、お前はどうする?」
ハルトが聞くと、マリアはニコリと笑って答える。
「マリアはもうご飯食べたから。ロアお姉ちゃん、またね」
手を振るマリア。すぐ向かいに行くだけなのに大げさな気がする。大体同じ屋根の下で生活しているのに、またねも何もない。
ハルトとロアは席について料理を注文する。
「それでさっきの奇行について話してください」
「奇行って……言い方ってもんがあるだろ」
だんだんハルトへの遠慮が無くなっていくロア。仲良くなれているということでもあるので、不満はないが。
「加護を調べてきてな。候補が3つあったんだが、今ので俺の加護がはっきりした」
「そうですか。ハルトさんの加護については部屋で聞かせてください。ここは人がたくさんいますから」
確かに人が大勢いる環境で加護について話すのは迂闊だったかもしれない。ハルトは反省した。
しばらくすると料理が運ばれてくる。二人は料理を食べながら会話を続ける。
「ハルトさんに頼まれた物、買ってきましたよ。明日、実演してみてください」
「ああ、お前にも覚えてもらいたいからな」
そう答えてロアの方を見てみるともう食べ終えていた。ハルトも慌てて完食する。
二人が宿に帰るとハンナがいた。ハンナはハルトを見つけると、ハルトに駆け寄り話しかける。
「ハルトさん。お湯準備できてますよ。今から使いますか?」
「ええ、お願いします」
ハルトがそう答えると、ハンナはお湯を準備しに裏庭に向かう。
「何なら私が背中を洗いますか?」
「黙れ、アホ!」
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体を洗い終えて部屋に戻るとロアがイスに座って待っていた。ハルトもイスに座る。
「では、何の加護か話してください」
ロアが切り出した。ハルトはロアに言霊の加護についての説明をする。
「なるほど、言霊の加護ですか……聞いたことがあります。かなりレアな奴ですね。むやみに話したりしたらいけませんよ」
ロアに忠告される。もちろんハルトもそんな気はないので、素直に従うことにする。
「それでこれからのことですが……石鹸で商売をなさるんですよね?」
「ああ、そのつもりだ。だが俺はあまり詳しくなくてな。お前の意見を聞きたい」
ハルトが言うとロアが少し考え込んでから答える。
「やっぱり露店とかで売るよりも、この宿とか料理屋と直接契約して売った方がたくさん儲けられると思います。でもそうすると大量生産が必要になりますし……いくら持ってますか?」
「80万くらいだ。」
ハルトがそう答えるとロアが微妙な顔をする。
「80万ですか……ハルトさん。それで大量生産する設備とかそろえられますか?」
ハルトは少し考える。大量生産するとなると大きな鍋が必要になる。材料や薪などの燃料もだ。人も雇わなくてはならないだろう。
「厳しいかもしれん」
「そうですか……じゃあ借金が一番手っ取り早いですね」
ロアの言葉にハルトは顔をしかめる。あまり借金にいいイメージはない。それにこの国には自己破産のシステムはなく、返せなかったら奴隷行きだ。
「借金は返せなかったら不味いだろ。それに俺は担保なんてないぞ」
ハルトがそう言うとロアは自分を指さして答える。
「担保ならここにあるじゃないですか」
「は?お前何言って……」
「私には250万の価値があります。だから250万は借りることができるはずです。大丈夫ですよ。私の目に狂いはありません」
「いや、そういう問題じゃないだろ」
いくらハルトの奴隷だからといってそれを担保に金を借りるのは抵抗がある。それにもし返せなかったらロアは娼館に売られてしまうのだ。
「気にしないでください。あなたに助けられた身ですから」
むしろせっかく助けたのに、また売られるようなことになったら困る。ハルトがしたことがすべて無駄になるのだから。
「そこまですることでもないだろ。金なら少しづつ貯めていけばいい」
ハルトがそう言うとロアは首を横に振る。
「だめですよ。ハルトさんが石鹸で商売するのは、泡の実を売っている商人に宣戦布告するのと同じことです。ぐずぐずしていたらあっという間に潰されてしまいます。商売っていうのはそういうものなんです。それと、私が自分を担保にしてまでハルトさんに成功してほしい理由は恩義だけではありません。私は叔父に取られた商会を取り戻し、叔父を豚箱に放り込んでやりたいんです。それが父と母への供養です」
確かにハルトの石鹸が売り出されるようになれば、サマラス商会の取引をすべて奪ってしまうこともできるだろう。
ハルトはロアの目を見つめる。本気の目だ。おそらくハルトが突っぱねても聞かないだろう。ハルトはため息をついた。
「わかったよ。しょうがない……」
「ありがとうございます」
ロアはハルトに頭を下げる。
「では明日、石鹸の件が終わったら借りに行きましょう」
「そうだな、じゃあそろそろ寝るか。今日はいろいろあって疲れた」
ハルトはそう言ってベッドに入ろうとして気づく。ロアはどこで寝かせようか。
「お前どこで寝る?」
「そうですね……ハルトさんがよろしければその、一緒に寝ません?」
顔を赤らめるロア。そろそろ仕返ししてやろうと思い、ハルトは答える。
「じゃあ、一緒に寝るか」
「え!?」
驚いた顔をするロア。顔がさらに真っ赤になっている。
「お前が言いだしたことだろ。俺は床で寝たくない。だからといってお前を床で寝かすのは後味が悪そうだ。だから一緒に寝よう」
ハルトがそう言うとロアは顔を真っ赤にしたまま答える。
「冗談だったんですけどね……いいです。わかりました。一緒に寝ましょう。」
この日以来、二人は一緒に寝るようになった。
支出 4万
残金 81万
今後は千位以下切り捨てです。




